子供のころ、妹と行ったお祭りの夜店で映画を観たことがある。
ビールを売るための客寄せで、境内の片隅にスクリーンを張って、八ミリ映写機を回していたのだ。
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どんなフィルムを上映していたかは、あまり記憶にない。
ただひとつだけ、鮮烈に覚えている映像があった。
「ミイラのつくりかた」
セリフもナレーションもないモノクロ映画だ。
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映像は、まず山伏のような男たちがひとりの老人を座敷牢へ押し込めるところから始まる。
「あ、鳩ジイだ……」
妹がつぶやいた。
鳩ジイというのは当時、公園でよく鳩に餌をやっていた老人で、小学校の向かいに建つ安アパートにひとりで住んでいた。
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〈ミイラになる者はまず木食行をします〉
そんな字幕による解説のあと、座敷牢のなかでみるみる痩せてゆく鳩ジイの様子が早回しで映し出される。
やがて骨と皮だけになった彼を、今度は袈裟を着せて山中へと連れ出した。
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〈土中入定するときは手に鈴を持ちます〉
木棺に入れられた鳩ジイが、地面に空いた大穴へロープで吊り下げられてゆく。
一瞬レンズのほうを向いたその目がじつに悲しげだった。
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〈鈴が鳴らなくなって千日経ったら土を掘り返します〉
そこでついに妹が泣き出したので、俺は仕方なく彼女の手を引いて神社を後にした。
なので鳩ジイがどんなミイラになったかは、結局わからずじまいだ……。
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ところが妹は、その映画のことを一切覚えていないという。
「鳩ジイってさ、あたしが小学校を卒業した年にアパートで孤独死したんだよね」
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大家の息子と同級生だったらしく、妹はそのへんのことに詳しかった。
「骨折したまま動けなくなって、そのまま部屋で餓死したんだって。
発見されたときはミイラのように痩せこけてたってさ……可哀想にね」
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映像のなかの、怯えたような鳩ジイの目が思い出される。
今にして思えば、あれは怪我で動けず死を悟ったときの表情だったのかもしれない……。
作者薔薇の葬列
掌編怪談集「なめこ太郎」その八十一。