てんぐさん事件からさほど日が過ぎていない頃のことだったと思う。
その日はめずらしく夜夫が早く帰ってきていた。
私が子供達をお風呂に入れ、頭と体を洗い終わった順から子供達を夫に渡していった。
最後に私が上がり、その時夫は体を拭き終わった息子に寝室でパジャマを着せていた。
私がそばに行くと、息子が寝室の押し入れを指さし、
「あれ~~あれ~~」
と私に言う。
な~に?と笑いかける私に、息子はまた押し入れを見て、その後私を見て
「あれ~~」
と言う。
押し入れは中が二段になっていてふすまで閉じられている、よくあるデザインのものである。
その時、押し入れは閉じられていた。
押し入れが開いているのならば、中に入っている物の何かを指さしているのだとわかるが、息子が指さす先には閉じられた押し入れしかない。
なんだろうと思う私を残し、夫が息子をリヴィングに連れて行ってしまった。
何を言いたかったのかわからずじまいだった。
その夜の、確か二日後くらいのことだ。
寝室には、ダブルサイズのベッドを、頭が押し入れの方を向く形で置いてあり、そのベッドに私と娘と息子の三人で寝ていた。
息子がすぐに寝入り、娘も目を閉じていたのだが、急に娘が
「あのね、ママ」
と話し出した。
「なあに?」
と話を促すと
「この前、ここに白い女の人がいたの」
と言う。
こことは?
「ここって、どこ?」
と訊くと
「押し入れのところ」
と言う。
ぞわっと怖気が走る。
「いつ?」
つたない娘の話を整理していくと、どうやらその日とは、息子が
「あれ~」
と押し入れを指さした夜のことだとわかった。
「その白い女の人は、まだ、いるの?」
と訊くと、もういないと言う。
「どんな人だったか覚えてる?」
つい私は訊いてしまう。
娘は目を閉じながら、「白い女の人」と言った。
その「白い女の人」は押し入れの前に座っていて、しばらくすると寝室を出て玄関の方へ歩いていったのだと言う。
「どうしてすぐにお話してくれなかったの?」
と訊くと
「ママ、怖いって思うかなと思って」
と言う。
「あなたは怖くなかったの?」
「ママが一緒だったから怖くなかった」
気づかず寝ていたのは私だけか。
寝ている私のベッドと押し入れの狭い間にその女性が座っていたと、そういうことか。
あの頃、いったいうちにはなにがいたというのだろう。
今なら子供達もそれらを上手に描写し説明できるだろうに、肝心の記憶がないのだから、なんともはがゆいものである。
作者anemone