スマホの着信音が鳴る。
画面を見ると友人の隆司からだ。
電話に出ると唐突に「今、暇か?」と訊かれた。
俺はたまたまバイトが休みだったので「暇だけど、どうした?」と訊き返した。
すると「詳細は後で話す。今から俺んち来れる?」と隆司は答えた。
俺は少し考えたが、暇だったので「わかった。」と言い、車で隆司の家に向かった。
家に着き、インターフォンを鳴らす。
隆司は実家暮らしだったのでインターフォンには隆司の母が出た。
「山岡です。隆司くん居ますか?」と俺は尋ねた。
「あっ、淳くん?隆司なら部屋に居るわよ。」と叔母さんは玄関のドアを開けてくれた。
「お邪魔します。」と言って俺は家に入った。
そして、2階へ上り、隆司の部屋をノックする。
「おう、入れ。」と隆司の声が聞こえ、俺は部屋に入った。
隆司はベッドに横になりながらスマホをいじっていた。
「今日はどうしたんだ?」と俺は隆司に訊いた。
すると、隆司はニヤニヤした表情を浮かばせながら「今日はイベントを用意した。今からここに行くぞ。」と俺にスマホを見せてきた。
「ん?ここって一年ぐらい前に廃墟になったホテルだよな?」と俺は訊いた。
隆司は「ああ、今日はここに肝試しに行こう。」と言った。
隆司は大のオカルト好きで、俺も嫌いではなかったのでよく心霊スポット巡りに一緒に行く事がある。しかし、俺はここで気になる事があって隆司に尋ねた。
「でも、ここっていわゆる怪奇現象的な噂ってあったっけ?」
すると、隆司は「ないよ。だから俺らが最初に見つけに行くんだ。オカルト好きたる者、皆が既に行ってる所をただ行くだけじゃもう古いし、面白くない。新規開拓をして俺らがそこを広めるんだ。」と眼をキラキラさせながら豪語した。
また大層な事を言う。しかし、俺も興味がないと言えば嘘になる。様々な心霊スポットの類はまず誰が発信源になって世に広め始めたのか俺は普段から疑問を抱いていた。その発信源に俺達はなる。正直心が躍った。
でも困ったことに俺達は様々な心霊スポットを巡りはしたが、いまだに霊と呼べる者や怪奇現象に遭遇したことは一度もない。それを今から行こうとしているなんの噂もない、ただの廃ホテルで遭遇する可能性はきわめて低いだろう。
俺は少し逡巡としたが、それでも好奇心が勝ってしまい行く旨を隆司に伝えた。
隆司は嬉しそうな表情を浮かばせ、懐中電灯やら一眼レフカメラを用意し始めた。
「じゃあ早速いこう!」と隆司の表情を見なくてもその声色だけでどれだけノリ気なのかがわかるぐらいはしゃぎ始めた。
現在19時22分。季節は春なので辺りはすっかり暗くなっている。目的の廃ホテルはここからだと車で30分ぐらいで到着するだろう。俺と隆司は早速車に乗り込み出発し始めた。
「なぁ、カメラなんかいつ買ったんだよ。」と俺は助手席に座る隆司に訊いた。
「あ~一昨日ぐらいかなぁ。やっぱりオカルトマニアたる者、自前のカメラに衝撃の瞬間を抑えねば、名が廃るってもんよ。」と隆司は言った。
いつの間にか『オカルト好き』から『オカルトマニア』に昇格?していたが、俺はあえてそこには触れず、「だいたいホントに霊が現れたとしてカメラで撮ってる余裕なんかあるのか?」と俺は訊いた。
隆司は「大丈夫だって!いざとなれば、俺ボクシング経験もあるし!」と言った。
じゃあ大丈夫か。ってなるわけがない。『霊』なんか俺も隆司も見たことがない。そんな得体の知れない者にそんな経験なんの役に立つのか、そもそも奴らに物理攻撃は通用するのか。
俺はそんな事を考えながら「いや、それがなんだよ!」と無難なツッコミを入れた。
それから他愛もない会話が続き、車内は廃墟に向かうことなど忘れさせるほど穏やかな空気が流れていた。
そして、車は山道に入る。この辺りからなんだか少し雰囲気が出始めていた。俺はチラチラとルームミラーを見る。後部座席に誰か座ってないか一応確認するためだ。
すると隆司はそのこと気が付いたのか「あれ?淳くんさてはおビビりになって?」と少し煽り気味に俺に言ってきた。
「いや、なんとなく後部座席が気になって......ほら、よくあるだろ?急に髪の長い女が後ろに座ってるとか。」と俺は言った。
「まぁ、あるな。からかったような言い方したが、気持ちはわかるぞ。」と隆司は言った。
