ニャー
夜半、猫の鳴き声がする
これは私が8才のときの話
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山近くの田舎、学級には6人しか生徒がいない
そんな場所が私の生まれ育った場所だった
私は猫が好きで家でも飼ってた
名前はクロ、名前の通り真っ黒なネコだった
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私が8才のとき、クロは死んだ
少し前からどこかに行って見つからなかったんだけど、私がなんとなく家の軒下を見たら、そこにクロはいた
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活発でよくネズミをとってくるネコだった
私はネズミの死体が気持ち悪かったけどクロは得意げにお昼寝してる私の鼻先にネズミを持ってくるのだ
いつもネズミはそのままにして褒めてやってた。
お父さんもネズミをとってきたときは褒めてたし、お母さんがいつのまにかネズミの死骸は片付けてくれてた。
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そんなクロが死んだ
100万回生きたネコみたいに生き返らないかなと思ってクロを抱いてひたすら頭を撫でた
撫でてる間、自分勝手なことも考えてたのを覚えてる
『なんであのまま居なくならなかったの?居なくなったら、まだ、どこかで生きてるんだと思えたのに』
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そうして撫でているとだんだん涙が出てきた
声も出てきて、「うあー」とか「あああー」とか自分が出してるはずの声がひとごとみたいに耳に響いてた
そのうち、いてもたってもいられなくなってクロを抱き抱えたまま家の裏山の方へ駆け出した
すぐに走り疲れて、ひざから落ちて、大きな木のたもとでクロを抱いたまま寝ついてしまった
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目を覚ますと、胸の内にクロはいなかった
ふと上をみると空が陰って、赤くなってた
クロがいないのは不思議だったけど、家に帰らなくちゃと思って家へ走った
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庭まで帰るとウチからはシチューの匂いがした
牛乳とブイヨンの美味しそうな匂い
シチューは私の大好物だった
玄関の引き戸からすぐダイニング、妹はもうテーブルについておとなしく食事を待ってた
お母さんが
「A子、手を洗ってきなさい」とキッチンでお肉を切りながら言った
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「はーい」と生返事を返し、手を洗ってテーブルにつくと妹が
「おねーちゃん、今日はあたしが下ごしらえしたんよ!」と自慢げに言う
「おねーちゃんが遊んでる間にB子はえらいねぇ」と母
なんの話をしているかわからなかった
「お父さん、今日も遅いからみんなで先に食べちゃいましょ」
母がシチューをテーブルに置いた
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「わあ!おいしそー」
妹はいただきますもせずにプラスチックの先割れスプーンでシチューをすくった
「みてみて、おねーちゃんハートだよ!」
私にハート型に型抜きされたニンジンを見せてくる。
そのままシチューを食べる、食べる
私はなんだかシチューがおぞましいもののような気がして食べる気がしなかった
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「もう、ちゃんといただきますしてからでしょ」
「ほら、A子もいただきますしなさい」
母からそう言われると逃げ場がなくなった気がした。本当は食べなければよかったのだ。
「いただきます…」
そう言うと、私はスプーンで一口食べた
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美味しかった。言葉にならないほど美味しかった。
妹をみると、型抜きの野菜なんてもう気にしてなくて、すごい勢いで掻き込んでいた。
一皿食べ終わると、おかわりちょーだい
母が「まだまだあるからね」と皿を受け取る
「おねーちゃん、このお肉とっても美味しいよ!おねーちゃんも食べた?」
私は一口食べた後、呆然とスプーンを持って固まっていた
…お肉?
気になってシチューをかき分けお肉らしきものをスプーンですくいあげた
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その肉を見た瞬間、嫌な感覚が背筋に走った
「おねーちゃん、あーん」
妹が身を乗り出して大口を開けている。
そのまま妹へ食べさせた
「おいしーい、なんでおねーちゃん食べないの?」
「おかーさん、なんでこんなに美味しいの?」
5才の妹はなんでなんでとよく言っていた
母はいつも飽きるまで付き合ってやっていた
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「それはね、愛情がこもっているからよ。愛情たっぷりに育てたお肉はとーっても美味しくなるの」
「そーなんだー、じゃあおねーちゃんも美味しい?愛情たーっぷりだから美味しいよね」
「そうよ、愛情込めてここまで育てたんですもの、クロより美味しいわよ」
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私は駆け出していた。
違う、お母さんでも妹でもない。
違和感だけをたよりに逃げ出し、後耳にクロがシチューになったことを聞いた
私は家を出て、軒下に隠れた
クロが死んでいた軒下だ
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「A子ー、ちゃんと食べてあげなきゃかわいそうじゃない。早く出ておいでー」
軒下でうずくまる私に母の声が聞こえる
震えながら声を出さないように右手の親指の付け根を噛んで耐えた
「A子ちゃんがシチューになるのは、まだ明日のことなんだから心配しないでー、美味しいわよー」
間延びした母の声が聞こえる
いやだ、いやだ、死にたくない。
シチューになりたくない。
耐えきれず声をあげそうになった
そのとき、声が聞こえた
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『おいで、こっちだよ』
『君はここにいちゃいけない』
軒下の暗がり、目の前にいたのはクロだった
クロがしゃべってる
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クロについて軒の奥へ奥へと這いずる
『もう大丈夫だよ』
私は光に包まれた
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目を覚ますと、病院だった
お母さんもお父さんも妹も心配そうに私を覗き込んでいる
違和感がなくなり、本当の家族だと思うと
涙が止まらなくなった
お母さんの胸でひとしきり泣いた
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私は、山にある小さな滝壺に落ちていたらしい
低体温となぜか低血糖で二日間生死の境をさまよっていたらしい
大人になってから聞いた話しだ
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小さい私は「クロが助けてくれた」と「こわかった」を繰り返すばかりで話にならなかったらしい
私を見つけてくれたのはクロの子供だそうだ
妹が「おねーちゃんが食べられちゃう」と訳の分からないことを母に言い。
無理矢理連れて来られた母が滝壺の縁で真っ白な顔色の私を見つけたらしい
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妹はクロの子供が教えてくれた。と言ってそれ以上はなにも言わなかったようだ
あと、私は軒下にクロが死んでるはず!といったのだが探してもなにも見つからなかった
私以外の家族にはクロは死期を悟って出て行ったまま戻らない猫という認識のままだ
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今では、私も妹もいい大人になり、実家に帰る機会も年に数度となった。
だが、母はその出来事から後、夢枕でクロに立たれたらしく
クロの好物だったササミを煮たものを毎日、クロを祀ったほこらにお供えしているようだ
ほとんど、クロの子供たちが食べてしまうそうだが、不思議にお供えした直後になくなっていることがあるそうだ。
作者春原 計都
春原 計都 春の彼岸祭り⑥
「鶏ハム最強ニャ」