長編8
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首切り服

私の祖母と母、そして伯母の話を聞いてください。少し長くなります。

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あれは、私が10歳のときでした。

私は幼い頃から祖母が大好きでした。しかし、その頃には、祖母はちょっと変になってきました。今思うと、認知症を発症し始めていたのかもしれません。それでも、祖母は私とよく遊んでくれたので、私は同居していた祖母の部屋によく行っていました。

あの日、祖母がお勝手におやつを取りに行ったとき、私はふと祖母の部屋の押し入れを開けてみたくなりました。他のどこを見ても何も言わない祖母が、決して押し入れの中を見せようとしなかったので、私は以前から押し入れに特段の興味を持っていたのです。

こっそり開けてみたものの、中身は普通の押入れ。入っているのはパッと見ガラクタばかりです。それでも何かあるに違いないと私は奥の奥まで覗き込んでみました。

すると、押し入れの下の段、右の奥に、大きくてきれいな桐の箱がありました。私がそれを引っ張り出して開けると、中には鮮やかな紫地に菊と牡丹の美しい花模様のついた着物が丁寧に収められていました。私はそのあまりの美しさに思わず手に取ろうとしたとき、

「何をしている!!」

祖母がふすまを開き、恐ろしい形相で私を睨みつけていました。優しい祖母がそんな大きな声を出すのを聞いたことがありませんでしたので、私はびっくりして手を引っ込め、大きな声で泣いてしまいました。

祖母は私の手をぐいと引き、その着物から引き離そうとしました。その力のあまりの強さに私はなおさら大声で泣きました。

「どうしたの!?」

そこに、母と、たまたま遊びに来ていた伯母が来ました。伯母は母の姉です。

祖母が私の腕を引いているのを見て、びっくりしたのか、母は祖母を止めました。そして、伯母は出ていた着物を見て、

「あら!素敵な着物じゃない」

と手にとったのです。

「あ・・あ・・!」

祖母は、着物を手にした伯母を見て、目を大きく見開いて震えています。

「なんてこと・・・なんてことを・・・」

言いながら、力なく、祖母は私の手を離しました。

「その着物は・・・その着物は・・・首切り服だ!」

祖母は一声叫ぶと、ガクガクと震えながら気を失ってしまいました。私は恐ろしくなり母にしがみつき、伯母は慌てて救急車を呼びました。祖母はそのまま病院に運び込まれました。

そして病院で、祖母は伯母や母にうわ言のように以下の話をしたそうです。

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祖母がまだ幼い頃、祖母の祖母、つまり、私から見た曾曾祖母に当たる人が、美しい紫地の着物をどこからか手に入れてきたそうです。年齢にしては少々派手かとも思えるその着物を、曾曾祖母はたいそう気に入ったそうです。

ところが、その着物を着て何度目かの外出の際、曾曾祖母は通り魔に首を切られて亡くなってしまったとのことでした。不思議なことに、首を切られて飛び散ったはずの血は、一滴たりとも着物を汚すことはなかったそうです。

この着物の話はそれにとどまりません。その着物を母の形見とした曾祖母がその着物を身につけるようになると、今度は、程なくして曾祖母が倒木に頭を潰されて死んでしまったのです。このときも着物には血がつくことはなく美しいままだったといいます。

着物は祖母に遺されました。曾祖母の通夜の際、桐の箱に収められた形見の着物を前に、まだ10歳そこそこだった祖母は泣きはらしたといいます。

当時の通夜は家族が総出で一晩中起きていることを求められました。とは言っても全員で遺体の安置されている部屋にいるわけではなく、そこには一人二人の番を残して、他の者は別の部屋にいたのです。番の人はロウソクの灯と線香の火を絶やさぬようにしますが、それ以外は特にやることもないので、席を外すことも多かったようです。

まだ幼くして最愛の母を亡くした祖母は、泣きはらした目で、曾祖母の安置されている部屋を何度も覗きに行ったそうです。そこには、遺影の中とは言え、愛しい母の姿があったからです。何度目か、遺体の置かれている部屋を見に行ったときでした。

その時、カタカタと音がしたのです。番の人が何かをしているのか、と思い、不審に思って祖母がそっと覗くと、番の人はトイレにでも行ったのかおりませんでした。その代わり、曾祖母の棺桶の上で何かが蠢いているのが見えました。その影は曾祖母の入れられている棺桶を開けようとしているようにも見えました。祖母は恐ろしさのあまり動けなかったといいます。全身が震えたせいで戸がかすかに音を立てました。

その音を聞きつけてか、曾祖母の棺桶の上の影がゆっくりと祖母の方に向き直り、立ち上がりました。

ロウソクの明かりに照らし出されたそれは、日本髪を結った女性のようでした。しかも、着ているのはあの着物です。紫の鮮やかな着物を着た見知らぬ女性が曾祖母の収められている棺桶の上に立ち、祖母の方を向いて大口開けて笑ったというのです。笑ったといっても、声は一切聞こえません。ただ、狂ったように笑う仕草だけが祖母の目に焼き付いたといいます。そして、それは不意に消えました。

しばらくしてやっと動けるようになった祖母が棺桶に恐る恐る近づいても、人は愚か、着物もそこにはありませんでした。

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祖母が語った話はとても信じられるものではありませんでした。確かに、母も伯母も、曾祖母や曾曾祖母が若くして亡くなったことは聞かされていましたが、今回のことは初めて聞いたと言います。結局、祖母の認知症が進んで、テレビで見た話が実生活に混同されたのだろうと、そういう結論に達しました。

