咲「大切な人、みんな少なからずいるんじゃないかしら。基本的には親にとって自分の子供はそうあるべきだと私は思うのよ」
舞「なんだいきなり」
咲「今回の話はそういう想いが関わってくるから、少し聞いてみただけよ」
楓「親かぁ‥あんまり考えないようにしてきたけど、むこうに残して来ちゃったからそれだけが心残りといえば心残りかな」
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咲「この話の主人公は母親。因みに外国のお話ね。時代もいまよりはるか昔のこと。本当はいつもみたいに創作にしても良かったんだけど、たまには趣向を変えてみようかなと。これは実話を元にした話よ」
咲「その母親には10歳になる一人娘がいて、それはそれは可愛がっていたそうなのよ。でも、流行り病で、その村にすむ多くの人が倒れ、亡くなっていったわ。その娘も例外じゃなかったの。病気になって、もう助からないとわかった娘は、症状に苦しみながら両親に「死んでもママとパパに絶対会いにくる」って涙ながらに言っていたそうよ」
舞「うっわ‥やりきれねぇ‥」
咲「結局、娘は数ヶ月苦しんで亡くなってしまった。小さな村の事だから、葬式は近所の住民で行ったわけなのだけれど、その時の母親の落ち込みといったら‥実際、死体を墓地に土葬した1週間後でも、家にこもっていつもその娘の事を考えていたの。」
楓「お父さんの方は?」
咲「父親も勿論絶望したのだけれど、仕事はあるしいつまでも家にこもっているわけにはいかないから、妻を慰めつつ前向きになろうとしていたみたい。二人は生きていかないといけないものね」
咲「さて、娘が死んで2週間立つと、あれだけ悲しんでいた母が今日はすごく上機嫌だったの。父が「何か良いことでもあったのか?」と聞くと、母は「あの娘が帰ってきたのよ!」と満面の笑みを浮かべて答えたのよ」
舞「いやおかしいだろ。病気で死んだはずじゃ」
咲「父もそう思ったみたいね。あの娘は死んだんだ、お前も見ただろうと聞くんだけど、母は娘か帰って来たと喜ぶばかりで話を聞こうともしない。さらに詳しい話を聞いた所によれば、父親が出かけたお昼位に玄関の扉を叩く音が聞こえて、出てみたら顔は土まみれでも確かに死んだ娘が笑って立っていたそうで、「ただいま」って言ってくれたらしい。その後家にあげて色々話しかけたのだけど、笑っているだけ。たまに簡単な返事をしてくれる。でも、娘には違いない。夜、父親が帰る時間の少し前に、「また明日ね」って言ってどこかへ行った。とのことよ」
楓「良かったね。でも娘が帰ってきたなら、一応幸せなことなのかな」
舞「いや、こいつはあたしの勘だけど、なんつーか嫌な感じがする。うまく言えねえけど」
咲「父親はまず誰かが娘に成り済ましてる可能性を考えたのよ。普通に考えたら死者が甦るなんてあり得ない話だから。最も、母親を騙して娘に成り済ませる存在なんて想像つかなかったのだけれどね。とにかく、母を刺激しないよう平静を装いつつ、「僕も彼女にあいたいな」と聞いてみたのよ。そしたら「また明日も来るから。その時に」と。
次の日、父は仕事を休んで1日家にいたわ。お昼過ぎにノックの音がしてどんな姿をしているのか見てやろうと父が出迎えると、確かにそこに立っていたのは娘だったの。背丈も服も亡くなった時のまま。顔はかなりやつれてはいるけれど、娘そのままだったわ。父親は泣きながら「お前なのか‥?」と聞くと、娘はぎこちない顔で笑いながら「ただいま」と一言。相変わらず体は土まみれだったし、会話も全然出来なかったけれど、確かに生き返った娘が目の前にいる事に父は感激して、なれてない料理を作って娘をもてなしたのよ。それを娘はペロリと平らげると、「また明日ね。後、私が来たことは秘密にしてね」
と呟き、姿を消したの。母は「だから言ったでしょう?」と「いつも土まみれじゃ可哀想だわ。服を作ってやりましょうか」とさっそく作業にとりかかり始めるし、父親も他人じゃないとわかって一安心したのよね」
咲「さて、こんな事があったから父はできるだけ娘との時間を作ろうと仕事を早く切り上げて家に帰り、娘と過ごす日がしばらく続いた後、父は体の不調を感じていた。母の方も、かなりやつれてきた様子なのに、医者に行っても原因はよくわからない。まさか死んだ娘が~なんて話すわけにはいかない。あの疫病で死んだ人間は沢山いるし、娘だけ生き返ったなんて知れたら他の住民から袋叩きにされるかもしれない。
