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中編4
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予約席

とある喫茶店で聞いた話。

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そこは、雰囲気の良いジャズ喫茶だった。

中に入るとコーヒーの香しい匂いが漂い、音楽は耳に心地よい。何時間でも居座れるような空間で、実際店内にはいつも長居の常連客の姿があった。

現在切り盛りしている店主は二代目で、先代は戦後の混乱期に小さな定食屋として店を立ち上げたのだそうだ。そして晩年に、念願だったジャズ喫茶に趣旨変更したらしい。

この店のカウンター席の一番奥には、いつでも『予約席』と書かれた金色のプレートが置かれている。しかし、実際に誰かが座っていることはない。

その席は、先代店主の戦友専用らしい。

先代店主は戦時中、出征先で戦友と夢を語らった。いつか必ず、大好きなコーヒーとジャズの店を開くから、そのときはお前たち必ず来いよと約束したそうだ。

先代店主はなんとか生きて戻ることができたが、戦地で命を散らした仲間も大勢いた。そんな彼らとの約束を守るため、先代店主は彼ら専用の席を設け、誰も座らないように『予約席』のプレートを置いたのだという。

そしてそれは、息子である現店主の代になってもちゃんと引き継がれている。

雨の日や薄曇りの夕方には、その席に俯きがちに腰掛ける若い男性の姿が、うっすら見えることもあるという。

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「なんですか、それは。常連さんたちに担がれたんでしょう」

店主はコーヒーを淹れながら、私の話を豪快に笑い飛ばした。

知人から聞いた喫茶店の不思議話を、店主ご自身からも伺おうと店を訪ねたときのことだ。

あっけにとられる私にコーヒーを出しながら、店主はまだクスクスと笑っていた。

「うちの店の生い立ちはその通りですけどね。親父は若い頃病弱で、戦争には行かずに済んだんですよ。だから、約束を果たそうにも戦友はいないんです」

「では、あの予約席は…?」

私はカウンターの奥に目をやった。そこには知人の話通り『予約席』のプレートが置かれ、椅子には上等そうなクッションまで設えられていた。

「あぁ、あれはですね」

途端に店主は渋い顔になった。店内を見回して私以外に客がいないのを確認すると、その上で声を落として言った。

「客足に響くと困りますから、そこらへんはお願いしますよ」

私が頷くのを見届けて店主は続けた。

「いや、大した話ではないんですがね。親父が定食屋をやめて喫茶店を始めてから、なぜだかあんなことになったんです。あの予約席のプレート、片付けても片付けても、朝になるとあそこに置かれてるんですよ。もちろん、誰も触ったりしていませんよ。プレートを捨てても、いつの間にかあそこに戻ってきているんです。

それにあの席、妙にヒンヤリして寒気がすると思ったら、別の時には今しがたまで誰かが座っていたような温もりがあったりして…正直、気味が悪いんですよね。

一度椅子ごと撤去したこともあったんですけどね。次の日僕がきたら、店の窓ガラスが全部割られていて。しかも内側から。その後も雨漏りやら空調の不調が続いて、結局椅子を元に戻したんです。そしたら、店内の不具合もピタリと収まって。

その後はもう、あの席は初めからないものとして、無視することに決めました。放っておけば、害はないのでね」

思いもよらない話が聞け、私はつい身を乗り出した。予約席は戦友のもの、という話に勝るとも劣らない、不可思議な話だ。

「先代店主は、なにかご存知だったんでしょうか」

「なにも知らなかったと思いますよ。僕と違って真面目なもんだから、あの席をなんとかしてやるんだと色々考えていましたよ。ここは俺の店なんだから俺が座ってやる、なんて言って、一日中座ってたこともありましたね。席がヒンヤリしてるもんだから次の日風邪を引いて、それがきっかけで寝ついちゃってね。それで僕が予定より早く、この店を継いだんです」

「お父様は、その後は?」

「店を譲ったら安心したのか、しばらくしてぽっくり」

「それは…それは」

私はかける言葉が見つからなかった。彼の言い方だと、先代店主の死はまるであの予約席のせいなのだが、店主はあまりにもあっけらかんとしていた。

「その、戦友云々の話がどこからきたのかは知りませんけど、そんないい話になってるなら大歓迎ですよ。親父も僕も、その席の由来を聞かれたときはいつも適当にはぐらかしてましたから、お客さんたちの間で憶測が憶測を呼んだ結果なんでしょうけど」

店主はそう言って笑った。

私はコーヒーを一口含み、この店主にこの味が付いていたら、どんな噂が流れても客足に影響はしないだろうと、心中頷いた。

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