俺の友達、結城ミオはとても穏やかで優しい。……いや、穏やかなのは確かだけど優しいのか?アイツは…。とにかく!俺が言いたいことはアイツは普通の人じゃないってことだ。俺はアイツと11年…今、俺は14歳だから…。えっと、つまり幼稚園からの付き合いなんだが、アイツが怒ったところを俺は見たことがない。
俺達が小学一年生だったとき。俺は手が滑ってアイツが大事にしていたロボットを落として壊してしまったことがある。その時、アイツはいつもの柔らかい落ち着いた笑みで
「気にしないで。わざとじゃないんでしょ?」
そう言った。小学一年生がだぞ?今の俺よりも、もしかしたら大人の対応っていうの?まぁ、そんな対応をしたよ。この後も俺はミオに怒られても仕方がないようなことを何回かしたことがあるが、アイツが怒ったことはなかった。
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「慶太郎、明日からテストだね。」
「ん?ああ、そうだけど…。お前、今回もオール0点取るんじゃないだろうな?」
「どうだろう?分からないなぁ…。」
ふわふわとしていてどこか楽しんでいる声だ。ミオは頭が悪いというか…勉強を本当に全くしないのだ。だからってオール0点はヤバいと思うが。アイツ、授業はちゃんと受けているはずなんだけどな…。
「お前、言っちゃ悪いけど…このままだと行く高校がないぞ。」
「うん。慶太郎がそう言うんだったら、そうなんだろうな。」
……何かズレた返答をされたような気がする。コイツは昔から本当どこかズレていて…だからか分からないけど俺が知る限りミオの友達は俺だけだ。
ミオが住んでいる赤色の屋根の家が見えてくる。
「家に着いちゃった…。またね、慶太郎。」
「お、おう。バイバイ。」
ミオは大袈裟なほど大きく手を振って俺を見届ける。昔からずっとこうだ。アイツは昔からほとんど何も変わっていない。…俺は昔と比べて色々変わったのに。変わっていったのに。
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その日の夜のことだった。明日の試験に向けて勉強しているとコンコンと誰かがドアを叩いた。
(お母さんか?)
そう思った俺はドアを開ける。……そこにはミオが立っていた。驚きのあまり俺は、しどろもどろにミオに疑問を言う。
「え、ちょっ、お前…。何で…。」
「スゴいの見つけたんだ。慶太郎にも見せたいと思って…。」
「いや、あの…。どうやって俺の家のなかに…。」
「窓が開いていたからそこから入ったよ。…あっ、靴はちゃんと脱いでいるから安心してね。」
何だコイツ!確かにちゃんと靴は脱いでいるけどさ…。それ以前の問題だよ。やっぱりミオって少し…いや大分ズレている。
「慶太郎。早く見に行こう。」
ミオが俺の腕をぐいっと引く。俺は反射的にミオの顔を見る。
その顔は何というか、とっておきで……自分だけの秘密の宝物を特別に見せてあげると言うような…顔だった。無邪気な顔だった。
あのミオにそんな顔をさせるスゴいのって何だろう?ちょっと気になってきたな…。だけど、それよりも明日の試験の方が重要だ。断ろう。
「俺、今勉強で忙しいから…また今度な。」
「今度?それじゃダメなんだ…。」
ミオが悲しそうに呟く。ええと、つまりミオが見せたいものってずっとあるものじゃないんだな…。何だ?何かの景色?気になる…。というか俺はここ一週間ずっと勉強していた訳だし…少しぐらいならサボってもいいよな?
