りんごのひとりごと(三題怪談)

短編2
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りんごのひとりごと(三題怪談)

“私は真っ赤なりんごです。お国は寒い北の国“

鏡の前で歌いながら、今日も私は紅を引く。

大正の頃は、何となく余裕があった。景気も良くて、世の中の雰囲気も明るかった。家族も温かく、安心できる居場所だった。そう言えば、鬼になった妹を救うために、どっかのお兄ちゃんが奮闘してるって話も聞いたっけ。

でも、今は昭和だ。世知辛く、重苦しい不安に満ちた世の中になった。みんな自分が生きるのに精いっぱいだ。私も自分の家族に売り飛ばされてここに来た。

「ごめんな」

父はその一言で私を売った。貧しい村では子供を売るのは普通だったから、両親も、爺ちゃんも、この私も泣かなかった。婆ちゃんと三才の弟だけが泣いた。それを見て私も少し泣いた。

“お顔を綺麗に磨かれて、みんな並んだお店先”

鏡の前で歌いながら、今日も私は紅を引く。

落ちるとこまで落ちて、鬼ならぬ生き地獄の亡者になった私を救ってくれるお兄ちゃんはどこ?

「そこの粋なお兄さん、遊んでかない?」

救ってくれる筈もない、格子の向こうの“お兄さん”に、今日も私は呼びかける。悪い冗談だ。

でも、とうとう現れたの!私を救ってくれるお兄ちゃん。将来有望な帝大の学生さん。私を身受けして、故郷に連れ帰ってくれるって。上野駅からお兄ちゃんと汽車に乗って、私は故郷に帰るんだ。もうすぐ家族みんなに会える。懐かしいリンゴの匂いが、もう私の周りに漂い始めてる。

「女郎に入れ上げた挙句に心中未遂か。最近の帝大生も落ちたもんだ」

「男は意識が戻りましたが、女は睡眠薬のせいで未だ昏睡状態です。気の毒に」

「店の主人もかんかんだぜ。こんな女、面倒見切れんから実家に送り返すってよ。実家だってクソ貧乏だろうに」

「植物状態の娘を返されて、どうするんでしょうね。でも、この娘、リンゴを顔の傍に持ってくと、幽かに微笑むそうです」

「リンゴで目を覚ますか。とんだ白雪姫ってわけだ、ハハハ」

「悪い冗談ですよ」

[了]

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