目を覚ますと、違和感がした。
右目がうまく開かない、それに何故かよだれが止まらない。
剥き出しになっている手や足を見ると薄い茶色の肌に爪がない。
白いシャツに青いズボン、腰にはベルトが巻かれていた。
鼻から生ごみのような臭いがする。この異臭は自分から放たれているのか.......?
周りを見渡した。
永遠と荒野道が続き、所々になんだか濃い紫色の液体が密集している沼がある。
「鏡を見たい。」俺はそう思い歩き出すが、うまく歩けない。
ノロノロとまるでゾンビのような動きになってしまう。俺はとりあえず近くの沼で自身の確認を試みる。
紫が濃すぎて確認が出来なかった。
仕方なく歩き出す。だが、歩いても歩いても一面は荒野道と沼しか見えない。
しかし、遠く方に視線を向けると、ぼんやりと建物が見える。
俺はノロノロとその建物に向かって歩く。
やっとの思いでその建物の前に辿り着いた。
その建物の外壁はねずみ色で統一され、周りは沼で囲われている。まるで神殿のような構造だった。
入口付近には橋が架かっており、ここを渡れば中に入れる。
周りを見渡しても特に何もない、俺は仕方なく中へ入ることにした。
中に入ると、周りには何もない。外の光が建物の隙間から地面を照らす。すると、地下へと続く階段を発見した。
下に降りるとそこは、天井が低く、左右の壁が狭い洞窟のような景色になった。
薄暗いが、所々に火を灯した松明が置かれていたので辺りの確認はできる。
俺は相変わらずノロノロとした動きで辺りを見渡しながら歩き続けた。
しばらくすると、行き止まりに差し掛かった。だが目の前には鉄格子の扉がある。
まだ感覚が不慣れな手で重い扉を開けた。
そこは、薄暗くはあるが先ほどの洞窟よりは少し明るく感じた。中央には裸電球がぶら下がっており、奥にはまた鉄格子の扉があった。左右を見ると汚水だが水溜まりがある。薄く茶色がかってはいるが、先ほどの沼に比べれば綺麗だ。
俺はその汚水を覗き込んだ。ようやく自分の姿を確認することが出来た。
しかし、確認した俺は驚愕した。
右目は半開で視力がなく、左目はやたらと大きい。肌はくすみ茶色く変色し、髪の色は汚い青色、歯は所々抜け落ちた痕跡がみえる。
「これが......俺?」
半ばパニック状態に陥り声を上げたが、地の底から這いあがるような呻きのような声にならない声が耳管を通す。
そして思い出す、俺はこの姿を初めて見たわけではない、昔やっていたRPGゲームのキャラクターと酷似しているのだ。
俺はわけがわからなくなり絶望し、しばらく立ち尽くしていた。
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数分が経過し、絶望的な感情は変わらないが、少し落ち着きを取り戻した。
しかし、冷静に思考した所で何も解決しないと思った俺は、奥の扉に向かうことにした。
扉を開ける。
すると俺は驚きのあまり大きく後ずさった。
そこには大人数の不気味な姿をした集団が集っていた。ミイラや屍や俺と同じ姿の者が大勢で、まるで集会のように呻き声を喚き散らしていた。その中心には、なにやら杖を持った醜い老婆と思しき者がその杖を天に掲げ、なにかを唱えているように伺える。
すると、その集団は途端に散り散りになり、この大きな部屋を後にする。
「なんだったのか......?」そう思い、俺は自分と同じ姿の者に声を掛けてみた。
「ウ”ウ”ウ”ッ」
いざ声を出してみると、まともに話すことさえできない。
「ウ”ウ”ウ”ッ」
何度も出そうとするが、やはり呻き声しか出てこない。
すると、俺と同じ姿の者は俺を無視するかのように部屋を出ていく。
途方に暮れ、俺は仕方なくその者達について行くことにした。
当てがないのか、その者達は途中の水溜まりの部屋に留まる者や狭い洞窟の通路に留まる者と、バラバラになる。
俺は留まることなく、もう数人程になってしまったが、ノロノロと歩くその者達について行く。
外に出た。先ほどの荒野道に沼があるところだ。
すると、その者達は全員散り散りになり、辺りをウロウロと周回しだす。
俺は会話ができない分、その者達が何を考えてるか見当もつかないので、一旦神殿に戻ろうとしたその時......
ザスッ!!
なにやら鈍く切り刻んだ音と共に俺とそっくりな呻き声が聞こえた。俺は咄嗟に振り向いた。
そこには、ここで目覚めて初めて目にする人間が4人、剣、斧、杖、などの武器を構えて佇んでいた。
しかし、先ほどまでそこに居たであろう自分と同じ姿の者は消えていた。
「これは......」俺は瞬時に判断できた。昔自分がやっていたRPGゲームの内容から察するに.....おそらく俺は殺されると、そう確信した。
瞬時に神殿へ戻ろうとするが、ノロノロとした動きなうえ、恐怖で足がもつれてなかなか前へ進まない。
それでも必死に神殿に戻ろうと歩き続ける。しかし、背後に気配がした。俺は振り返る.......
