~朝~
村の掃除を任命され、俺はホウキと塵取りを持って村を歩き回っていた。
昨日の不気味な雰囲気とは打って変わって、朝の村は自然に囲まれ、ほのぼのとしていた。
俺はある程度の掃除が終わると昨日のおとぎ話に出て来そうなベッドがある部屋へ戻る。
夜川さんは部屋の中で雑巾がけをしている最中だった。
俺に気が付いた。
「あっ沢辺さん、お疲れ様です!」
相変わらずヒーローショーのアナウンスのような声で彼女は俺に視線を向ける。
俺はその輝かしい眼光が眩しすぎて少し目線をそらす。
そして、ある質問を投げかけた。
「昨日から気になっていたんですけど、この村って夜川さん以外誰も居ないんですか?」
「そうですね。今は、私一人でやってますね。」
今は......か。
「それにしてもこの部屋よくこんな綺麗に保ててますね。」
「そうですね~ここは客室なので一番綺麗にしておいて、気持ちよく実行を行ってもらうために特に気合を入れて毎日掃除してます!」
作り自体はそこまで良い素材ではないが、部屋の壁紙は星や月のマークがぽつぽつと綺麗に並んでおり、まるでプラネタリウムを観てる感覚だった。ベットにしても本棚にしても塵一つない。部屋の隅にはお洒落な観葉植物が置かれており、その植物からはほんのりと甘く心地の良い香りが鼻を通り抜ける。
「この家具は夜川さんが揃えたんですか?」
「はい!けっこうお洒落でしょう?私インテリアデザイナーのセンスあるかも!」
彼女は両手を腰にあてがい、顎を突き上げて誇らしげに言った。
「そ、そうですね......」
普段人とコミュニケーションを取らない俺はこういう日常会話をどう喋ればいいのかよくわからない。
俺は話題を切り替えた。
「そういえば、ここで働くのはいいんですけど.....その......給料とかは発生するんですか?」
「はい!もちろんですよ!」
「いくらですか?」
「日給で2000円です。」
(2000円......)
何度も頭の中で繰り返し再生される......2000円.......2000円......世の中のバッシングされているどのブラック企業よりもドス暗いブラックだな.....
「その.....具体的な仕事内容は何ですか?」
「そうですね~基本的には沢辺さんが今やって頂いたように、掃除です。」
それなら早く家に帰って清掃員のアルバイトを探した方が儲かるな。と俺は心の中で嘆く。
「あとは.....ホームページのチェックや、沢辺さんの時もしたような電話応対ですね。まぁそれは基本私がやりますけどね!」
「じゃあ僕はこの夏休みの期間掃除のみってことですか?」
「いえ、」
彼女は真剣な眼差しになる。
「沢辺さんには基本的には掃除をしてもらいますが、志願者の幇助もお願いしたいと思ってます。」
その瞬間、背筋が凍り付いた。
そうか....彼女の明るさとこの部屋の雰囲気で本来この場所がどういう所なのか完全に忘れていた。
「とても辛い仕事ですが.....その分、確実に沢辺さんの心に良い影響を与えると思いますよ!」
彼女は満面の笑みでそう告げた。
いい影響.....?人の自殺を手伝って?そこから俺にどんな良い影響を感じれるというのか......