「あ、あのさ!俺、見に行くよ。それ。」
「えっ…。よかった!じゃあ、早く行こう。」
「おう!」
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俺たちは寝ている親を起こさないようにコッソリ家を出た。外は勿論月の光以外なにも無くて真っ暗だ。
(こえ~。お化けとか出そう…。)
言っておくが、俺はいつもはこんなこと考えたりしない。だけど思いの外、夜が暗かったから少し怖くなってそう思ってしまっただけだ。
俺は夜の暗さに少し怯えているのに、ミオはいつも通りだ。さすがミオ。ただ者じゃない。
「慶太郎。僕の後ろに付いてくるんだよ。」
今にも歌い出しそうな程、ご機嫌のミオが俺にそう指示をする。分かってるって…。俺は大人しくミオの後に付いていく。
俺達は他愛のない話をしながら、俺達が住んでいる町の裏にそびえている御桜山の山頂へ続く道を歩いていく。俺は心底嬉しそうに歩いているミオに聞く。
「なぁ、お前が俺に見せたいものって何だよ?ちょっとだけでいいから教えてよ。」
「そうだね…。君が見たことないものだと思うよ。とても素敵なんだ。」
俺が見たことなくて素敵なもの…?俺がそれが何なのか考えているうちに、ミオはどんどん正規のルートから外れた方向へ行く。それに気づいた俺は
「なぁ、これ以上いったらヤバいんじゃないか?ここから先さ…道消えているし、草いっぱいだし…。帰れなくなるよ。」
とミオに言った。ミオは一拍の間もあけずに
「大丈夫。」
いつもと同じように返答した。本当に大丈夫なのか…?そう思いながらも今更引き返すには勿体ない所まで来てしまった。俺はミオの「大丈夫。」を信じることにした。
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月が照らす。俺を、ミオを……そして「それ」も。ミオが見せたかったものは、7~8の洋風の家が円のように集まって出来ているこの集落だったらしい。俺、何回かこの山に登っているけどこんな所知らなかった…。
ミオが俺の方を向く。
「素敵でしょ?」
「…ああ。」
確かに素敵だ。鬱蒼としげる森の中にぽっかり空いた土地。そこに数個の家が美しく佇んでいる光景は、幻想的でさえある。だけど期待していたほどではないんだよな…。
「え~と…。ミオ、これだけか?お前が見せたかったものって…。」
「ううん。まだあるよ。こっち来て。」
あるんだ!何だろう?俺は少しウキウキとした気分でミオの後へ続く。
…それはその集落のやや外れた所にある、至るところに穴が空いていて、ボロボロの……恐らく廃墟の家の中にいた。
今は月が雲に隠れているから、よく見えなくてそれが何なのか俺には分からない。モゴモゴと動いているから何かの生き物ってことしか分からない。
「おい。何なんだ、あれ?」
「この辺にはよくいるよ。」
この辺にはよくいる?え~と…猿?でもどう見ても猿にしたら大きすぎるんだよな…。あ~全然わからない!早くアイツの正体を知りたい…。
そんな思いが通じたのか、急にまわりが明るくなる。見上げると月が雲から出ていた。俺はすぐさまあの生き物がいる方を見る。
(は…?)
ソイツは人間だった。全身髪の毛に包まれ、目が異常に大きく、口が裂けていること以外は。相手が正面で立ち尽くしている俺達に気づいたらしい。のそりのそり四足歩行でゆっくりゆっくり近づいてくる。
(早く逃げなきゃ…!)
そう思うのに足が全く動かない。あぁ…恐怖で足が動かなくなるのって本当だったんだな。
俺はふとさっきからミオが喋っていないことに不安を覚えて辺りを見回す。ちゃんと俺の後ろにいた。
「み、ミオ…。」
早く逃げよう。そう続けようとしたとき。
「キェーェエエエエエ!!!」
緩慢に四足歩行で俺たちに近づいてきていたソイツが突如、奇声を発しながら俺たちの方に猛ダッシュで向かってきた!ヤバいヤバいヤバい!!
後ろを振り向く。ミオは動かない。怖くて動けないのか?顔がよく見えないから分からないけど…。
俺は動かないアイツの腕を取って走り出す。
「キェエエァアアア!!」
あらゆる所から奇声が聞こえる。見ると、あの洋風の家の中からあの四足歩行の人間たちが出てきているのが、かすかに見えた。
俺は必死で何も考えずに走る。そのせいで草とか木が刺さったりして体が痛い。でも止まったら…。
「素敵だね。」
…え?
「この先、崖だよ。僕たちこの年で死ぬの体験出来ちゃうんだね。素敵だ。」
この先、崖だって?そう聞いたところで体は急には止まれない。瞬間、俺の体が浮いたような感覚になる。
ああ……崖から落ちた…。
上を見ると、あの四足歩行の人間が俺たちを崖の上から見ている。恐ろしいほど無表情に見ている。月みたいに丸い大きな瞳で。
(何なんだよ、お前たち…。)
考えても分かる筈のない疑問が俺の頭に浮かぶ。
これまでに味わったことのない痛みが俺に走った。
作者りも