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中編7
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クライテリア

人通りの少ない路地のワンルームに、ボスはタバコを吹かしながらやってきた。いつも俺に仕事を依頼するとき、ボスはわざわざ俺の部屋にやってくる。俺は必殺人よろしく腕を組んで格好つけているわけでもなく、大抵はベッドで布団にくるまっている。最近は季節のバランスが狂っているのか、体が冷えやすくなったようだ。

ボスは寝ながら目を開けている俺を見下ろし、一言で案件を伝え、無駄に長いモットーを加えた。

「ターゲットと、そうでない者合わせて5人」

「無関係な人間を殺すのか?」

「そうだ」

「なぜだ」

「必ずシーズンごとの動機を悟られないようにする。映画一つを完成させるつもりでやれ。絶対に次回作に持ち越すな。いいか、おまえは1本の中に生まれ、その中で死ぬ」

ボスは煙を吐いて言った。<だから無関係な人間を殺す>

ボスの言葉には毎回、変わらない威厳があった。俺は最後はいつも<ああ>と頷くことしかできない。この返事は爪の間にたまった垢を取るくらいに、見る者にとって価値の無い行為だった。

だから一言だけ足した。<乗り気じゃないな>

「だからおまえにやらせるんだよ。人の命を何とも思っていないおまえにな。これが私のクライテリアだ」

名前の住所のリストを見せられ、暗記するとその場で燃やされた。

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俺にはミントと呼ぶ仲間がいた。まあこいつは年も性別も顔も声も知らないわけだが、裏切りを見張るために必ず一人の「仲間」を割り当てられている。こいつには俺の居場所がいつでも分かるようになっている。

「今日はどこに行くの」

「都内を回る」

「スシでも食べない?このへんでも案外おいしいのよ」

「バカげてる」

「人生一度くらいはバカげたことをしたいの」

俺は考えるのをやめた。

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小太りで髪がパサパサの男はパソコンの画面を見ながらキーを打っていた。「世界最大の怖い話サイト」と表示された投稿サイトのようだ。平日の夜中にこんな陰気なものを投稿しているとは世も末だ。<おい>と声をかけると、<もおっ?>と牛のように鳴いて振り返り、予想もしない速さで飛び退いたが、その最中に蹴りを入れた。腹を押さえている間に頸動脈に刃を通した。

元気よく血が飛んで男は慌てた。手でふさぎリビングの方へ向かう。電話をかけようとしていたが、この部屋の電話は支払いの滞納でずっと前に止まっている。受話器を取って3桁の番号を何度も押していた。なぜ繋がらないのか分かっていないようで、泣きながらデタラメに番号を押し始め、やがて崩れ落ちた。俺の方が私生活を知っていることに嫌気がさした。

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女は恋人や隣人や家族、そして24時間のセキュリティに監視されているパターンがあるので準備が面倒だ。そんなに介入された人生のどこが楽しいのか理解できなかった。金曜日の夜、食事から帰ってきたらしい女は部屋の電気を付けた。そして鞄から手帳を出し、フリクションボールで何かを書く。エステ、歯医者、デート。どうやら来週の予定のようだ。

俺は息を吸って、女に袋をかぶせて口を締めた。モノタローで買ったケーブルタイで両手足をくくり、頭を踏んで押さえた。鶏のようにさんざん暴れた後、5分が経つ頃には動かなくなった。袋と下着の中はぐちゃぐちゃになっているだろうが、視界に入れずに去った。手帳は血に染まり、文字はふやけて消えた。

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壁のコルクボードにはサッカーの試合後に撮ったであろう集合写真があり、全員が似たような笑みを顔面に貼り付けていた。動体視力を鍛えている人間はわずかな異変に気づきやすい。案の定、青年は俺が部屋にいることによる<違和感>に気づいた。そういう人間こそ殺しの仕事に向いているのだが。

俺は電気を消し、青年に飛びかかった。膝に青年の足先が当たった。暴れることが予想されるタイプには、手っ取り早く麻酔を打つ。金がかかるし、経験として吸収できないのであまりやりたくない。青年は目を血走らせてかかってきた。俺は顔と首を防いでじっとした。青年は静かになったので別の薬を打ち、手早く終了とした。

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そこはマニアしか入らない雀荘で、会計係がターゲットの男に報告をしているところだった。小さな丸メガネで角刈りの、肌色の悪い男だ。金を渡し終え、奴が一人になったところで、俺は中に入って男に詰め寄った。

