女の子の名は愛ちゃん。
いつも家の近くにある公園で、一人で遊ぶことが多い。
ある日、いつものように公園に遊びにいくと、見慣れない遊具を見つけた。
砂場だ。
そこは元々、パンジーでいっぱいの花壇があった場所。
「新しく出来たんだ!いつのまに?」
訳あって、砂場で遊んだことが一度もなかった愛ちゃんは、嬉しさのあまり一目散に砂場に駆け寄った。
すると、そこには見たことない少女が一人佇んでいた。
少女は笑みを浮かべながら、愛ちゃんに話しかけてきた。
「あなた、お名前は?」
「名前は愛っていうの。お名前教えて」
「私は花。ここで人を探しているの」
「誰を?お母さん?それともお父さん?」
「ううん、紫色のチョウチョの人」
「紫色のチョウチョ?なにそれ」
「愛ちゃんにお願いがあるんだけど、手のひら見せてくれる?」
「べつにいいよ。はい」
愛ちゃんは両手を広げて、花ちゃんの顔の前につきだした。
「うん、あるはずないよね」
「あるって何が?」
「ううん、なんでもない。ただ、花が探している人に、愛ちゃんがちょっとだけ似てたから、調べたかっただけ。それより、一緒に遊ばない?砂場で」
「いいよいいよ、一緒に遊ぼ」
愛ちゃんと花ちゃんは夢中になって砂場で遊んだ。
それまで一度も、砂場で遊ぶどころか、見たことすらなかった愛ちゃんは、砂場での遊びを花ちゃんからたくさん教えてもらった。
山を作ったり、トンネルを掘ったり、棒倒しをしたり、お団子を作ったり…。
「砂場って楽しいね。クレヨンしんちゃんとか、しまじろうが遊んでるのを見て、羨ましかったの。花ちゃん、愛のお友だちになってくれる?毎日一緒にここで遊ぼうよ」
「いいよ、花もずっとここで愛ちゃんと遊びたい」
「やったぁ!!」
愛ちゃんと花ちゃんは時間を忘れて砂場遊びを楽しんだ。
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一時間ほどして、二人は少し遊び疲れて、砂場に座ったまま、おしゃべりを始めた。
「愛は5歳。来年、小学生になるの。花ちゃんは?」
「花も5歳だよ」
「え?同じだね。じゃあ、来年小学生になるんだね。愛、花ちゃんと一緒で嬉しいな」
「ううん、花は小学生になれないの」
「え?なんで?」
「だって…」
「だって?」
「だって、花は殺されたんだもん。この場所で…」
「え?」
その瞬間だった。
花ちゃんの顔色がみるみる黒ずみ、皮膚が腐り、ドロドロに溶け始めた。
さらに…
ドン!!!
花ちゃんの足元に、花ちゃんの首が転げ落ちた。
続けざまに、花ちゃんの両手が、胴体が、バラバラになりながら、砂場の上に崩れ落ち、残った両足も力なくパタリと倒れた。
愛ちゃんは悲鳴をあげる余裕すらなく、その凄惨な光景から目を話せないまま、気を失い、その場に倒れ込んだ。
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気づくと、愛ちゃんはいつもの公園の、パンジーの花壇に倒れ込んでいた。
愛ちゃんは、あの恐怖の記憶が夢だったのか、現実だったのかわからず、ただただ号泣しながら自宅へと帰った。
自宅では、母親はが尋常ではない泣き方の愛ちゃんに気づくと、すぐに駆け寄って抱き締めた。
母親は何事が起きたのかと事情を聞こうとしたが、愛ちゃんは泣きじゃくりながら
「花ちゃん死んじゃった」「頭も手も足もバラバラになっちゃった」などと、母親にとっては意味不明なことを口走るだけだった。
ただ、それが本当なら大変なことだと判断した母親は、とにかくどこで起きたのかを聞こうとした。
だが、愛ちゃんの口から「砂場」「花ちゃん」というワードが出た瞬間、ある記憶が母親の頭をよぎり、全身が凍りついた。
それでも、とりあえず行くしかないと思った母親は
「怖いかも知れないけど、お母さんがいるから大丈夫。その場所までお母さんを連れてって」
と、愛ちゃんをなだめて、二人でその公園に向かった。
・・・
・・
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「ここ」
