私はある日、友人と2人で本屋に参考書を買いに行っていた。買い物帰りにブラブラしていたら、1件のカラオケ店を見つけた。某有名店のいずれとも違う、古びた店だ。壁紙は全体水色一色で、所々剥がれている。
外では小学2、3年くらいと思われる年頃の子供たちが箱をピラミッド型に並べて店の中を覗いていた。不思議には思ったが、大して気にもとめずに、定期テスト終わりということで友人と中に入り、流行りの曲を歌った。
1時間半くらい歌い、そろそろ帰るかと立ち上がったが、私はメロンソーダの飲みすぎで尿意を感じ、友人とトイレに行くことにした。
トイレは汚く、潔癖症の私としてはなかなか耐え難いものがあった。
トイレの個室には閉まっているものがあり、トイレットペーパーをちぎってる音が聞こえた。(こんなトイレの便器になんか、座りたくはないや…)
私と友人がトイレを出るのと同時に、その個室の扉が開いた音が聞こえ、後ろを振り向くと大柄な坊主頭の男性がいた。
私の身長は185cmあったが、その私よりもデカい。
おそらく2mはあるだろう。いくら周りから高身長と言われても、2mの大男には目がいってしまうものだろう。しかし私の目を奪ったのはその身長ではなかった。
女の子が、いたのだ。
白いワンピースを着た女の子が。
もちろん困惑した。
けれど心霊懐疑派の私には、合理的に捉えようとする理性はまだあった。
男性が父親で、女の子のトイレを見守ってたのか、
もしくは女の子が外にいた子供たちに嫌がらせでもされていてトイレに隠れていたのかと考えた。
しかし違った。
よく見ると彼女は、足を動かしていなかった。空中浮遊のような感じだ。
私は意外にも恐怖を覚えることはなく、
「あ、幽霊って本当にいるんだ、死後はあるんだ、やったね」
なんて思っていた。
しかしその気楽さを、彼女は打ち破った。
カウンターの前にいた私と友人の姿をみつけ、こちらへ近づいてきたのだ。直立のまま、ものすごい速さで。
好奇心旺盛な私でも、さすがに「幽霊って早いんだ!すげえ!」なんて思う余裕はなかった。
だって死人のような顔色(いやまあ死んでるんだけど)、しかも真顔でものすごい速さで近づいてくるんだもの、人間であっても怖いよ。
気がついたら、女の子は友人の背後に回っていた。私たち二人は金縛りにあったみたいで、直立不動になって何も出来ない。そこで女の子は口を開いた。
「殺してやる」
古語のような言葉で、辛うじて意味は分かったがそんなことを言っていた気がする。もう恐怖で何を言われたかよくは覚えていないんだ。
友人は何とか首だけ回せるみたいで、後ろを振り返った。それと同時に両目をカッと見開いて倒れた。瞬時に「次は自分に来る」と分かっていた。そして案の定、気がついたら後ろにいて、先程と同じように、「殺してやる」と言った。
一瞬首が反射的に後ろを振り返ろうとしたが、
(振り返ったら友人と同じ目に遭う!)
