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中編7
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暴走車

ある男の話。

彼の性格を表現するならば「正義感が強い」の一言に尽きる。

それは自他共に認めていることだ。

彼は物心がついた頃から「正義」であろうとするプライドが強かった。

日常のふとしたときにマナー違反の輩を見かけると、注意をせずにはいら

れないのだ。

電車内でのケータイ電話、ゴミのポイ捨て、歩行者を顧みない自転車の危険運転・・・。

そんな様子を目にすると、彼自信、無意識のうちに物凄い剣幕で叱りつけていることが時々ある。

近頃では典型的な「マスク警察」「自粛警察」に成り果て、周囲からは「度を過ぎている」と言われることも良くあるのだが…。

そんな彼だったが、「 まぁ、俺の言動に文句をつけてくる奴らは、正義感に欠ける偽善者か、行動力に欠ける臆病者だ。そんな奴らの戯言など、気にするような俺でもない」と意に介さない。

先日も、他人なら見て見ぬふりをするような、コンビニの入り口付近にたむろしていた生意気な若者たちを注意したばかりだ。

彼の注意に対して、 睨みつけてきたり、掴みかかろうとする奴もいたが、本人たちも多少の後ろめたさがあるのか、彼の凄まじい剣幕に負けて、結局最後はその場をおとなしく離れて行った。

「悪いことをしている奴らに対しては、こちらが毅然とした態度さえとれば、案外トラブルもなく解決するものなのだ」

彼にはそういう確信があった。

そんな彼だが、どんなに注意したくても注意できないものがある。

それは、はた迷惑な爆音を響かせ、街中を我が物顔で走り回る暴走車だ。

相手は見るからに違法改造車。

荒っぽい運転をしながら、かなりの猛スピードで走り去ってしまう。

当然、注意をしたくてもできるはずがない。

彼は、暴走車を見かけるたびに、ぶつけようのない怒りがこみ上げてくるのだった。

しかも、彼には過去に辛い経験がある。

数年前、不注意がきっかけで自宅を逃げ出した子犬が、暴走車によってひき逃げされたことがあるのだ。

しかも、探しに出ていた彼の目の前で・・・。

彼自身も自分に過失があるのはわかっている。

わかっているが、心情的には納得などできはしなかった。

「暴走車がスピード違反さえしなければ、子犬が死ぬことだってなかったんだ」

その時以来、彼は暴走車に対して、恨みにも近い感情を抱いているのだ。

ある日、彼は車を運転中に、急に横から飛び出してきた子どもを避けようとして、危うく事故を起こしそうになった。

その瞬間、彼の脳裏にふと妙案が浮かんだ。

「これを利用すればヤツらにお灸を据えることができるかも………」

交通ルールを守らなかった子どもをいつものように怒鳴りつけることも忘れ、彼はニヤリと笑みを浮かべた。

その日の夜、彼はあえて暴走車が多く出現する交通量の多い道路に向かった。

そして・・・

「来た!」

遠くからでも、暴走車の違法マフラーの爆音が聞こえてくる。

暴走車が近づいてきたとき、彼は勇気をもって、暴走車が迫り来る道路に飛び出した。

というか、飛び出すふりをしただけなのだが・・・。

しかし、暴走車のドライバーは彼の予想外の行動に驚き、反射的にハンドルを切るしかなかった。

キキキィィィ~!!!!!!!!

タイヤはアスファルトを斬りつけてスリップを起こし、何度かの蛇行の末、街路樹にぶつかる寸前でなんとか止まった。

彼は飛び出すふりをした後、すぐに物陰に隠れ、その様子を見ていた。

怒った運転手は彼を探していたようだが、今さら探しても遅い。

そして心の中で叫んだ!

「急に止まれないスピードで走っているお前が悪い!」

今までの胸のつかえがストンと落ちたような、妙な高揚感に包まれた。

彼はそれからほぼ毎日、この「お仕置き」を繰り返すようになった。

ターゲットになった暴走車は時々、実際に軽い事故を起こし、器物を破損したり、関係ない車を巻き込むこともあったが、彼はさほど罪悪感を感じてはいなかった。

「ざま~みやがれ!迷惑運転をするお前が悪いんだ。俺はお前たちを正すために、あえて自ら危険を犯してるんだ。むしろありがたいと思え!」

彼は、ようやく暴走車に「勝てた」という喜びに満たされ、病みつきになっているのが自分でもわかった。

しかし、ある日の夜、いつものようにしていた「お仕置き」でマズいことが起きた。

コントロールを失った暴走車が歩行者のいる方へ突っ込んでいったのだ。

一瞬しか見えなかったが、6歳くらいの子どもと母親を巻き込んだように見えた。

「まさか、あの親子死んでないよな・・・」

強い不安に駆られた彼だったが、

「悪いのは俺じゃない。だって、実際に親子を轢いたのは暴走車だからな」と、強がるように独り言を呟いた。

が、さすがに「この現場にとどまっていてはヤバイ」と感じた彼は、近くに駐めてあった自分の車に乗り込み、親子が轢かれた瞬間の記憶を書き消すようにカーステレオの音量を最大に上げ、制限速度を越える速度で、急ぎ自宅へ向かった。