他にこれといった趣味もない俺達は週末になれば様々な心霊スポット巡りをしている。なので正直こんな山道などもう慣れっこだった。ルームミラーの確認はある種クセのようなもの。本当に一ミリも怖いという感情などなかった。それでも隆司は雰囲気作りの為に行っているのだろう。コイツなりに気を利かせて。
そして「もうすぐ着くぞ。」と俺は言った。
すると隆司は「どうする?動画でも回す?」とニヤニヤとした表情で訊いてきた。
「動画配信者でも目指すのか?いまどき流行んねぇぞ。」と俺は言った。
「いや、実際に出たらバズるかもしれないぞ。」と隆司は返す。
「どうせなにも出ないって。今までだって出たことあるか?」と俺は元も子もないことを口にした。
すると隆司は首を傾げながら「ん~ないけど......まぁ今日は視察ってことでやめておくか。」と言った。
そんな会話をしている内にとうとう目的地に到着した。
「着いたな。ここか......。」と俺は車内で辺りを見渡しながら言った。
廃墟となったので当然だが周りは手入れをされておらず、草木が雑に生い茂られている。そして、例の廃ホテルが佇んでいる。
そして、車を止めてエンジンを切った。
その瞬間、静寂とした空間が広がり、かなりそれっぽい雰囲気を味わうことができた。
俺達は車から降り、隆司は早速懐中電灯をつけて辺りを照らした。
廃墟となってまだ一年ぐらいだが、外壁は少し老朽化が進み壁が朽ち始めている。そもそも創設されたのがかなり昔なので、それも仕方がない事だった。
「思ってたより雰囲気あるな~」と隆司は口にした。
俺は「そうだな。」と相槌を入れ、隆司が照らす懐中電灯の光を目で追っていた。
このような雰囲気のある心霊スポットなど俺達は何度も訪れている。自分で言うのもなんだが、心霊スポット巡りはかなりベテランな方だと自負している。なので今更恐れることなど何もなかった。
俺は「じゃあ中入ろうか。」と隆司に言った。
「おう。」と威勢よく隆司は返事をした。
懐中電灯は一つしかなかったので隆司が持ち、俺はスマホのライトで辺りを照らしながら入口へ向かう。
入口は既に開放状態だったので、すんなりとロビーに入る事ができた。
俺達はさらに奥へ進みながら「なぁ、ここってなんで廃業になったと思う?」と隆司は訊いてきた。
俺は「さぁ、こんな山の中のホテル、客も来ないからなんじゃね?」と俺は言った。
隆司は「そっかぁ~まぁ建物も古いし誰も泊まりに来なさそうだもんな。」と言い、続けて「あれって従業員室?」と懐中電灯を照らした。
俺はそのドアに目をやった。『関係者以外立ち入り禁止』と記載があったので「ああ。っぽいな」と答えた。
隆司は「入ってみようか。」と言って俺は頷いた。
ドアノブを回すと『ガチャ』と音と共にドアが開いた。
俺達は中に入り、辺りを見渡す。
部屋の中はもぬけの殻だった。さらに、しばらく人の出入りがなかったせいか、かなり埃が舞っている。
俺は「ゴホッゴホッ」と咳払いをした。
「なにもなさそうだな。」と隆司が言い、俺達は部屋を出ることにした。
この階層はフロントなので、他にもう部屋がなかった。仕方なく俺達は階段で2階に上がることにした。
静寂な空間の中、俺達は特に会話をすることなく、階段を上る『コツ、コツ』という足音だけが建物内に響き渡る。俺はスマホのライトで辺りを照らす。すると、壁に所々にヒビ割れのようなものがある。
「外壁もそうだけど、内壁も結構ガタがきてるなぁ~」と俺は呟いた。
隆司も後ろで壁を照らし「そうだな~。まぁ、一応廃墟だからな。」と答えた。
そして俺達は2階に到着した。
廊下に出ると、客室が何部屋かある。どれも扉が開いた状態だったで、俺達は端の部屋から順番に客室を確認していく。
懐中電灯とスマホの光を照らし、部屋の隅々まで確認した。
部屋は昔使われていたであろうベッドや鏡台が埃に包まれて置かれていた、多少カビ臭い匂いも鼻を刺す。他にこれといって変わったことはない。
すると隆司が「ベタだけど、鏡になにかうつるかもしれない。」と言って懐中電灯を鏡に照らした。しかし、かなり埃がかぶっており、ろくに確認できない。
隆司はその埃を払うように『ふぅー!』と勢いよく息を吹きかけた。
宙に埃が舞い、近くにいた俺はその埃をモロに浴びてしまう。また『ゴホッゴホッ』と咳込んだ。
「お、おい、急に吹くなよ!」と俺は少し肩を怒らせながら言った。
隆司は「あっ、わりぃわりぃ」と一応言葉だけの謝罪を口にした。
