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「今から10年前位かな~、夢を追う若者だった頃の話」
秋山がバンドマンだった頃、厭な体験をした話をしてくれた。
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下北沢の某ライブハウスでライブのリハーサルをしたのだという。
よく使っているライブハウスで、スタッフの人達と仲が良かった。
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リハーサルが終わってメンバーと片づけをしていている時だった、離れた場所に立っている男がじっとこちらを見ていたのだという。
どこかで見たことのある顔だったが、思い出せなかった。
一見怪しそうに見えたが特に動きもなくただじっと見ているだけなので、その男の事は気にせず片付けの続きをした。
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メンバー達とライブハウス前で別れ、秋山は近くのレコード屋に寄ったのだという。
店内を一通り周り、気に入った品を幾つか選んだ。
「その時ギターを持っていたんだけど、会計する時にレジから少し離れた壁際に置いたんだ」
秋山が会計を済ませ、ギターが置かれた壁際を見た。
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「びっくりした、ギターが無くなってたんだよ」
置いてあるはずのギターは無くなっていた。
店のスタッフやレジに並んでいた客にギターを見かけなかったか聞いて回ったのだという。
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「自分の後ろに並んでいたお客さんから、似たような特徴のギターを持った人が店を出て行ったっていう情報をゲットした。見つからないかもしれないと思ってたから嬉しかったね」
秋山はすぐに店を出てギターを持った男を探した。
すると、運よく2軒隣の店に入っていくギターを持った男を見つけたのだという。
男が店から出てくるまで店の横で待った。
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「刑事ドラマでよくある張り込みみたいでドキドキした。でもなかなか男が店から出てこなくてね」
秋山が店の中を覗こうとした時、男が出てきた。
男は秋山に気が付かづ、ギター片手に歩いて行った。
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歩きながら男の持っているギターを凝視した。ギターケースには秋山が貼ったシールが貼られており、その他にも自分のギターであると確信を持てる特徴が見られた。
人通りが少ない道に入った所で秋山は声をかけたのだという。
「すみません、ちょっといいですか」
shake
男はびくっと肩を動かし、ゆっくりと振り返った。
「そのギター俺のなんですけど」
秋山の問いに男は無言のまま、虚ろな目で見てきたのだという。
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「男の顔見てすぐ分かった。そいつ、リハの片づけをしている時にじっと見てた男だった」
秋山は語尾を強め再度男に言った。男は自分のものであると言って聞かない。何度もギターを返すよう言っても無駄だった。
「埒があかないと思って、もうこれは警察に行くしかないと」
秋山は男に近づきギターを見た。やはり自分のギターだった。男は俯きぶつぶつ何か呟きだした。
「じゃあ、もう警察行くしかないですね、行きましょう」
警察という言葉を聞き、男は取り乱した。
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music:2
shake
「ごめんなさいごめんさない、それだけは許してくださいごめんなさいおねがいします勘弁してくださいいいい」
謝りはするものの頑なにギターを掴む手は離さなかった。終いには地べたに土下座し始めたのだという。
「第三者から見たら俺の方が悪者に見える構図だよ、本当ドン引きしたよ。謝るけどギターは返しません!って言ってるようなもの」
秋山は男が掴むギターを取り上げようとした。
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「ひぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎいいいいいいいぁあああああ!!!」
男が絶叫しながらギターを振り回し始めたのだという。
秋山は一瞬怯みはしたものの、冷静に男からギターを取り上げた。
男は子供の様に地団駄を踏み自分の手を噛み始めたのだという。
「ぎぎぎぎぃぃぃぃぃぐふゅううぎゅううぶぶぶぶ」
秋山を睨みつけながら手を噛む。手から赤い液体が流れ出るのを見て気が遠くなりそうになったのだという。
「映画の黒い家を現実で見ているようだった、眼つきも行動も全部異常」
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shake
「ぐあああ!」
男が再び大声を上げ、秋山に向かって飛びかかってきた時だった。
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「大丈夫ですか!」
サラリーマン風の男性が声をかけながらこちらに向かって走ってきた。
助かった
秋山は内心ホッとしたのだという。
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shake
「すみませんでしたあああ!」
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男は大声で叫ぶとギターを置いて走って逃げて行った。
放心状態の秋山は、声をかけてくれた男性に助けられたのだという。
「あの男の人がいなかったら危なかった、警察を呼ぼうか聞かれたけど断った。何度もお礼を言って帰ったよ」
この事をすぐにメンバーに伝えると、メンバーの中の一人から似た様な話を聞いたことがあると言われたのだという。
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次の日、同じライブハウスの控室にいる秋山を訪ねるものが居た。
知らない若い男が立っていた。秋山と少し話がしたいのだという。
丁度他のメンバーが居なかったので中で二人で話をすることにした。
男は入るなり泣きそうな顔で言った。
「すみませんでした!本当にすみませんでした!」
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「突然泣き出すし、謝られるし、なにがなんだか分からなかった。相手を落ち着かせるのに苦労したよ、買ってあったペットボトルの水を渡して飲んで冷静になるのを待った」
男は泣き止むと少し落ち着いた口調で話だした。
「自分のバンドメンバーがギターを盗んで申し訳ありませんでした。何度謝っても足りないと思いますが、どうか他の人には言わないでもらいませんか。お願いします」
秋山のギターを盗んだ男はこの謝罪に来た男のメンバーで、今まで何回か問題を起こしているのだという。
男から謝罪とともに封筒を渡されたが、秋山は受け取らなかった。
「ギターは取り返せたから大丈夫です、今後このような事がないようにして下さいと言ったらまた泣き出した。可哀想だったよ」
この日以来ギターを盗んだ男やそのバンドメンバーを見ることはなかった。
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「それから暫くして風の噂で聞いたんだけど、自分のバンドメンバー達の金を盗んで消えたらしい。癖になっちゃって直らないんだろうね」
ギターを持って歩く人を見かけるとあの男を思い出すのだという。
作者群青
最後まで読んで頂きありがとうございます。誤字脱字などございましたらご指摘頂けると嬉しいです。