男は何やら叫んでスマホを操作しながら後ずさる。俺は後ろに飾られていた日本刀を手にとった。これで奴の手首でも落とそうかと考えたが、手にした途端にそのあまりの重さに違和感を感じ、レプリカだと知った。そして男の視線は飾り台の下の引き出しに、一瞬だけ注がれた。

俺はレプリカを槍のように男に向かって投げつけたが当たらない。当たったのは後ろの大きなガラス窓で、そこにヒビが入ると警報が鳴った。俺は引き出しを開けた。

そこには本物の刀ではなく、拳銃があった。しかし今度は軽すぎる。本物だが弾が入っていない。

だがこの手の連中が量産している型は知っているので、俺は迷うことなく持参の弾を充填した。男の顔はいよいよ焦り始めた。銃口を突きつけ、<そのまま動くな>と言った。相手はうなり、たじろぐ。そのまま蹴り倒すと、バリバリと激しい破壊音が鳴り、男は窓を突き破り、そのまま命綱の無いバンジージャンプを決めた。

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老婆は畳の上で編み物をしていた。耳が遠いため、俺が部屋に入ったことにも気づいていなかった。もう旦那にも死なれて一人で暮らしているようだ。俺が前に立つと、老婆は驚きもせず言った。<強盗かい、私の命で良ければ>

おそらくボスは俺にわずかに残っている良心さえも粉々に砕こうとしているのだろう。嫌悪したところでそれはすべて自分に返ってくる。<どうやって殺すんだい>そう聞かれたので、俺はポケットから錠剤を取り出して見せた。老婆は何がおかしいのか納得したように微笑み、<これが完成するまで待ってくれないかい>と言って編み物を続けた。

俺はその場に座ってじっとしていた。10分ほど経った。その間、俺は黄色く染みた二度と綺麗にならないであろう壁に、自分の人生を重ねていた。上から何度塗り直しても、張り直しても、底にある黒さは絶対に変えられない。老婆はゆっくりと、完成したマフラーを卓に置いた。そして台所に行って水道の蛇口をひねったりしていた。しばらくその様子を眺めていると、腰掛けた老婆の体は眠るように沈んだ。俺の差し出した薬を自分で飲んでいた。俺は言いようのない苛立ちを感じた。

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ボスの元へ車を走らせていると、ミントからメッセージが来た。

「ボスを殺して」

「なぜ」

「ここを出て、あなたと生きる」

「バカげてる」

「人生一度くらいはバカげたことをしたいの」

俺は考えるのをやめた。

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俺は最初に尋ねた。

「一つだけ教えてくれ」

「何だ」

「今回のリストの中にターゲットは何人いた」

「忘れたな、無意味なことは記憶しない」

暗く煙たい部屋の、鏡の前でボスはベストのボタンをしめていた。あれでどうやって見えているのか不思議だった。

俺が口を閉じてじっとしていると、ボスは目を細くして喉で笑った。

「そうだ。一人もいない。私が全く無関係の人間を殺す真似をしないことは知っているか?」

「ああ」

「だがおまえは殺した。私を信用して組織を信用せず、本当の目的を見抜けなかった。おまえはただの殺人狂だ」

そう言って俺の向かいにある椅子に腰を落とす。<これは全部おまえを殺すための筋書きだ>

ボスの言うとおりだ。俺は最後の老婆を、殺すよう命令したボスに苛立っていたわけじゃない。

自らの手で殺せなかったことに苛立っていた。

俺はいつの間にか狂っていたんだ。正常を装うには、いささか無理のある日常だった。

「用済みってわけか」

「この座を守ることが第一だ。定年まで働けることがモットーじゃない」

「俺が勝ってもいいのか。あんた人を撃ったことがないだろう」

「ここに私という個は存在しない。引き金を引く指は千にも万にも増える」

ボスが拳銃を向けた瞬間、俺の弾が先に奴の頭を貫いた。

だらんと腕を降ろし、ボスは椅子から転げ落ちた。

そして焦点を合わせずに言った。

「ゲームでよくいるだろ。自分を倒せる者を探しているとか言うラスボスが。あれと同じものだと思え」

「そんな洒落込んだ奴は嫌いだ」

「いいか。私の椅子に座った瞬間、おまえは世界中の人間から首を狙われる。部下の誰にもスキを見せるな」

「わかった」

「入りたてのおまえは手懐けるのが大変だったな」

「もう喋るな」

「幹部の連中には気をつけろ。奴らは」

「あんた、なんで頭に穴が開いてるのに延々と喋ってるんだ」

<ジッ>とラジオを切るような音の後、ボスは黙った。

代わりに無数の銃口がこちらに向けられ、ミントからメッセージが届いた。

「これが私のクライテリア」

俺は考えるのをやめた。

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