「あの親子、どうなったんだろう」とついつい考えてしまう彼。

どんなに落ち着こうとしても心臓の鼓動は鳴り止まなかったが、「俺は悪くない。俺は悪くない」と、心の中で念仏のように自分にいい聞かせ続けた。

そんなことを考えていたとき、ふと、自分の右足に違和感を感じた。

右足が急に重くなったような感覚に見舞われたのだ。

アクセルを踏んでいる右足の方へ目線を移す。

!!!!!!!!!!!

!!!!!!!!!!!

そこにいたのは、血まみれになった小さな男の子だった。

流れ出る真っ赤な血とは対照的に、顔には血の気がない。

無表情のまま、子どもとは思えないほどの力で右足にガッシリとしがみついている。

しかも、なぜか男の子はどんどん重くなっていく。

その重さに耐えきれず、俺の右足は徐々に深く、深く、アクセルを踏み込んでいく。

気付けばスピードは裕に100キロを超えていた。

彼は状況を理解できないまま、障害物にぶつからないようにハンドルを切ることだけで精一杯だった。

ここは市街地だ。

やむなく信号無視を繰り返す。

何度も他の車にぶつかりそうになった。

後方のあちこちからクラクションが鳴り響いてるのがわかる。

歩行者も何度もひきそうになった。

そのたびに急ハンドルを切って、わずか数十センチでなんとかかわした。

血まみれの子どもがしがみついたままの右足は、彼の意思を無視して、もう完全にアクセルをベタ踏みしている。

車も人も多く行き交う夜の市街地で、今、彼の車自体が「暴走車」と化している。

気付けばパトカーが数台、サイレンを鳴らしながら、彼に停車を求めてきた。

しかし、自分の意思とは裏腹に、車はスピードを緩めることはなく、むしろ徐々に加速し、パトカーを振り払うほどのスピードまで到達していた。

そこにふと、高速道路のインターチェンジの看板が視界に飛び込んできた。

暴走が止まらない今、藁にもすがる気持ちでハンドルを切った。

スピードが出すぎていたため、ハンドル操作だけでは曲がりきることは出来なかったが、コンクリートの壁に車体を擦り付け火花を飛び散らせながらも、どうにかしてインターチェンジに侵入し、ETCのバーを突き破って本線に乗ることができた。

「とりあえずガソリンが無くなるまでここで持ち堪えるしかない!」

そう思った矢先、運転席のシートの両側から白い手がスゥ~っ伸びてきた。

その手が、ハンドルを握る彼の手首をガッシリと掴んだ。

「ひぃぃぃっ!!」

あまりの恐怖に、情けないほどのうわずった悲鳴をあげる彼。

両腕は恐ろしいほどの力で押さえつけられ、ハンドルはまっすぐになったまま、まったく動かせなくなった。

車はもう150キロを越える速度で、いつ事故を起こしてもおかしくない状態になっている。

完全にパニックになっていた彼の左肩に、後方からぬぅ~っと何かが視界に入ってきた。

そこにあったのは、血まみれの女性の顔だった!

正面を見据えていた顔はゆっくりと下を向き、生気を失った瞳で男の子と目を合わせた。

そして、ゴポゴポと口から大量の血を吐き出しながら、二人は会話を始めた。

「痛いかい?苦しいかい?」

「痛いよママ!!苦しいよママ」

彼は悟った。

数分前、彼のお仕置きの巻き添えになったあの親子だということを………

二人はなおも会話を続ける。

「ボク、死んじゃうのかな?」

「そうかもしれないわね」

「やだよ!!死にたくないよ!!」

「ママもよ」

「ボクは悪いことしてないよ!!なんで死ななきゃならないの!?誰のせいなの!?」

「それはね………」

そこまで言うと、母親は再び正面を見据えたあと、ゆっくりと首を彼の方に向け………

「オマエノセイダァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

車の前方数百メートルに大型トラックが事故を起こし、道路を完全に塞いでいた。

怪しく光る真っ赤な二対のブレーキランプは、彼にとって地獄の門となった。

Concrete
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