そして、鏡に纏っていた埃が消え、隆司はカメラを構える、俺はそれを後ろから見ていたが鏡には普通に俺達の姿がうつし出されてるだけで、いわゆる怪奇現象的なものは起こらなかった。
隆司はカメラのシャッターを押して「帰ってから確認しようぜ。」と言った。
「今確認しないのか?」と俺は訊いた。
すると隆司は「今、確認してもし何か写ってたら.....あれだろ......」と多少うやむやとした返答が返ってきた。
その『何か』を確認する為に俺達は今日ここへ訪れたんじゃないのか。と俺は内心思いながらあえて口にはしなかった。まぁ確かに、今確認してもし俺達意外の何者かが鏡越しに写っていたら相当な恐怖に包まれるだろうな。よくあるテレビの心霊写真特集はテレビ越しなのでそこまで怖くはないが、実際自分の立場となったら恐怖の度合いは雲泥の差だろう。
俺はそう思い「次の部屋に行こうか。」と隆司に言った。
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それ以降部屋の様子は最初の部屋と特に変わらず2階、3階、4階、5階と各々の部屋を見て回ったが何も怪奇現象は起らなかった。隆司は律儀に全部屋の鏡をカメラに収め
毎回思う事だが、結構何も起こらないことに残念な気持ちはあるが、どこか安心する気持ちが心に残る。
このホテルは5階が客室の最上階なので最後の部屋をカメラに収め、部屋を後にした。そして、「もう何もなさそうだし、帰ろうか。」という雰囲気になった。
「結局何も起こらなかったな。」と俺は言うと、隆司は「そうだな。でもこのカメラには何か撮れたかもしれないぞ。」と多少の期待を口にした。
俺は「だといいな。じゃあ帰るか。」と言って俺達は階段に向かい下に降りていく。
4階、3階、2階と黙々と降りていく中、俺はスマホの時間を確認する。時刻は21時に差し掛かろうとしていた。「結構徘徊したなぁ~。なんか腹減ったけど帰り何か食いに行かない?」と俺は言った。
数秒待ったが、何故か隆司からの返事がない。
俺はなんだか不安な気持ちに陥り、「なぁ。」と振り返った。
すると、そこには隆司の姿がなく、俺のスマホのライトは何もない、誰も居ない空間をただ照らすのみだった。
俺は背筋が凍りついた。
「おい!隆司!」と気づけば俺は大声を出して隆司を呼んだ。
しかし、隆司からの返事はなく、ただ俺の声が虚しく建物内に木霊するだけだった。
そういえば俺は最後の部屋を出てから会話をすることもなく黙々と階段を降りてきただけで、どこで隆司とはぐれたのかわからない。
「もしかしたら隆司はまだ5階のあの部屋に......?」
俺はカメラの不調かなにかで手こずっているのかもしれない。と勝手に思いこみ、全速力で5階まで駆け上がった。
「はぁ....はぁ....」と息を切らせてようやく先程の部屋に戻ってきた。
そして「隆司~」と呼びながら部屋に入った。
しかし、どこを見渡しても隆司の姿がない。
俺は今まで人生の中でおそらく最大の焦りを露わにした。
よく聞く『途中で友人が消える』というシチュエーションだが、実際に体験すると、その怖さは尋常ではない......。なにが心霊スポットのベテランだ......。結局今まで脚を運んだ所では何も起こらなかったということだけの事で、実際に起こるとこのありさまである。なんという無様な姿......。しかし、今はそれどころではない隆司は探さねば......。
俺はまた5階から一つ一つの部屋を「隆司~!」と叫びながら確認していく。
だが、隆司の姿は一向に現れない。
4階、3階、2階、全ての部屋を確認したが隆司の姿はない......。
俺は絶望的な気持ちに陥った。内心もう隆司を置いて帰ろうかという発想も頭に過った。しかし、それも......。と俺は本当にパニック状態だった。
すると、下の方から『ドンッ!』という大きな音が聞こえた。
俺はその音で身体をビクつかせた。
おそらく音は1階のロビー辺りからだと推測した俺は、ゆっくりと階段を降りる......。
すると、途中で『ぺちゃ』となにか水溜まりのようなものを踏んだ。
気を張りめいていた俺はそれだけで慌てふためいた。
来た時はそんな雨漏りしているような所はなかったので俺は不思議に思い、スマホのライトを足元に照らした。
そこには、案の定水溜まりが出来ていた。