愛ちゃんが指差したのは、パンジーの花壇。
もちろん、誰かが死んでいるなどということはなく、パンジーは静かに風に揺れているだけだった。
「やっぱり、ここだったのね」
母親はこのとき、10年前にこの街で起こった事件について思い出していた。
その事件とは、こうだ。
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10年前の3月、小学校入学を目前に控えた幼女が、ある日突然、失踪するという事件が発生した。
幼女は「遊びに行ってくる」と、いつものように家を出たあと、行方が知れなくなってしまったのだ。
事件と事故の両面で警察による捜査が行われたが、数ヵ月たっても全く手がかりがつかめずにいた。
それがある日、衝撃的な展開によって事態が進展することとなった。
幼女の行方は依然としてわからなかったが、幼女が通っていた幼稚園は、時間の経過と共に落ち着きを取り戻し、恒例行事の遠足が行われることに。
幼女のクラスは、とある公園を目的地にして出発。
到着した公園では、自然な成り行きで、子どもたちが砂場遊びを始めた。
一部のヤンチャな男の子たちが、砂場に巨大な穴を掘り始め、他の園児も加わってドンドン掘り進めていった。
そのときだった。
公園に、子どもたちの甲高い悲鳴が一斉に響き渡った。
砂場を深く掘った場所から、バラバラになった子どもの手足、胴体、そして頭部が出てきたのだ。
あまりに衝撃的な光景だったが、その場にいた園児たち全員がその光景を目の当たりにすることに。
泣きじゃくる子、逃げ惑う子、無言で見つめ続ける子、本物かを確かめるために棒でつつく子…。
その後、警察の調べで、行方不明だった幼女の遺体と判明。
検死の結果、幼女の死因や性的いたずらの痕跡などが判明したが、犯人逮捕には至らず、10年経った現在でも解決に至っていない。
この衝撃的な事件は、目撃した子どもたちのに強烈なトラウマを植え付けることとなり、事件後、特に砂場を怖がる子どもが続出。
市では、子どもたちに配慮して、事件現場を含む市内の全ての砂場を撤去し、その替わりに花壇を整備。被害女児が好きだったパンジーが植えられるようになった。
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そう、この事件の被害女児の名は、花ちゃん。
発見現場は今、目の前にあるこの花壇だ。
愛ちゃんが一度も砂場で遊んだことがなかったのは、この事件によって、10年前にこの街から全ての砂場が撤去されたためだった。
母親は、愛ちゃんがなにかしらの霊的な体験をしたのではないかと推察した。
「お祓いとか、受けた方がいいのかしら。夫に相談しなくちゃ」
そう考えていた矢先、遠くから夫が駆けつけてくる姿を見つけた。
この公園は、自宅の窓から見える場所にあり、仕事を終えて帰宅した夫が、この時間はいつも家にいるはずの妻と愛ちゃんがいなく、心配に思っていたところ、偶然窓から二人を見つけ、迎えに来たのだった。
「あなた、今日愛ちゃんがここで、とても怖い体験をしたみたいなの。あとで詳しく話すから、相談にのってちょうだいね」
「そうか、わかったよ」
そういうと父は、まだ怯えた表情の愛ちゃんに
「お父さんがいるから大丈夫。なにも心配いらないよ」
と、手を差し伸べた。
愛ちゃんも少し安心したのか、無邪気な笑みを浮かべながら、父の手を握り、もう一方の手を母親とつないだ。
夕暮れ時の微笑ましい光景だが、愛ちゃんは知らなかった。
つないだ父の手のひらに、蝶の形をした紫色のアザがあることに…。
そして、両親と手を繋ぎ歩く、すっかり安心した愛ちゃんの耳に、どこからともなく声が響いてきたのだった。
「………みぃつけた………」
完
作者とっつ
これは、以前もの凄く怖いと思った「かまくら」というお話のオマージュとして書きました。
「かまくら」はリアルな体験談(風?)で、これはチープな創作なので、これを読んで興味が湧いた方は、ぜひ一度、「かまくら」を読んでみてほしいです。
ネットで探すのは大変かもしれませんが(;^_^A
久しぶりの完全新作です。