「ツマラナイなぁ」
僕がこのアパートに越してきて、1ヶ月。
隣の部屋の前を通ると、必ずと言っていいほど
「ツマラナイなぁ」
と聞こえる。
いかんせんボロの安アパートなので壁もドアも薄く、生活音が隣近所にダダ漏れなのだ。
しかし、ほぼ毎回ともなると、どれだけ退屈なのか興味をそそられるのが人間というもの。
ちなみに、隣に住んでいるのは気のよさげなオジサンで、通路などですれ違うと、よく挨拶をしてくれる。
男性にしてはお喋りな人で、大体いつもニコニコしている。
聞くところに寄れば、オジサンは奥さんと別居中なのだそうだ。
しかもその奥さんは1ヶ月前、行方不明になってしまったとオジサンは語った。
オジサンは奥さんの話をするときは、いつものニコニコ顔ではなく、どこか寂しそうな顔をしていた。
そんなオジサンだが、やはりいつ部屋の前を通っても
「ツマラナイなぁ」
と聞こえる。
ある朝ごみ捨てをする際、オジサンと会った。
「ツマラナイなぁ」
が気になってしかたがなかったので、
「毎日、オジサンの部屋からツマラナイ、と聞こえるんですけど…」
「あ、ごめん、うるさかった?気を付けるよ。ごめんね」
「いえ、そういうことじゃなくて、そんなに退屈なのかなって。」
「あー、そういうこと。
いやー、この歳になるとね、会社から帰ってきてもやることがなくてねぇ
何かいい暇潰しない?佐藤くん」
佐藤とは、僕の名字である。
「いやー、僕もよく分からないですねー。
あ、旅行とかどうですか?
きっと気分転換になりますよ」
「ああ、旅行ねー
行くんだよ、来週!
といっても、すぐそこの山になんとなくドライブしに行こうと思っただけだけどねー」
「それはいいですねえ」
その時はそれで終わった。
僕も
(そんなもんなんだなぁ)
という程度の感想しか持たなかった。
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その一週間後
『朝のニュースをお伝えします。
昨夜、○○県××市の△山から鞄に詰められた女性の腐乱死体が見つかりました。
第一発見者は犬の散歩をしていた近所にすむ男性で、被害者の女性は先月から捜索願いが出されていた、田中朝子さんということが判明し…』
何気なくつけたニュースで、朝っぱらから衝撃的な事件について流れた。
犯人は捜査中だそうだ。
そういえば、田中朝子さんって隣のオジサンの奥さん…じゃなかったっけか。
その奥さんが鞄に"詰められて"?
背筋に冷や汗が流れた。
もしかしたら、オジサンの部屋から聞こえてきていた"ツマラナイ"は、「退屈だ」という意味で使われていたのではなく、物理的に奥さんの死体が鞄に「詰まらない」という意味だったのではないか…
丁度その時、部屋のドアがノックされた。
「佐藤くーん」
ドアを開けると、隣のオジサンがいた。
いつもと変わらず、ニコニコしていた。
それが空恐ろしかった。
「はい、ドライブのお土産。」
「あ、ありが、とう、ござい、ます…」
…無駄に声が震えてしまう。
「大丈夫?何か声震えてるけど
いやー、外に出たらすっきりしたよ
"つまらなくなくなった"しね。」
「や、ゃっぱり、オジサンが」
「ふふふ、気づいてたか。
それじゃ」
カマをかけられた!
そう思った瞬間、オジサンはニコニコしながら包丁を取り出した。
「今度は朝子と違って、上手く詰めてあげるからね」
作者退会会員
こんにちは、こんばんは。にゃんころべえの5作目をお読みくださり、有難うございます。
拙い文章ですが、楽しんでいただけたら幸いです。