『ようお前ら、オンライン飲み会やらないか?』
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地元の友人Aからそんなラインが来たのは、長期休みも3日を過ぎた頃だった。
社会人2年目で東京で一人暮らし、彼女もいないし金もない俺は、都知事に誉められるくらい模範的STAY HOMEを過ごして、いい加減暇をもて余していたので、その申し出にいちもにもなく賛同した。
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その夜、Aの呼び掛け集まったのは俺と、同じく地元の友人BとC。皆中学からの腐れ縁だ。
AとBは今も地元にいて、Aは実家の八百屋を手伝い、Bは町役場に勤めていた。
Cと俺は県外で就職して一人暮らしをしている。
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俺たちは昔から何故だか気が合って、年末年始やゴールデンウィークなど、長休みで俺とCが田舎に帰省する際は、必ず4人で飲み会を開いていた。
しかし今回は事態が事態だ。里帰りするわけにもいかず、かといってすることもなく、悶々としていたところに、Aからの誘いがあったわけだ。
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今、俺の10年使っているオンボロノートPCの画面には、俺とA、B、Cのまぬけ面が映し出されている。
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俺「しかし、飲み会もオンラインになるとは時代も変わったもんだな」
A『本当だな。
でもこれなら飲み屋で飲むのと違って閉店時間を気にしなくていいし、酒と適当なつまみ買ってくるだけでいいから安上がりだし、案外いいかもしれないな』
そう言うAは、自分の家の店からくすねてきた野菜をスティック状にカットして、それに味噌を付けてボリボリかじっている。
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B『お前もCもこうやって顔見るの久しぶりだな。
やっぱり都会は今回、色々大変なんか?』
C『そう言うBのとこなんて役場なんだから、そっちこそ大変なんじゃねーの?』
俺たちは近況の報告から始まり女の話、仕事の話、学生時代の話など、酒を飲みながらダラダラと話し続けた。
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2時間もした頃だろうか。酒も回り話題も尽きて、場はややまったりした空気に包まれていた。
部屋の時計を見ると、時刻は午後9時を回ったところだった。
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俺はふとイタズラ心が湧いて、画面に映るCに話しかけた。
俺「おいC、お前って一人暮らしだよな。1LDKだっけ?」
C『そうだよ、いまさら何言ってんだよ』
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俺「いや、お前の後ろ、部屋の外の真っ暗な台所にな、さっきから時々人影が見えんだけど、
…お前、本当にひとりなのか?」
俺は声を落として画面のCに向けて囁く。
C『はあ?バッカ、気持ち悪いこと言うなよ』
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Cは憤慨しながら立ち上がり『ちょっと小便してくる』と言って、部屋を出て行ってしまった。
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AもBも笑っていた。
A『お前、随分古典的な脅かし方するなあ(笑)』
B『でもCの奴、マジでちょっとビビってたな。ウケる(笑)』
俺「いや、自分で脅かしておきながらなんだけどさ、一人暮らしだとたまにあるぜ?急に怖くなるときって。
昼間見たホラー映画を、夜中にふと思い出したりしてさ」
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それはお前もビビりだからだなんだと、しばらく3人で話していたが、Cはなかなか帰ってこなかった。
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A『おい、Cの奴、いくらなんでも遅くないか?』
B『デカいのしてんだよ、きっと』
俺「けっこう飲んでたから、吐いてんじゃないのか?」
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俺たちは徐々に不安になってきていた。
Cがトイレで倒れているのでは、という想像が頭をよぎる。
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どうする?救急車でも呼ぶか?あいつの住所ってなんだっけ?え、わかんねえ。
ついさっきまで、距離を気にせず楽しめるオンラインの力に、ある種の頼もしさを感じていたが俺たちだったが、今はお互い離れた場所にいることのもどかしさと無力感にさいなまれていた。
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shake
A『おーい、Cー、大丈夫かー?倒れてないかー?』
ついにAが叫び出す。
B『おいA、急に叫ぶなよ、俺イヤホンなんだから』
A『あ、悪い…』
俺「とりあえずCのケータイ鳴らすから、お前らちょっと待て」
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俺たちが慌てている中、画面の中に映るCの部屋の外、台所の暗闇にCがすっと立つのが見えた。
そしてそのまま、ふらふらとした足取りでカメラの前まで戻ってきた。
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俺「おいC、大丈夫か?トイレで倒れてんじゃないかって心配してたんだぞ?」
B『デカいのと格闘してたんだよな?(笑)』
A『おいお前、照明のせいか?顔真っ白に見えるけど、本当大丈夫か?』
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Aの言う通り、戻ってきたCの顔面は血の気が失せたように白かった。