しかし、何かがおかしい......どこかネバつきのような感覚が靴越しだが伝わる。よく目を凝らせて見ると、なんだか水分とは違う、液体なようなものだった......。俺は白いスニーカーを履いてはずだったが、ライトを照らすと赤く染まっている......。
「ひぃ!」と俺は自然と声を上げた。
水溜まりだと思っていたそれは血液だった。それも、溜まる程の大量な......。
それによく見ると血液はその場のみではなく線を引くように一階に向かって垂れ流し続けている。まるで何者かが重症を負い、ポタポタと血を零し、歩行しているような痕跡......。
「まさか......隆司が......。」
俺は最悪の想定を脳内に過らせながらその血液を追っていく......。
階段を降りロビーに向かう......スマホのライトを照らしながら、その血液を道しるべに......。
そして、血液は従業員室の前で途切れていた。
「ここに隆司が......一体どんな姿で......。」
血液量からして相当なものだった。恐らく致死量に到達するであろう......。
俺は息を呑んでドアノブに手をやる。
『ガチャガチャ』
ノブが回らない。おかしい......最初来た時は開いていたはずなのに......。
考えられるのは内側から隆司が鍵を......。
俺は「隆司!隆司!」とドアをドンドン叩きながら呼びかける。
しかし、向こうからの返答は一切ない。
気持ちが焦った俺はドアごと破壊しようと全力で蹴りを入れたがビクともしない。
そして、近くに何かないかとスマホのライトで辺りを見渡す。
すると消火器を発見した。
俺は急いで消火器を持ち上げ、ドアに投げ込もうとした。その時、
「淳......?」と背後で声がした。
俺は驚いて振り返った。
そこには隆司の姿があった。
「え......?」と俺は声が出た。
「隆司......お前今までどこ......」言葉を遮るように隆司は、「逃げよう!ここはヤバい!ヤバい奴がいる!」と表情を見るだけで尋常ではないことが伝わる。
俺は「わ、わかった!」と言い急いで車に向かって走った。
すると隆司は少し走りづらそうにびっこを引いていた。
俺は立ち止まり「お前、怪我してるのか!?」と訊いた。
「いや、ちょっと擦りむいただけだ......それより早く......。」と息を切らせながら隆司は言った。
俺は仕方なく隆司の腕を俺の首の後ろに回し、支える形で車に向かった。
そして車に乗り込み、エンジンを掛け、早々に廃ホテルを後にした。
車内でチラッと隆司を見ると、ずっと何かに怯えている。
なので俺は「なぁ。なにがあったんだ?」と訊いた。
しかし、隆司はブルブルと身体を震わせ何も答えない。
相当な恐怖があったとそれだけで判断できる。
そして、よく見ると隆司が持参していた懐中電灯とカメラを持っていない。一体なにがあったのか......。なにがあれば人間をここまで恐怖に陥れられるのだろうか......。何を訊いても隆司は身体を震わせ何も答えない。俺はとりあえず隆司を家に返し、また改めて話を聞こうと決め、急いで車を走らせた。
しばらくして、隆司の家に到着した。
時刻は22時を回っていた。俺は「着いたぞ。」と隆司に言い、車を降りた。
隆司も相変わらず身体を震わせながら、車を降りた。
一応叔母さんにもこの状況を説明しなければいけないと思った俺は、玄関の扉を開け、「すみませ~ん!」と声を出した。
すると、「は~い。」と叔母さんの声がする。時間も時間だが、まだ起きていてくれて俺は少し安心した。
玄関に叔母さんが来た。
さて、ここで俺はこの状況をどう説明するか......隆司は口を開こうとしない。俺が説明するしかないんだ......。と俺はできるだけ事実だけを伝えようと心に決め、叔母さんの方を見た。
すると、叔母さんはどこか困惑した表情を浮かべている......。
俺は「ど、どうしましたか......?」と訊いた。
叔母さんは隆司の方を、どこか訝しい表情で見始めた。
そして、こう口にした。
「あなた.....誰.....?」
作者ゲル
どうやら、親の眼はごまかせなかったようです。
この隆司は一体何者なのか......。
もしかしたら隆司はあのカメラに何か写してはいけないものを撮ってしまったのではないか......。
そして、今まだ客室にいるのは......。