俺は彼女の言葉が全く理解できない。
「......そもそも志願者ってどのくらいのペースで来るんですか?」
「そうですね~だいたい月に1~2人ぐらいかなぁ.....あっ、でも来ない月もありますね。」
多いのか少なかいのか.....でもあのふざけたホームページを見てここまで足を運ぶ愚か者が俺だけではないことに少し安堵する。
「じゃあ僕が働いている期間に一人も来ないかもしれないですね。」
「あっそれは心配しなくて大丈夫ですよ。」
「え?」
「もう一人は予約済みで明日来ます。」
「おえ?」
俺はとてつもないアホ面で言葉を発した。
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「この人です!」
そこには、俺もここに来る前に記載したエントリーシートがPCの画面に映しだされていた。
中尾 末広(15)男
電話番号 090-〇〇〇〇-〇〇〇〇
俺よりも年下だな。やはりこういうのはまだ世間を知らない若者が生きる希望を無くし、誰に縋ることも出来ずにこのような怪しいサイトに希望を抱いて来るのだろうか。
「明日はこの人の幇助を沢辺さんにお願いする事になります。昨日私がした説明をこの人にして実行してあげて下さい。」
俺は既に緊張感で圧し潰されそうになる。
「で....でも....その......」
「大丈夫!沢辺さんならきっと......ただ一つ約束して。」
またも彼女は真剣な眼差しで俺に視線を合わせる。
「絶対にこちらから理由を聞かないこと!」
「....え?」
「明日、よろしくお願いしますね!」
またいつもの明るい笑みで彼女は俺にそう告げた。
それから、昼食をはさみ、夕方まで村の掃除に明け暮れ、夕食の時間。
食事は朝も昼もそうだったが、お米に味噌汁、野菜類に焼き魚と質素な感じだが、栄養バランスは取れている。
二人、テーブルを挟んで食事をする。
「そういえば、気になったんですけど、ここの収入源ってどうなってるんですか?料金の設定がなかったので僕も交通費以外は持って来なかったんですけど。」
「はい、志願者から料金は基本的に受け取っていません。それでもたまに、志願者からどうしてもと、いくつかの気持ちを頂く事はあります。でも収入源で言うのなら、ある組織からの支援でこの村の経営は保たれています。」
「組織.....?」
「はい。聞こえは悪いですが、ちゃんとした組織ですよ!まぁ人の命に関わることなので法律的には触れまくってますけどね~」
彼女はいたずらっ子のような笑みを浮かばせた。
感覚が麻痺しそうだ。
「といっても金銭的には結構ギリギリなんですよね~」
だから俺の給料はこんなに安いのか.....
食事を終えると、俺は用意されてた部屋へ案内された。
「今日からここが沢辺さんの部屋になりますので、ご自由にお使いください!ではおやすみなさい。」
彼女は笑顔でペコリと頭を下げ自分の部屋へ戻った。
昨日は急遽ということだったので客室を使用させてもらったが、ここは客室に比べると素朴なものだった、本棚に数本の本が収納されていて、その横にベッドがあるのみだった。
俺は用意されていたベッドに横たわった。
両親には夏休みの期間中は友達の家に泊まると言ってあるので大丈夫だが、もしここが世間にバレて警察沙汰になればやっかいだな。そもそもこんな事をネットで高々と上げ......まぁあのホームページじゃ誰も本気にしないか.....明日くる奴もどこまで本気で信じているのか.....そもそも来ないかもしれないな。
もし来たら......俺は再び緊張感に苛われた。
「絶対にこちらから理由を聞かないこと!」.......と夜川さんは言っていたな。
そういえば俺の時も理由を問う事をしなかったな。
そんな事を考えて、ふと時計に目をやると深い時間になっていた。
そろそろ寝るか。
俺は毛布を掛け瞼を閉じた。
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翌朝。
目を覚ますと、そこにはまだ見慣れない光景が視界に広がる。
窓から差し込む日差しは夜の不気味な雰囲気とは打って変わって爽やかなものだった。
俺は着替えを済ませ、食卓へ向かった。
「あっ沢辺さん、おはようございます!」
朝食の準備をしていた彼女は朝から満面の笑みでこちらに挨拶をする。
「おはようございます.....」
「あれ?沢辺さん、なんか元気ないですね~」
今日は志願者の幇助を行うのだ、彼女みたく元気な振る舞いはとても出来ない。
「そ、そうですかね....?」
俺は顰めた表情でそう答えた。
「まぁ、初の幇助業ですもんね。緊張しますよね~」
彼女はニヤニヤしながら言った。
この人のキャラがいまいち掴めない為か、俺はリアクションに苦戦する。
朝食を済ませ、俺は彼女に質問する。
「そういえば、今日の志願者は何時ぐらいに来る予定ですか?」
「19時頃になるとは電話で言ってましたね。」
19時か.....丁度、日も落ちだす時間だな。あえてその時間にしたのかな。19時までに気持ちが揺らいだりしないのだろうか。
俺は顔も知らない志願者の気持ちを汲み取ろうとしてみたが、少し考えて無駄な時間に思えた。
「じゃあそれまで僕は......」
彼女はすっとホウキを俺に差し出し、笑顔で言い放つ。
「掃除です!」
でしょうね。
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真夏ならではの強い日が差し込み、セミの鳴き声を喧しく感じつつも、微かに心地よい風が肌を通す。
俺はただひたすらに地面に落ちている葉をかき集めては塵取りに入れる作業を繰り返していた。
ホウキの先端に両腕を重ねるように乗せ、そこに顎を乗せて今日来るであろう志願者に対する手順を考える。
俺がこの村に来た時のことを思い返す。
あの時、俺の自殺の手助けを淡々とこなされ、いざ念願のその瞬間が来るや否や俺は死への恐怖心で気持ちが大きく揺さぶられた。
そして今までの自分の人生がフラッシュバックされた。
これが走馬灯というものだったのか。
一瞬だが、物凄い情報量が一斉に頭の中を駆け巡らせた。
両親のこと、友達のこと、そして今回この一連の出来事の元凶になったとも言えるイジメのこと.....