と思い、正面を向いたまま、半年前ほどに何故か憶えた「般若心経」を唱えようとした。
しかし、金縛りによるものか恐怖によるものか、
体が酷く震えて声が出せなかった。
正確に言うと、声を出そうとしても、喉で音を生成できず、そのまま空気が口から出ていくんだ。まるで溺れかけた後に必死で呼吸しているかのようにね。
その間にも後ろからは「殺してやる、殺してやる」
のような言葉をと何度も何度も繰り返していた。
今できることは、こいつと目を合わせないことだけだと思い、ぎゅっと固くまぶたを閉じた。
声が近づくのがわかる。
ついには、ありもしないその「物体」の冷たささえ感じた。
その時一際強い「その言葉」を言い放ち、やつは消えた。金縛りも解けた。
それと同時に私は地面に手を着いた。店員も、外の子供たちもやってきた。
店員は友人のために救急車を呼んでくれて、
子供たちは私に向かってこう言った。
「お兄さんはメリーさんの呪い効かなかったんだね!」
その後救急車が到着して友人は運ばれ、私は子供たちにどういうことかを尋ねた。
彼らいわく、ずっと前からこのカラオケ店には、幽霊が出るらしく、その幽霊は必ず後ろまで移動していく。そして、後ろを見ようと振り返った者はたちまち気絶してしまう。
その様子から、子供たちはいつしか「メリーさん」
と呼ぶようになっていたという。それで、いつもこうして、メリーさんが現れるのをみんなで見ていたんだとか。
どうやらそのメリーさんとやらは、カラオケ店の外には出れないらしく(正確には出たのを見た事がないらしい)。私はとりあえ安心して帰路についた。
しかし翌日、メリーさんは現れた。私の学校に。
私は理系だが、やる内容によりクラスを分ける。私は上の階のクラスで授業を受ける組で、2時間続きの授業の少しの休憩時間に、別の友人と下の自分たちの教室に行って、化学のプリントを取りに行った。
プリントを取り、帰ろうとしたその時、メリーさんは現れた。ドアの向こうに立っていたんだ
私はとっさに扉を抑えた。それと同時に、ドアを開けようとする力が生じたのを覚えた。やつは霊体であろうはずなのに、物質である扉をものすごい力で開けようとしてくる。しかし、昨日と違ったのは、体が動くということだ、声も出る。
私は、クラスメイトの目も気にすることなく、ドアを押さえつけながら般若心経を唱えた。
ぶっちゃけ宗教なんざ信じてはいなかったが、効いたんだなこれが。
お経が効く幽霊と効かない幽霊がいるというのは本当のようだった。その仕組みも気になるがそれはまた別の機会に研究してみるとしよう。
それ以降も、3回はメリーさんが現れた。いずれも般若心経が効いてどっかに消えたんだよ。でも怖いものは怖いということで、お祓いに行ってきた。
お祓いを受けてから現れてはいない。そして、お祓いをしてくれたお坊さんが、件のカラオケ店のことを知っていたのだ。内容はこうだ。
戦国時代、あの付近は合戦場だった。(まあそれは知っていたが)。徳川と…あと一人誰だか忘れたが、戦った場所だ。中規模の戦闘とは言え千単位の人が亡くなった戦だった。
そのため付近には慰霊碑が建っていたり、明らかにやばそうな名前がついた公園とかもあった。斬首した敵兵の首を洗ってたとかなんかで。よくもまあその名称を変えずに令和の世まで続いたなとは思う。
まあそれはさておき、あの戦に赴いた武士の1人の子供が、父の部隊の後をつけて追いかけてきたらしい。まだ6つの女の子だ。
何が起こるかも理解していない女の子は近くの林からそれを眺めていた。
戦が進むにつれ、その武士のいる軍は段々と徳川軍に押され始めた。そしてついには敗れ、娘の目の前で父は捕らえられ斬首された。そして首は武功として持ち去られ、胴体は池に投げ捨てられた。
何があったのか理解できない娘は、父を助けようと池に飛び込んだが、泳ぎ方を知らないもので、そのまま溺れてしまい、数日後に水死体として、父の胴体と共に浮かび上がったそうだ。
陣を敷いていた武将の1人が、その女の子を視認していだか、子供一人のために動くことは出来ぬと思い留まったそうだ。その武将が後にその女の子の慰霊碑を建てた。
確かに、もう一度カラオケ店の近くまで行ってみたら、前回は気づかなかったがそのすぐ側に、父を思うやらなんやらと、描き綴られていた歌が彫られた慰霊碑を見つけた。
その下には、綺麗な白いワンピースが供えられていた。
私も、近くにあった花屋さんで花を買って供えた。これでメリーさん、いや、父思いの立派な女の子の霊が、鎮まってくれることを願って手を合わせた。
あ、ちなみに倒れた友人は翌日には目を覚ましており、「過労」と診断されていた。
作者詩雲_shion