目の前の若者が斧を振りかざす瞬間だった。
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気が付くと俺は先ほどの集会のような場所で横たわっていた。
胸がズキズキと痛む。服に視線をやると、白いはずだったシャツは赤く染まり、切られたように長い線が入っていた。
少し状態を起こすと、えぐられた胸元からは直接は見たことないような臓器がこぼれ落ちていく。普通の人間ならここで死に至るのであろうが、俺の意識はまだある。だが、今まで感じた事のないような激痛が身体を苦しめる。
「痛い.......痛い.......。」そう思って声を上げるが、やはり呻き声しか出てこない。
俺は過去に不老不死を夢見た事があったが、その時の自分はなんと愚かだったのであろうと今になって犇々と感じる。しばらく呻き声を上げ、のたうち回っていると、自分の呻き声とは別に同じような呻き声が微かに聞こえ、隣に目をやった。
すると、同じように赤く染まるシャツを抑え込んでのたうち回る者がいた。おそらく先ほど俺がやられる前にやられた奴だろう。垂れていたよだれは赤く滲み、目が血走ったように赤くなっている。客観的に俺はその光景を見て、自分も今そういう状態なんだと認識した。
激しい痛みでまた意識が遠のいていく中、ぼんやりと先ほどの杖を持った醜い老婆が目の前に居ることに気付いた。
その老婆はまたも杖を天に掲げ、なにか呪文のような事を唱えだす。
すると、俺とその隣で同じようにのたうち回っていた者の傷がみるみる癒え始めた。シャツも元の白に戻り、臓器も身体に引っ込み、痛みも消えていった。
先ほどの激痛が嘘のように無くなり爽快な気分になった。そして、ふと前を見ると老婆の姿は消えていた。
俺は何が起こったのかあまり理解できずにいると、隣から視線を感じる。先ほど同じ苦しみの味わっていた奴だ。
俺もそいつに視線を向ける。
俺達はお互い暫し見つめ合った後、そいつは無言で部屋を出て行った。
そこで俺は思った。「もしかしたら、アイツも俺と同じ人間だったのか.......?」
その疑問を確かめたいが、確認するすべがない。
仕方なく俺はこの神殿を調べてみようと、自分が来た扉とは違う扉を開ける。
そこは迷路のように複雑な構造となっていた。いきなり行き止まりになったり、落とし穴があったりで、俺は散々歩き回った挙句、大きな鉄格子の扉を発見する。
俺は中へ入ってみた。
すると、そこには先ほどの4人の若者が俺に背を向け佇んでいた。
俺は癒えたはずの胸が疼く、「早くここから立ち去らなければ」と強く思った。
しかし、よく見ると4人の若者の視線は下に向けられていた。
そこには巨大な屍が横たわっていた。おそらくこの若者達によってそうなっているのであろう痕跡が幾つか見られる。
バキバキにへし折られた跡や剣や斧で切り刻まれた跡が複数ある。
そして、若者達はなにやら青い光と共に消えていった。
そこで何故か俺も気を失った。
目を覚ますと、またも大部屋で大勢のミイラや屍や俺と同じ姿の者が集会のように佇んでいた。よく見ると先ほどの巨大な屍の姿もあった。そして、中央には例の老婆が杖を天に掲げ呪文を唱える。
巨大な屍はみるみる骨が元の形に戻り、切り刻まれた跡が消えていく。
そしてまた皆、散り散りになり、部屋を後にする。
その後、俺もこの小さな世界で様々な場所をノロノロと彷徨い続け、若者達に切り刻まれては大部屋で治療され、また切り刻まれに行く、その繰り返しだった。
ときには同じ姿の者と共に若者達に太刀打ちしたが、とうてい敵わない。
俺はこの仲間(?)達を見て思った。
「なぁ、お前達は今何を考えてるんだ。こうやって無駄に切り刻まれては治療され、毎回声にならない呻き声を上げ、激しい痛みと奮闘してる中、何を考えてるんだ。俺と同じように意志はしっかりあるのか。俺と同じように泣きたいが涙すら出てこない、この感情を持ち合わせているのか。」
いくら考えても他の者とは会話が出来ない。しかし、俺だけかもしれないが、ここに居る者が皆、どこか切なく、寂し気な表情を浮かべているようにも視えた。
俺は今もここで、誰の得かもわからない地獄のような日々をひたすら繰り返し続けている。
作者ゲル
ちょっと趣向を変えたものを書いてみました!