とある知人に聞いた話。
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彼女が生まれたとき、初めての女孫だと祖母は大変喜び、奮発して七段飾りの豪華な雛人形を購入してくれたという。
物心ついてからは毎年二月半ばになると、祖母と母と彼女の三人で雛人形を飾り付けるのが恒例だった。
しかし知人はうっとり人形を眺めるよりは、外で遊ぶことを好むタイプだった。そのため、雛人形の飾りつけも片付けも、退屈に感じていたそうだ。
ある年、知人は退屈しのぎにとんでもないことを思いついてしまった。
──人形の首を取り替えたら、来年おばあちゃんたち気がつくかな?
毎年行なっているとはいえ年に一回のこと。雛人形を出す際には祖母も母も、ああでもないこうでもないと見本図や昨年の写真を片手に大騒ぎするのが常だった。そんな騒ぎの中で果たして、人形の頭が変わったことに気がつくだろうか。
雛人形は高価なもので、それでなくても大切にしなければいけないものだということは、わかっているつもりだった。しかし、一度ついたいたずら心の火は、知人にはもうどうすることもできなかった。
その年の片付けの際、知人はこっそり女雛と三人官女の一人の首を取り替えた。人形の頭は胴体と細く短い棒でつながっており、少し引っ張ればすっぽりと抜けたため、犯行は容易だった。
頭と胴体がややちぐはぐになってしまった人形を、すばやくそれぞれの箱にしまう。いつもそうしているように、人形の頭は瑕が入らないように薄い紙で覆って、蓋を閉めた。
「今年はよく手伝ってくれるねぇ」
祖母のそんな褒め言葉に少々後ろめたさを感じながらも、知人は自らの手で箱を納戸にしまった。
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さて、次の年。
内心わくわくしながらも平静を装い、知人は例年のように雛人形の飾り付けに参加した。
あえて人形の箱は触らず、祖母と母の反応をこっそり観察していたのだが。
──あれ?
祖母が丁寧に箱から取り出したのは、いつもどおりの女雛だった。美しい衣装にふさわしく、大きく膨らました髪型に金色の飾り。なにより高貴な顔立ち。知人はこの日に備え雛人形の顔立ちを予習していたので、それが三人官女のものではないことはすぐにわかった。
──いたずら、バレてたのかな?
もしかしたら、祖母は知人の思惑などとうにお見通しで、人形を元通りに戻していたのかもしれない。知人がバツの悪さを感じたときだった。
「やだ、なにこれ!」
叫んだのは母だった。なんだなんだと知人と祖母は母の手元を覗き込んで、言葉を失った。
母が開けていたのは三人官女の箱だった。そのうちの一つの人形には首から上がなく、おまけにまるで暴行を受けたように着物がめちゃめちゃに乱れ、あちこちが破れていた。
「ネズミかしら?」
「他の箱も確認しなくちゃ」
慌てる母たちの隣で、知人はふと視線を感じた。こわごわ振り返ると、女雛が知人を見ていた。
いつもどおりの取り澄ました顔だったが、そのときはなんとも言えず恐ろしく感じたという。
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「それからは、雛人形が怖くて怖くて。でも自業自得でとても理由は言えないから、飾るなとも言えないし。毎年雛祭りは恐怖でしたよ」
「人形の呪い、ですか?」
「さぁ。まぁ、ネズミや虫が人形を荒らす、なんてことは後にも先にもありませんでした。もちろんそのときも、ぼろぼろになった三人官女のほかには被害はありませんでしたしね」
知人は肩をすくめた。
「でも呪いなら、三人官女じゃなくて私に災いが来るはずなんですよね」
知人の言葉に私は頷いた。その通りだ。
「そうじゃなかったということは、呪いというより、嫉妬かな」
「嫉妬?」
「自分以外の女が、自分の花嫁衣裳を着て婚約者の隣に収まるなんて。考えただけではらわたが煮えくり返るでしょう?」
知人は私に同意を求めたが、私はその笑顔に薄ら寒いものを感じたのだった。
作者実葛
以前他サイトに投稿していた作品を、加筆修正したものです。