もう五年も前ェの話になるが ちょうど七日盆を過ぎたころでな
お店もんはそろそろ薮入りだてんで浮かれてたが 俺たちにゃ関係ねえ
やっちゃ場で取引された青物を船へ積んじまうと あとはすることがないって まだ日のあるうちから呑んだくれてたのよ
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すると六つをすぎて間もなく
千住大橋の番をしている爺ィが 青い顔して俺たちのいる長屋へ駆け込んできたんだ
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どうしたって訊くと 妖怪が出たという
橋ィ渡って 道中すじを中村町のほうへ向かったって話さ
おもしれェ ひとつ面ァ見てやろうじゃないのって 俺ァ心張り棒ひっ掴んでおもてへ駆け出したのよ
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すでに日もとっぷりと暮れ 橋を渡ってしばらく行くと
田んぼや木立のあるなかを暗い夜道が一本 すーっと伸びているだけ
あとは犬っころ一匹歩いてやしねえ
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橋番の話じゃ 妖怪はひと気の絶えた日光街道をどんどん南下していったらしい
俺ァなんだか嫌な予感がしてきた
このまま街道を下っていくと やがて回向院の別院にたどり着く
その先は言わずと知れた ――小塚原の刑場だ
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あそこの仕置場てえのは獄門首だけじゃなく
どさくさにまぎれて行き倒れやら
はては牛馬の死骸まで持ち込まれるとんでもねえ場所なんだ
ちゃんと境内に埋めてもらえるホトケはまだ良くって
たいていは敷地のなかへそのままうっちゃっておかれる
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ちょうど暑い盛りでもあり
回向院の寺門が見えてくると ぷうんと饐えたような臭いがただよってきやがるし
もう気色悪いのなんのって……
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そこへいやがったのよ
あれァ妖怪なんてしろものじゃねえ
ただもう三十貫はありそうな肉のかたまりだった
そいつがピチャピチャ音を立て 刑場に晒された死体を食ってやがるのさ
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うへえ とんでもねェもん追いかけてきちまったって後悔したね
すっかり酔いも醒めて正直逃げ出したかったが 仲間が見ている手前そうもいかねえ
もう やけのやんぱち
南無三てんで 心張り棒にぎりしめて からだごとぶつかっていったのよ
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ところがまったく手ごたえがねえ
ぬかに釘ってやつさ
棒はなんの抵抗もなく ズブリと根もとまで埋まって
あわてて引き抜いたら 今度はパアンと音がして
一斤ほどの肉片となって そこらじゅうへ飛び散った
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驚いたね
後で聞いた話じゃ ぬっぺ封っていう妖怪なんだそうだ
おかげで仲間うちじゃ 怖いもの知らずと一目置かれるようになったが
どういうわけか 肉汁が飛び散ったときに染みついた臭いが
いくら洗っても ぜんぜん取れねえんだ
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ホント つまらねえことしたって 今でも後悔してるよ……
作者薔薇の葬列