それでもCはややぼんやりとした視線をこちらに向けながら、『ああ、大丈夫だ…』とつぶやいた。
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とりあえずCが戻ってきたことに安心した俺たちは、『無理すんなよ』と断ってから会話を再開した。
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俺「C、さっきは脅かして悪かったな。
でもこいつらにも言ったんだけど、一人暮らしってたまにあるよな、夜中急に怖くなることって」
C『ああ…』
A『実家でもないことないぜ?夜中家族が寝静まった後に、ひとりで洗面所で歯磨いてるとさ、鏡の中に映った自分の背後に何かいるんじゃないかって…なあ、B?』
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B『俺はねーな。お前ら3人ともビビり過ぎだって。ガキじゃないんだからよー』
俺「中学の時やった肝試しで、脅かされて引くほど大声上げてたBクンとは思えない発言だな。なあC?」
C『ああ…』
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俺とA、Bはさっきまでのシリアスな空気を振り払うかのように、あえて明るく話をしていた。
しかしCだけは戻ってきてからというものいやに口数が少なく、自分から話をすることはせず、返事も『ああ…』とか『そうだな…』と短く小声でつぶやくだけで、あきらかに様子がおかしかった。
加えて妙に背後を気にして振り返っている。
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しかし、もし仮に悪酔いして体調が悪いとか、酔いが回ってもう眠たいというなら、気心の知れた4人のことだ、自分から言い出すだろうと、俺とAとBはなんとなく会話を続けていた。
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ところが、しばらくしてから、それは起こった。
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俺「ーで、そん時俺、D子に言ってやったんだよ、『お前が…』、
……ん、どうしたC?」
これまでぼんやりしていたCが、いつしか不自然に白い顔に不思議そうな表情を浮かべながら、こちらを見ていた。
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そして、徐々にこちらに顔を近づけ始める。
ぬるぬる、ぬるぬると。
画面に映るCの顔が少しずつ大きくなっていく。
まるでこちらを覗きこむかのように、まっすぐに、しかしぼんやりとした視線をカメラに向けながら。
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A『おいC、どうした?気持ちわりーからやめろよ』
俺「なんか気になるもんでも映ってんのか?おいC」
B『なんかコイツおかしいぞ、
shake
……ひっ!』
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カメラに近づき過ぎたCは、もはや眼球しか画面に映っていなかった。
目玉のCがバチバチとせわしなくまばたきを繰り返し。
そして、
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shake
ブツンーー!
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唐突にCの通話が途切れた。
画面には唖然とする俺とA、Bだけが残された。
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結局その夜は、Cとの連絡はつかなかった。
俺たちもほどなく解散した。
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AとBからは『お前がCを脅かしたから変になったんだ』と責められたが、あれがただの冗談であったことはふたりもわかっている。
別に実際人影が見えていたわけでもなかったわけで。
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翌日、あっけらかんとした調子でCから電話がかかってきた。
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C『いやー昨日は悪い、途中トイレに立ってから記憶があいまいなんだよ。
そんなに飲んだ覚えないんだけどな』
俺「大丈夫だったのかよ。けっこう心配したんだぜ、俺たち」
C『ああ、すごい量のライン送ってくれてたな。起きてから見たよ。
なんか俺、無意識に寝床に潜り込んで寝てたらしい』
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まったく人騒がせな奴だ。
安心した俺は軽い調子で言った。
俺「ふたりから、『お前が気持ち悪いこと言ってCを脅かしたから悪いんだ』って責められたんだぜ」
Cはやや考えてから応えた。
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C『…ああ、そうそう思い出した。お前昨日、変なこと言ってくれたよな。
やめろよ、あんな気持ち悪いこと言うの。
ただでさえボロいアパートで、空き部屋もあって、夜はなんとなく怖えーんだから』
それでもCが今の場所に住んでいるのは、とにかく安いからなのだそうだ。
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C『お前が昨日、台所のところに髪の長い女が見えるなんて言うもんだから、俺まで後ろになんかいるような気がして、気持ち悪くてさ。
しまいには画面に映った自分の部屋に、それっぽいモノが見えた気までしてきたんだぜ?
でも、画面に近づき過ぎてもダメだよな。自分の顔でカメラが隠れちまう(笑)』
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そう言って、Cはぎこちなく笑った。
俺はCの言葉に妙な違和感を感じたように思ったが、それ以上は何も言わなかった。
作者綿貫一
こんな噺を。