その後、祖母は断続的に興奮したり、夜中に幻覚を見て暴れるようになってしまったため、そのまましばらく入院することになってしまったのです。

大好きだった祖母のあまりにも急な変化にショックを受けていた私ですが、その数日後、更にショックな光景を目の当たりにすることになったのです。

なんと、伯母が件の着物を身につけていたのです。

「どう?」

母に着付けをしてもらった伯母は、くるりと一回転して私に着物を見せました。

「どうして・・・」

祖母のあの話を聞いていながら、伯母がなぜ着物を着ようとしたのか、私にわかりませんでした。普段から着物を着るような人ではありません。むしろ、一度も着物を着ているところなんか見たことがないのに、よりによってあの着物を着ていたのです。

その日を境に、伯母は何かというとその着物を身につけて出かけるようになりました。自分で着付けができない伯母は、着付けができる母にいつも頼みに来ましたので、私はいつもその光景を見ていました。

その着物を着ているときの伯母は何となくいつもと違いました。いつもより化粧が濃く、口数も多くなっていました。ものすごく機嫌がよく、私におもちゃを買ってくれたりするのです。そして、特に必要がないのに、高級なレストランで一人食事をしたり、デパートで買い物をしたりするのです。

「だって、いい着物を着ていると、いいところに行きたくなるでしょう?」

そう、伯母は言っていました。

そんな伯母の姿を見ながら、私はずっと嫌な感じがしていました。そして、ついにその予感が当たる日が来てしまいました。

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伯母が首を吊って死んでしまったのです。その日も、いつもと同じように母に着物を着付けてもらった伯母は、その足で近くの公園に向かい、そこで自殺を図ったのです。遺書はありませんでしたが、警察は借金苦と判断しました。

そう、伯母はたったの数ヶ月で数百万の借金を作っていたのです。カードローンやサラ金、ついには、闇金にまで手を出していたとのことです。携帯電話には何件もの取り立ての電話やメールの履歴が遺されていたことから、警察がそう判断するのも致し方なかったと思います。

しかし、私はあの着物のせいだと思えてなりませんでした。伯母の死後、その着物はシミひとつつかない状態で私の家に帰ってきました。桐の箱に収められた着物を見て、私はとても気味が悪くなりました。

曾曾祖母、曾祖母、伯母と3代に渡って少なくとも3人の女性が亡くなったときに着ていた着物です。いくら形見の品とはいえ、母も着る気にはならなかったのでしょう。桐の箱は、元あった祖母の押し入れにしまわれました。

これで一安心と思っていたところ、数日後、その箱が居間に置かれているのをみて、私はびっくりしました。母がなぜわざわざ出してきたのか?まさか着るつもりじゃ・・・。私は不安になりました。

しかし、その箱を見たとき、母が表情を凍らせたのをみて、私はなおさら驚いたのです。箱を出したのは母じゃなかったのです。母は私に箱を出したのかと問いましたが、私も当然知りません。母は箱を元の場所に戻すと、私に絶対に触れないようにと釘を差しました。

果たして、数日後、また、居間に例の桐箱が置かれているのをみて、私達は目を見開くことになるのです。母も私も心当たりがありません。あと、家にいるのは父ですが、父も知らないといいます。それどころか、父は、箱がどこにしまわれているかすら知らないのです。

実は、このしまっては居間に現れ、ということがこの後、2回、起こったのです。最後に居間に箱があるのを見て、母は叫び声を上げました。そして、今度はその箱を普段は家族は誰も使わない庭先の物置の奥にしまいこんだのでした。

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「あなた何しているの?」

え?私は突然、母に肩を掴まれ、面食らいました。

あれ?私、自分のベッドで寝ていたはず・・・?

そこは居間に続く廊下でした。母は私の肩をぐいと掴んで、恐ろしい形相で見ています。何が起こったかわからない私はオロオロするばかりでした。

「なんでそんな物持っているの?!」

母は叫びださんばかりの大声で私を問い詰めました。

そんなもの・・・?

そう、私はあの箱を持っていたのです。

びっくりして私はその箱を取り落しました。足を見ると、素足で庭を歩いたのか、汚れています。私がこれをここまで運んでいたの?これまでも、私が箱を出してきたの?

私には全く覚えのないことでした。

「あなた!何やっているの!!」

母の叫び声が家中に響きました。

次の日の朝早く、母は血相を変えて、箱を車に積み込み、出発しました。

「この着物はおかしい。捨ててくる」

と言うのです。父は止めましたが、母は聞く耳を持ちません。父を振り切って、自動車で出てしまいました。

結局、これが、私が母を見た最後だったのです。

母を乗せた車は山奥の湖に沈んでいるのが発見されました。湖で釣りをしていた人が、偶然車が落ちる瞬間を目撃したことから早く発見されました。警察は、事故と自殺の両面から調べたようですが、結局わからずじまいだったようです。

車が見つかったとき、例の箱が入っていたはずのトランクは開いていました。そして、箱は結局見つかりませんでした。

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母が亡くなってから10年経ちました。私はあれからは変な行動を取ることなく、普通に生活していますし、私の身の回りでも妙な死に方をした人はいません。

私は、今では、母があの着物を自分の命に代えて滅ぼしてくれたのだと信じています。私があの箱を無意識に引き出しているのを見て、母は、次は私が着物に殺されると直感したのだと思います。それで、着物をどこかに捨て去ろうとして、着物と運命を共にしたのだと。

あの着物が何だったのかわかりません。

もう、消え去っていることを祈るばかりです。

Concrete
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