思い出したことはほとんどがイジメのこと.....くだらなかった.....こんな記憶で頭を埋め尽くすほどの俺の人生は、実にくだらなかった。
そして彼女からのあの言葉......彼女はあの時、何を想ったのか。
俺の心の奥底では死を拒否していると見抜いていたのだろうか。
自分でも直前まで気付かなかった本心を、彼女は見抜いていたのだろうか。
俺は彼女のように上手く立ち振る舞うことが出来るのかと不安で圧し潰されそうになる。
そんなことを考えてる間に気が付けば昼食の時間に差し掛かっていた。
食事をする所はこの村で唯一の二階建ての家で一階が大広場になっており、そこで食事をする。
ちなみにその二階に俺が使用している部屋がある。
彼女の部屋は離れの一階建ての家である。
俺は大広場のある家に向かった。
「あっ、お疲れ様です!」
彼女は笑顔で俺にそう言い、俺も「お疲れ様です。」と真顔で返す。
「もう少しで出来ますので待ってて下さいね!」
「分かりました。」
俺は椅子に腰かけ、食事ができるのを待っていた。
「お待たせしました~」
彼女は食卓に料理を並べていく。
といってもメニューは昨日とさほど変わらない。
焼き魚の所が豚肉になってる程度だ。
(ザー!!ザー!!)
外を見ると、雨が降り注いでいた。
先程まで雲1つなく快晴であったのに、やはり山の天候は変わりやすいみたいだ。
「ここって雨漏りとか大丈夫なんですか?」
「ここも結構長いですけど、こう見えて雨漏り対策はバッチリですよ!」
彼女は腕を組み、背中を反るように胸に張り、瞼を閉じて誇らしげに答えた。
天井に目をやると何度も修理された痕跡があった。
彼女の振る舞いから察するに、かなりの苦労があったんだろう。
「今日は雨も降ってますので志願者が来るまで自室で寛いでもらってもいいですよ。」
「え、いいんですか?」
正直掃除にも飽き飽きしていたので願ってもないことだった。
「まぁ志願者のことで多少緊張気味に見えますのでリラックスする意味も込めてですけどね。」
彼女はクスクスと笑いながら言った。
俺は「では、お言葉に甘えて....」と少し頬を赤くして答えた。
自室に戻り、ベッドに横たわったのはいいが特にやることがないのは、これはこれで志願者の事ばかり考えて不安な気持ちに苛まれる。
俺は瞼を閉じ、出来るだけ楽しいことを考えるように心掛る。
そうこうしている内にウトウトし、眠ってしまった。
「沢辺さん、沢辺さん!」
目を開けると夜川さんがこちらを覗き込んでる。
ベッドから起き上がって窓に目をやると、すっかり日が沈んでいる。
一体どのくらい眠っていたのだろうか。
すると彼女が「おはようございます。志願者の方がお見えですよ」
俺は(ドキッ!)っと心臓の音を鳴らした。
「では、私はここに居ますので、後はお願いしますね。」
彼女は笑顔でそう告げた。
「え?え?僕一人ですか!?」
「はい!手順は今朝教えた通りお願いします。」
「ちょっと待って下さい!確かに手順は教わりましたが、まさかいきなり一人でなんて.....」
「あまり複数で行ったら警戒心が増します。それに年齢的には沢辺さんの方が近いので適役かと思いまして!」
彼女は腕を組み、瞼を閉じて頷きながらそう言った。
「で、でも......」
俺は露骨に狼狽える。
すると彼女は俺の肩を両手でしっかり押さえ込んで、真剣な眼差しでこう言った。
「大丈夫です。沢辺さんならきっと。」
相変わらず説得力のあるその眼差しは、ひ弱な自分を鼓舞させる不思議な感覚を全身で感じさせる。
「わ、わかりました.....」
そうして俺は渋々、客室へ向かった。
続く
作者ゲル
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