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中編3
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花の宴

とある知人に聞いた話。

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知人の祖母がまだ少女の時の話だという。

春は名のみの、風の冷たいある夕方。少女は父親から、晩酌用の酒を買ってくるよう言いつけられた。

当時は入れ物を持参して量り売りしてもらうのが一般的だった。そのため、一合徳利とぴったりちょうどの小銭を渡されて、少女は歩いて十分ほどの道のりを酒屋へ向かったのだった。

酒屋までの道すがらには、梅の古木が一本生えていた。大きな木だったが歳を取ると木も禿げるのか、毎年花も葉も少ない少し寂しい木だった。しかし毎年近隣のどの梅よりも早く真紅の花を咲かせており、そのときも数輪の花がほころび、薄暮の中に澄んだ香りを漂わせていた。

帰り道、徳利の酒をこぼさないよう慎重に歩みを進めていると、件の梅の木の周囲がなにやら賑やかしいのに気がついた。夜はまだ冷えるというのに、誰かが酒盛りを始めたらしい。

つい先ほど通ったときには人影はまったくなかったのに、宴会はすでに出来上がっているかのような盛り上がりようだった。

「おーい」

そのうちの一人が、少女に声をかけた。

「ちょっと寄っていかんか。菓子もあるぞ」

お菓子という言葉に少女の心は動かされ、チラリと梅の木の方を見た。

酒盛りの参加者は揃って少女を見つめていたが、その中に近所の見知った顔は一つもなかった。皆楽しそうに笑顔でいるが、その表情はどこか仮面を被ったように同じに見えた。なんとなく気味の悪さを覚えた少女は、首を横に振って行かないことを伝えると、足早にその場を離れた。特に引き止められることはなかったが、少女を追いかけるようにドッと笑いが起きたという。

その後少女は無事に家まで辿り着いたのだが、徳利を父に届ける寸前に大変なことに気がついた。買ったはずの酒がすっかりなくなっていたのだ。

素直に父に話しても、こぼしたのだろうと疑われ叱られてしまう。どうすればいいのかわからなかった少女は、こっそり彼女の祖母に泣きついた。よくわからないままに経緯を話すと、祖母は心得たように笑って「これでもう一度お使いしといで」と小銭を握らせてくれた。

「大丈夫。もうきっと、なにもないから」

わからないながらに先ほどの宴会に原因があると思っていた少女は、あの道をもう一度通って酒屋に行くのは嫌だった。しかし、言いつけが守れなかったときの父の拳骨も、同じくらい恐ろしい。

結局、少女は泣きべそをかきながら再度酒屋へと走った。

祖母の言う通り、梅の古木の下では宴の賑やかさが嘘のように静まり返り、猫の子一匹いなかった。

そして今度こそ、少女は無事に父のお使いを果たすことができたという。

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「梅の古木の下では、春を寿ぐ宴が行われていたそうです。祖母は運悪くそこに居合わせて、悪戯をされたんでしょうね」

知人は、彼女の祖母の不運の真相をそんな風に語ってくれた。

「宴を開いていたのは、神様でしょうか」

「さぁ、それはわかりません。祖母が言うには、皆さん人間に見えたそうですけど」

「それにしても、お祖母様のおばあさまという方は、さすが年の功ですね。そういった話は、昔からあったんでしょうか?」

私の言葉に、知人は首を傾げた。

「どうでしょうか。梅の木にまつわるそういった話は、この辺りには伝わっておりません。

祖母の祖母という人は、少し変わった人だったようです。霊感、というのでしょうか。他の人とは少し違う世界を見ていたような節があったそうです。もしかしたらその人だけが、毎年その宴を見ていたのかもしれませんね」

「そうなんですか」

「もう今は、梅の木もありませんが」

知人は少し寂しげに微笑んだ。

私の鼻腔を、幻の梅の香りがかすめていった。

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