俺の家から、車で1時間半ほど走ったところに山があり、その山には池があった。
最近、コロナによる自粛の影響で引きこもりがちのところ、何となくグーグルマップを見ていたときに見つけたのだ。
ドライブがてら、その山に行ってみた。マップで見た池は、山の林道から小道に入り、しばらく走ったところにあった。その小道には、途中で車の進入を阻むように『進入禁止』の立札があった。容易に動かせる立札で、小道の端にどかせば、池まで車で入れた。
池は、一周が50mくらいのものだろうか。林道からは離れていて、林道を走る車の音もまったく届かなかった。人工池なのかどうか分からないが、何となく『手つかず感』があり、木漏れ日が周囲を照らしていて、時折頬をなでるそよ風が気持ちよかった。
「お~。雰囲気良いじゃん。こんな場所が近くにあったんだぁ」俺は思った。
パシャン 池で魚がはねた。一瞬しか見えなかったが、少なくとも30㎝はあっただろう。「まぁまぁのサイズの奴がいるんだなぁ」と独り言をつぶやいた。
俺の頭の中では、こんな計画が浮かんだ。
『夕方、明るいうちにこの池まで車で来て、池のほとりでソロキャンプをやる。焚火しながら肉と酒を軽くやって、車中泊。翌朝の明け方に釣りをして帰る』完璧じゃん、と思った。
キャンプや釣りはもともと趣味だった。似たようなことは、これまで何度かやったことがあったので、さっさと準備を整えて、夕方を待った。
『そろそろかな』と自宅を出発し、途中でスーパーに寄って食品を買った。池のほとりに車を停めて道具を降ろし、焚火の準備をしていたときだ。
池の対岸、茂みの向こうに誰かいる。小学生くらいの男の子で、しゃがんでこちらを窺っているようだった。
『山歩きに来た家族の子供か?・・・とすれば迷子?』そう思った。付近には林道しかない。町から子供だけが歩いて、あるいは自転車で来るような場所ではないのだ。
『すぐに保護してあげないといけない』そう考えて「お~い!ボク~!お父さんお母さんはどうしたの~?迷子になったの~?」優しく呼びかけた。必要ならキャンプを中止して、最寄りの警察署まで送り届ける気さえあった。
子供は茂みから出てきて、俺の方に走ってきた。俺のそばまで来ると「何してんの?」そう訊いてきた。
「ちょっとキャンプしてるんだよ。それより、どこから来たの?迷子になったの?」
「キャンプってここで?ここに泊まるの?何で?」
「え?あぁ、まぁ、昼間雰囲気が良いなと思ったからね。いやそれよりね、そろそろ暗くなるよ。一人?パパやママはどこにいるの?」
「は?雰囲気が良い?意味わかんない」
正直、俺は子供が苦手だ。ちょっとイラっとした。
「おじさんのキャンプのことはいいんだ。あのね、もう暗くなるから、家に帰らないとダメだよ。ここまでどうやって来たの?大人の人と一緒じゃないの?」
その子は答えず、プイっと茂みの中へ走っていった。
「ちょっと!待ちなさいって!」俺は追いかけたが、子供を見失ってしまった。「あ~・・・どうすっかなコレ。一応、警察に通報かなぁ・・・」スマホを取り出したが、圏外だった。あたりはだんだん暗くなってきていた。俺一人では探し得ないのは明らかだった。
「う~わ、ちょっと待ってくれよ。・・・けど、もうしょうがねぇわ」俺はキャンプを中止して道具を車にのせ、すぐに山を下りた。林道の途中で完全に日が落ちた。
林道を抜けたところで、広い路側帯があった。そこに車を停め、スマホを確認するとアンテナが2本立っていた。警察に通報しようと思い、画面の電話機マークをタップしたときだ。
「ばあぁぁ!!」後部座席から大声が響いた。
「うおっ!!!」口から心臓が飛び出そうなほど驚いた。後部座席には、さっきの子供がいた。
「あはははは!!! 驚いてる!!!(爆笑」驚いている俺を見て、笑っていた。
「おい!!!お前何してんだよ!!!」俺は怒鳴りつけた。
そして、おかしいということに気づいた。この子は、いつ俺の車に忍び込んだのか?俺に気づかれずに、車内に忍び込むことは不可能だった。さっきキャンプ道具を積んだときにも、車内を見た。子供なんていなかったし、隠れる場所もない。
「あははははは!あはははは!!!」まだ大声で笑っている。何か狂ったような、ちょっと気味の悪い笑い方だった。警察でも何でもいいから、とにかく早くこの子を引き取ってほしかった。
「あのね!おじさんちょっと警察に連絡するから!」子供の笑い声がうるさかったので、下車してから電話しようとした。『警察から、変な誤解されなきゃいいけど・・・』と思いつつ、車外へ顔を向けてドアレバーに手をかけたときだ。
「にぃがざな゛いよお゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」薄気味悪い重低音が、後部座席から聞こえた。
「えっ?!」振り返ると、グズグズに腐敗した子供の姿があり、強烈な腐臭が鼻をついた。もう俺はわけが分からず、恐怖で「うわっ!!!うわーっ!!!」と叫ぶことしかできなかった。
「にぃがざな゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!」腐り果てた子供は、何もない両眼で俺を見つめ、後部座席を乗り出して俺に掴みかかってきた。子供の息が俺の顔にかかり、そこで俺は失神した。
コンコンコン、と警察官が車の窓をたたく音で目が覚めた。あたりはすでに明るくなっていた。職務質問してくる警察官に対して、俺は昨夜の出来事を全部話した。警察官は何も驚かず「進入禁止って、立札で警告してあったでしょ」と一言述べただけだった。
帰宅してから、その山について調べた。何の心霊話も都市伝説も出てこなかったが、一本の新聞記事を見つけた。あの山でキャンプ中の男性一名が、変死した事件があったそうだ。俺は、もう二度とあの山へは行かない。
作者フゥアンイー