中編3
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酒と幽霊

とある友人に聞いた話。

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友人は大学生のとき、オカルトにハマっていたらしい。

大学生の御多分に洩れず暇と体力だけはあった彼は、あるとき同じような仲間を集めて百物語を決行することにした。

場所は彼の部屋。古式に則るならば百本の蝋燭を灯すところなのだが、アパートでそれをするのはさすがに憚られた。ではどうしようかと頭を悩ませていたところ、酒好きの仲間が妙案を思いついた。

「百個の盃を用意して、話し終わった奴が一杯ずつ飲み干していく、ってのはどうだ?」

それはいいと、皆一も二もなく同意した。

各人、実家やバイト先などを頼ってどうにか百個の盃を揃えた頃には、時刻もちょうどよい頃合いになっていた。

部屋の中心に酒を入れた盃を並べ、その周りに車座に座った。部屋の四隅においた懐中電灯が、ぼんやりと室内を照らしている。

メンバーはぴったり十人。一人十話の計算だった。

そうして、百物語がはじまった。

時間帯と環境づくりで雰囲気だけは恐ろしげだったが、所詮は素人の怪談。あまり怖くない上に、どこかで聞いたような話ばかりだった。おまけに、一話語るごとに一杯盃をあおるので、だんだん皆酔いが回ってくる。酒に弱い者は、早くも船を漕ぎ始めた。

わかりやすくするために、飲み干した盃は伏せて置いた。話が途切れたり同じ話が続いたりしながらも、なんとか盃の残りが十個になったときだった。

なんの前触れもなく、懐中電灯がすべて消えた。

「なんだ⁈」

「電気つけろ、電気!」

十人の男たちは慌てふためき、狭い部屋はパニックに陥った。暗闇の中で文字通り踏んだり蹴ったりしながら、なんとか家主である友人が壁のスイッチを押した。

明るくなった部屋では、ある意味悲惨な光景が広がっていた。部屋の隅でうずくまる者、抱き合う二人、窓に手を掛けたまま固まっている者、なぜかズボンを脱ぎ掛けている者、すでに半泣きの者━━

そして、整然と並べたはずの百個の盃は、見事なまでにあちこちに散乱していた。

誰かがプッと吹き出し、それを合図に大爆笑が巻き起こった。それには多分に照れ隠しも含まれていたが、彼らはそれでやっと、深く息をすることができた。

大笑いの後は片付けタイムだ。部屋のあちこちに盃が転がっていたが、幸いにも全部割れずに無事だった。

「……なぁ」

ふと、誰かが口を開いた。

「なんで、酒が全然こぼれてないんだ?」

彼の言う通りだった。懐中電灯が消えたときにはまだ酒は十杯分残っていたはずだから、床にはそれが当然こぼれているはずだった。しかし、床はカラカラに乾いていて、湿り気すらない。

彼らは互いに顔を見合わせ、床や壁や天井に視線をさ迷わせた後、我先にと部屋から逃げ出したのだった。

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「酒好きの幽霊でも呼んだかな」

愛すべき大学生たちの思い出話を肴に、私と友人は一杯やっていた。友人が語ったような馬鹿は、私にも覚えがある。友人は一緒に笑いながら、

「実は、おまけがある」

と言った。

「おまけ?」

「あのとき、よく考えたら俺は八話しか話してないんだ。残りの二つはとっておきのやつだったから、それを話していないの間違いない。俺だけじゃなくて、他の連中も同じことを言った。おかしいだろ? 盃は九十杯カラになってたんだぜ?」

「つまり?」

「俺たちは幽霊と一緒に酒盛りをして、幽霊の語る怖い話を聞いたことになるんだ。

でもなぁ、酔ってたし、どんな話があったかまったく思い出せないんだよ」

惜しいよなぁ、と友人は本当に残念そうに、盃をあおった。

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