「さ迷う女?」
御桜高校の校舎の一角。高校一年生の桐谷梨乃は友達の日咲明美が言った言葉を聞き返す。
明美は金色に染めている髪をいじりながら話を続ける。
「梨乃、知らない?ケッコー有名だと思うんだけどなぁ…。」
「うん…。ねえ、その…さ迷う女って何?何かのドラマ?」
「違う違う。え~と…何というかこの町の怪談って奴だよ!」
「か、怪談?」
怪談という言葉に梨乃は体を強ばらせる。梨乃は怖いものがあまり好きではない。心なしか少し体温が低くなった気もする。
「え~とね…。夜遅くに御桜町を歩いていると、どこからか……いかにも幽霊!って感じの女がフラフラ歩いてくるんだって。それだけだったら別に怖くないけど…。」
「ま、まぁ…そうだね…。」
それでも梨乃にとっては十分怖いのだが、明美の感想に表面上同意しておく。
「その女に見つかると追いかけてくるんだって!で、その女に捕まっちゃうと…。」
「ど、どうなるの?」
「さあね?知らない!まぁ、こんな感じの怪談だよ!」
明美はさっきまでのどこか暗い雰囲気が嘘のように、明るくニコッと笑う。思ったよりかは怖い話ではなかったので梨乃がホッとした途端、明美が急に「あっ!」と大声を出したので「ひゃっ!」と裏返った悲鳴を出してしまった。
「い、いきなり何?」
「ヤッバ!もうすぐ塾の時間だよ!急がなきゃ!」
「え?本当だ!」
2人は慌てて駆け出した。
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10時。静まり返ったしん…と冷える夜道を二人は歩いていた。明美が梨乃を申し訳なさそうに見ながらはなしだす。
「うぅ~宿題してなかったから居残りさせられっちゃったぁ…。めっちゃ待たせてごめんね、梨乃…。」
「いいよ、別に…。私も課題が出来なくて、よく居残りしちゃって明美のこと待たせちゃうし。」
「私はいいんだよ。でも、梨乃は…。」
「大丈夫。明美と一緒なら夜も怖くないから。」
梨乃が優しく微笑む。本当は明美と一緒でも夜は少し怖い。だけど明美を心配させたくなかった。
明美はそれを聞いて安心したのか、少し目を細めて「そっか…。」と言った。
「梨乃って本当優しい……わっ!」
「え、明美?……ひっ!」
明美の驚いた声につられて明美が見つめている所をつい見てしまった。そこにはいかにも幽霊という感じのする女がフラフラと歩いていた。
(あれって…明美が言っていたさ迷う女…?)
梨乃の体温が一気に下がる。冷や汗が体を伝っていくのが分かる。体が震え出す。叫びそうになる口を必死に手で抑える。さ迷う女があの怪談の通りだったら、気づかれたら大変なことになるからだ。
「り、梨乃…。」
明美が震える梨乃に抱きつく。見ると明美の顔も恐怖で染まっている。
その時だった。女が梨乃達を確かに捉えた。女がフラフラ歩いてくる。何か言葉を言いながら。
「……て。」
逃げなければいけないのに、何故か動けない。ふと梨乃は気づいた。女が仕事のスーツを着ていることに。
女が梨乃たちの方へ近づいてくる。
「…助けて。」
女の声がはっきり聞こえた。確かにそう言った。明美が梨乃を更にキツく抱きつく。
「今、助けてって言ったよね…?」
「う、うん…。」
梨乃が頷く。女はもう梨乃達と数メートルしか離れていない。
女が「助けて」と言いながら、いよいよ梨乃達の前にやって来た。二人は同時に女の顔を見る。
「きゃあああああああああ!!」
梨乃達の悲鳴が辺りに響く。
女の顔には何もなかった。ただ底無しの真っ暗な穴があっただけだった。
作者りも