中編5
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見下ろし桜

私が高校生の時の話です。あまり怖くなかったらごめんなさい。

私の高校には、校門入ってすぐのところに立派な桜の木が一本ありました。その高校に入ると、新入生はすぐにこの桜に関する怪談を幾つか聞くことになります。

そのうちの一つが「見上げ桜」「見下ろし桜」というものでした。

見上げ桜の話はこのようなものです。

昔、屋上からこの桜めがけて飛び降り自殺をした男子生徒がいた。以来、夜11時を過ぎてから、この桜を見上げると、屋上から落ちてくる生徒が見え、目が合ってしまう。

見下ろし桜の話はこのようなものです。

夜11時を過ぎて屋上から見上げ桜を見下ろしては決していけない。

桜に惹かれて足を踏み外し、自殺をした生徒と同じ運命を辿るから。

よくある怪談だろうと思っていたのですが、随分経ってから、この話にまつわる気味悪い話に接することになったのです。

私が高校2年生になったばかりの春。ある日、私の隣のクラスの男子ーA君としますーが学校で飛び降り自殺をしました。その場所はちょうど見上げ桜のあるところです。私のクラスの人間まで様々な憶測を口にしました。

「特に自殺する理由はなかったらしいよ」

「遺書もないらしい」

「あいつはどちらかと言うといじめられっ子というよりいじめっ子だろう。自殺させる方」

「むしろ、誰かに殺されたんじゃね?」

確かに、Aはやんちゃで、気の弱い旧友を脅して金を巻き上げたり、憂さ晴らしにいじめたりなどをしていたらしい。

しかし、Aが死の前日に級友たちに「見下ろし桜に挑戦する」とうそぶいていたらしいという話が出てきて途端に噂のトーンも変わりました。

「Aはきっと、真夜中に見下ろしたんだ」

「惹かれたに違いない」

と。結局、事件は真相が不明なまま自殺で処理されたようですが、桜も散った初夏の頃、ひょんなことから私はある人ーB君としますーから、この事件の真相を聞くことになったのです。

「あの日、俺は、Aに呼び出されたんだ。金をもってこいって。嫌だったさ。でも、それ以上にAが怖かったのもあって、結局呼び出しに応じたんだ。金を渡せば癖になる?わかっていたさ。でも、そのときはそうするよりほかなかったんだよ。」

「Aは学校近くのコンビニで待っていた。時間は9時を過ぎようとしていた。うちは門限が特になかったから、親には友達の家で勉強するから遅くなる、と嘘をついていたんだ。そうしたら、Aが、何を思ったか突然、

『見下ろし桜を見下ろしてみろよ』

って言い出したんだ。」

「その日の昼間、あいつは自分のダチに見下ろし桜なんかくだらねー、みたいな話をしたらしいんだ。それで、俺に見下ろさせて、実験しようと思ったらしい。死んでも俺ならいいやって」

「仕方がない。俺はAに促されるまま、一緒に学校の屋上に登ったよ。Aは何度か夜の学校に侵入したことがあるようで、昼に窓を一つ開けておいたんだ。それで、俺達は屋上まで行った。」

「きっかり11時過ぎ、俺は言われるままに桜を見下ろしたよ。怖くなかったか?怖かったよ。もし噂が本当で、引き込まれたらって。うちの屋上知ってるか?生徒が上がる事を考えてないから、フェンスも何もないんだ。本当に引き込まれそうだった。俺は。足元のコンクリにしっかり両手をついて震えながら見下ろしたよ。」

「ちょうど桜は満開だった。見下ろした桜はきれいだった。きれいで、本当に惹かれそうだと思った。でも、それ以上は何も起こらなかった。」

「その時、Aが悪ふざけで、俺の背中を押したんだ。すごいびっくりした。

 『ひゃあ!』って情けない声が出ちゃうくらいだった。Aはケラケラ笑っていた。見下ろし桜なんてやっぱ嘘かよって。」

「Aは自分が俺よりも強いってところ見せたかったんだろうと思うけど、屋上の端に立ってみせた。俺が情けなく四つん這いになっているところで、自分は立てるんだぜっていう感じで。俺はやっぱり怖かったからジリジリ後ろに下がったんだ。下がりながら、また、Aから押されることが怖くて、Aのことをじっと見ていた。早く逃げたいと思ったんだ。」

「その時、突然Aが『うわあ!』って言って、足から落ちたんだ。屋上から・・・。それで、ドサって音がして。Aは死んだ・・・」

「信じてほしいんだ。俺が何かしたんじゃないんだ。Aが勝手に落ちたんだ。」

きっと誰も信じてくれないだろうからと、Bは今までこのことを黙っていたらしい。

なんで今頃私に話したの?と尋ねると、

「実は、あの時、見たんだ。

 Aの足にまとわりつく腕と、男の顔を。男はまるで屋上の外からAを引っ張るようにしていたんだ。そのニヤリと笑う男と、俺は目があったんだ。」

「お前、不思議な話とか、よく知ってるだろう?あれはなんだろうって、すごく気になっているんだ。未だにたまに夢にも見る。そいつはニヤリと笑って俺の足にも手をかける」

Bは下を向いて唇を噛んでいました。心なしか肩も震えています。もしかしたら自分も惹かれて死ぬかもしれない。その恐怖が私にこの話をさせたようでした。

わからないか、と言われても、分かるわけがないのです。

結局、そう答えると、「そうか」と一言だけ言って、Bは帰っていきました。

結論から言えば、Bは死ぬことはありませんでした。卒業後、特にBについての噂を聞くこともないので、たぶん今でも生きていると思います。

真相はわかりません。本当はBがAを突き落として殺したのかもしれません。Bには十分動機もありますし。しかし、ならばBがわざわざあんな話をする必要はないのです。それに、Bの怖がり具合は本当のように思えました。

Bが見下ろしたときには現れなかった「それ」が、Aが見下ろしたときには現れた。

「それ」がAを引き込んで、殺した。

やはりそうなのでしょうか。

ここからは私の推測ですが、もしかしたら、見上げ桜にしても、見下ろし桜にしても、死んだ学生は、実は殺されたのかもしれません。特に殺意なく、AがBにしたように、悪ふざけで。

同じ場所で、同じことが起ころうとしていた。だから、「それ」は復讐をしたのかもしれません。

自分がされたのと同じ悪ふざけをしたAに対して。

なんとなく、そう思えたのでした。

Concrete
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@天津堂
いつもコメントありがとうございます

Bの怖がりようは確かに真に迫る勢いでした

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