短編2
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逆さ馬

ジャラ……

また床下から音がした。

碁石の笥に手を突っ込んでかき回すような音だ。

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ささくれた筵のうえで寝返りを打ちながら、卯吉は小さく舌打ちをした。

なんだってんだ、ちくしょうめっ

眠りを妨げるほど大きな音ではないが、一度気になりだすと不快でたまらない。

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ジャラリ……

月の明るい夜だった。

隣りでだらしなく眠りこける女のほうへ目をやる。

このアマぁ、よく平気で寝ていられるな

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そこは茅葺きの粗末な家だった。

若い後家が、宿の代わりに旅人を泊める野小屋。

ついでに一夜の春もひさぐ。

貧しい農村ではよくあることだった。

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ジャラジャラジャラ

ついに我慢しきれず、卯吉は蚊帳のなかで身を起こした。

そのとき、女が寝ごとを言うのを聞いた。

「……戻ってきてくれたんだねえ、あんた」

「はん?」

振り向いた卯吉は、思わず息を飲んだ。

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隣りで寝ていたのはボロをまとった骸骨だった。

まばらに生えた髪が、血走った眼をすだれのように覆っている。

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「もう逃がさないよお。あたしゃこの日が来るのをずっと待ってたんだからねえ」

「ひいっ」

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卯吉は、蚊帳を引き破って外へ這い出ようとした。

その足をつかもうと冷たい指先が触れる。

「どこへも行かせやしないと言ったろう」

「た、た、助けてくれえっ」

命からがら家を飛び出した卯吉は、そのまま村ざかいにある寺へ転がり込んだ。

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あくる朝、住職に伴われ再びおとずれた小屋は、倒壊寸前の廃家だった。

屋根は腐れ落ち、床のあちこちに青々とした若竹が伸びている。

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卯吉はその破れた床板の向こうに、平らな石がびっしりと敷き詰めてあるのを見つけた。

昨夜ジャラジャラ鳴ってたのは、こいつか……

ひとつを手に取ってみる。

左右を逆にした「馬」という文字が書かれていた。

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「それは自分のもとから旅立った者を、ふたたび呼び戻すためのまじないです」

住職が言った。

「おそらく、おのれ自身の血を使って書いたものでしょう」

「わっ」

卯吉は石を投げ捨てた。

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「この家のあるじは魂魄となってなお、誰かを待ちこがれていたのでしょうな。思えば、哀れな話です――」

手にした数珠を鳴らし、住職が読経をはじめる。

卯吉もあわてて合掌した。

「一夜の宿を乞うた縁です。あなたが供養しておやりなさい」

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後にこの場所には小さな御堂が建立された。

祀られたのは木彫りの馬頭観音だったという。

Concrete
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