そんな中、父の友達があまりにもやつれていく父を心配してか、「お前幽霊か何かに呪われているんじゃないか?物知りの婆さん呼ぶから、今度見てもらいな」とアドバイスをしてくれたのよ」
咲「次の日、そのお婆さんは父を一目見るなり、「あんたの娘‥?いや、これは‥とにかく、あんたはまだ大丈夫だ。問題は長いことそいつと関わり続けている母親だ。今すぐ家からそいつを追い払いな。話はそれからだ」と宣言したの」
楓「そんな、せっかく生き返れたのに‥」
咲「父親も、「せっかく戻って来た娘なんですよ!本当に追い払わないといけないんですか?!」と抵抗したみたいなのだけれど
「第一、死者が甦るなんてあっちゃいけない。それでも甦ったってことは、それだけ危険な存在だってことだよ。母親が死んでも良いのかい?今すぐ。遅くても今日の間。もし母親がそいつと明日も会うんだったら、もう手遅れだよ」って返されたら、項垂れるしかなかったのよね。
「説得して帰らせるのが一番だけど、もし帰らない時にはこいつをかけな。無いよりはましだよ」って粉をもらって父は家へ急いだのよ」
咲「父親は悲しげな表情で家に帰ると、まだ娘はいたのよ。母と楽しそうに喋っている。というか笑っている。母親はこの前完成させた真っ白なワンピースを着せて、喜んでいるみたいだった。
「おかえりなさい」と娘は言った。そういえば、娘が家にいる時間は段々長くなっている気がする。夜は相変わらずどこかへ帰るみたいだったけれど。言われてみれば、娘は最初に比べ段々といきいきしてきた様子だ、反対に母は目に見えてやつれている。父親は心を鬼にして言ったのよ。「さぁ。お前はもう帰りなさい。お前は死んだんだ。こっちへ来ては行けないよ。」
娘は一瞬顔を曇らせたのちに、「もう来ちゃだめなの?」って聞いてきたのよ。一方母は「なんて事を言うの!この娘は私の子よ!いつまでもいていいのよ!」ってそれこそ怒り狂うのだけれど、父はそれでも「駄目なものは駄目なんだ!」って言って、娘を追い出そうとする。最後に、老婆からもらった粉をかけようとすると娘は怯えて「じゃあ明日。明日で最後じゃだめ?」「だめだ。」「わかった。さようなら。今までありがとう。楽しかったよ」と言って、娘は帰っていったのよ。母親は大泣きしたけれど、命が危なかったって説明をすると、しぶしぶ自分の部屋に帰って行ったわ」
舞「やっぱりな。良くないモンだったんだよ。やりきれねーけどな」
咲「話はもう少し続くわよ」
楓「え?」
咲「次の日、仕事を終えて帰宅した父親がみた光景は地獄だったわ。居間の中に血まみれになって倒れている母親と、白いワンピースを着て同じ様に倒れている2つの死体があったのよ」
舞「あー‥これ結局娘が来て、扉を開けちまったパターンか?」
咲「ところが不思議な事に、ワンピースを着ているのは娘じゃなかったのよ。身元を調べたら、娘と同じ様に疫病で死んだ孤児の遺体だったのよ。それもこの両親とは全然関係のない、ね。」
咲「それ以来、娘が来ることはなくなったわ。わけのわからない想いを抱えた父親は、あのお婆さんを訪ねたの。お婆さんは言ったわ。
「人はいずれ死ぬ。弔うのは構わない。偲ぶのも当たり前。でも、生者の死者への強すぎる想いは、死者を縛り付けてしまうのさ。おまえさんの母親はそれが強すぎた。死んだ本人が帰ってくるならまだしも、この世に帰りたいって願ってる連中はごまんといるから、そいつに成り済ましているもっと恐ろしい物が帰ってきちまうこともあるのさ。今回みたいにね。だから、生者は前をむかなくっちゃいけないんだよ。あたしにはお前さんを救うだけで手一杯だった。」父親は言ったわ。
「それでも。私には確かに娘に見えたんです。間違えるはずがない。」
「それは、お前さんがそう思いたかったんだ。そこを孤児の悪霊につけこまれたんだよ。きっと娘の魂も、無事じゃないんだろうね」
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舞「えげつねえなこの話」
楓「孤児の霊だって、悪気があったわけじゃないと思いたいな‥救いがなさすぎるよ‥」
咲「まぁ孤児からすれば、愛された挙げ句に死んだ娘に抱く感情はうらやましい以外のなにものでもないし、戻れるなら戻って自分も愛されてみたかっただけ、なんてね」
舞「でも、母親殺してるんだろ?」
咲「それは生者と死者だから。基本的には相容れない存在なのよ。基本的に幽霊と関わりたいなんて思うものではないわ。例えそれがどれだけ大切な人であってもね」
作者嘘猫
実際にあったお話というのはあくまでもこの世界の中です。ということは‥?