中編5
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山の旅館

これは、私の母の知人から聞いた話です。

以下、知人の話。

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私は、会社の出張でとある地方に来ていました。

しかし、天気予報がまだ不正確だった時代。

大雨が、突然降ってきた。

書類も持ってるのに、ついてないなあこりゃあ…

もう日が暮れそうなのに、宿もまだ見つけていない…

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前方からタクシーが来た。

こんな山道なのにタクシーか!運がいいや!

タクシーに乗ってまもなく、雷も鳴り、一層大降りとなった。

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タクシーの運転手に、近くの宿を教えてもらおうと聞いてみた。

「ここら辺って…宿とかあったりしますかね?どこでもいいので近いやつに行きたいのですが」

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「あー…宿ですか…あるにはありますけど…すぐそこに」

反応は変な感じだったが、宿があるのならそれに越したことはない、そこに泊まろう。

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着いた宿は、少々古くさいが、まあ、山の中腹にあるにしてはなかなか良い旅館だった。

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私以外には客はいないようだ。

女将に部屋に連れて行ってもらった。

そこで、女将が変な事をするのだ。

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私の部屋は和室なのだが、入る前に襖で座り込んで手を合わせて何かを話している。

その時は疲れていたこともあり、大して気にしてはいなかった。

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部屋に入ると、そこは意外と大きな部屋で、1人で泊まるには十分すぎるくらいだった。

そこで女将から一言。

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「本室は現在、お風呂が故障しておりまして、すみませんが…ご入浴は大浴場の方までお願い致します…」

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「あ、はい、分かりました。」

返事をすると女将は夕食を準備してくると言って部屋をあとにした。

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夕食を待つ間、私は部屋を眺めていた。

ふと視界に入る大きな何か。

近づいて確かめる。

三面鏡だった。

もうすっかり見ることがなくなってきた三面鏡、祖母の家にあったなと懐かしんで眺めていた。

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三面鏡の左側に、一瞬人が映った。

女の人だ、確かに見た。

反射的に振り返るが誰もいない。

疲れてんのかな…?

あんまり気にせずにいると、女将がまたやってきた。

夕食を運んできてくれたのだ、なんともまあお早いこと。

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ドォォン

轟音が鳴り響く。

外はもう雷雨のようだ。

「……ボソボソ」

振り返ると、また女将が手を合わせて何かを言っている。

「あの…さっきからなんで手を合わせ…」

「失礼します…」

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言い終わる間もなく、女将は出ていった。

不気味とは思ったが、美味そうな夕食の前では、食欲の方が勝った。

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夕食も食べ終わり、「風呂にでも入ってこようかな」と思い部屋を出ようとした。

「そういえば…」と気になって、故障しているという風呂場を覗いてみる。

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驚いた、もう温泉ではないかというレベルで大きかった。

しかし、やけにホコリが多いなあ、ずっと故障しているのか。

ちょっと窓でも開けて換気するか。

窓を開け、風呂場を見回していると、あるものが目についた。

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御札…?

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温泉に入る前に、体を洗うだろ?その時大体は目の前に鏡がある。それだ。そこに1枚の御札が貼ってあった。

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なんで御札がこんな所に…?

そう思いながら近づいていく。

そして私は、そういうことには疎かったので、あろうことか御札を外してしまった。

その瞬間

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shake

ドォォン!!

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今日1番の雷が響いた。

(これは…やばいかもな)

馬鹿なりにそう感じて御札を元の位置に戻した。

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もう風呂に行く気も失せたので、寝ることにした。

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夜中、夕食に出たビールのせいか、尿意を感じ目を覚ましトイレに行く。

トイレから戻ると、闇に慣れた目で部屋を見る。

三面鏡が開いていた。

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あれ…?確か閉まってたよなあ…?あ、窓開けてたから風のせいかな?この三面鏡もボロいし。

勝手に納得して、さっさと閉めて寝ようと思って手を伸ばした。

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一瞬思考が固まった。

その何倍にも長く感じた時間の後に響く自らの悲鳴。

「うわあああああ!!」

血を流した女が鏡に映っていたのだ。

しかも、私の隣に座って…

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もう頭が考える前に体が動いていた。

逃げる。

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本能的に逃げている。

しかし頭が回らなかったせいだろう。

風呂場の方へ行ってしまった。

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女が足を動かさずに近づいてくる。

もう人間では無いことは確定した。

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女は、かすれているとも潰れているともとれるような低い声で私に言った。

「お前か…、お前か…」

その時はぶっちゃけ何を言ってるかなど考えてはいなかった。

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女は近づいてくる。

少しずつ少しずつ…。

風呂場で何かを踏んで転んだ。

御札……なぜ…貼り戻したんじゃ……

あっ…

気づいた。

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風呂場の換気のつもりで開けた窓から吹く冷たい雨風。

その雨風によって貼り戻した御札が剥がれてしまったのだ。

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もう追い詰められた…

私は風呂場の鏡の前で腰が抜けて崩れ落ちた。

「お前か…お前かあああ!」

と叫ぶ女。

私も心からの絶叫が出た。

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気づいたら既に朝で、目の前には女将やら神主がいた。

どうやら女将は事前に今日は何か起きるかもしれないと感じて、神主を呼んでおいたのだそう。

御札は新しいものへと変えられて貼られていた。

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状況が分からずにいると女将が話し出した。

「昔、殺人犯から逃げている女性が1人…この旅館へ逃げ込んだのですけど…たまたまその時は誰もおらず、旅館の奥へ奥へ逃げて辿り着いた部屋がこの部屋…そしてこの風呂場だったのです…」

「では…その女の人はここで…?」

「はい…この鏡の前で、犯人に滅多刺しにされて亡くなりました…鏡には、彼女の血の手形がくっきり残ったのです…それ以来…」

もう言わなくてもわかった。

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そんなことがあったとは…

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宿泊費は全額返され、お祓いをしてもらって帰った。

帰った後その事件を調べてみた。

26年前、確かにあの旅館で殺人事件があった。

犯人は未だに見つかっていないようだ。

なるほど、だからあの女の人は自分を殺した犯人を探して「お前かお前か」と言っていたのだな。

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なんとも言えない気持ちになった。

何はともあれ、あの旅館には二度と行くことは無いだろう。

そして、あの女の人には、早く成仏して欲しいものだ。その人にとっても、宿泊客にとっても

見た私は何週間も1人で夜中にトイレすら行けなかった。

これがトラウマなのだよな…

ちなみにその旅館は、今でもあるらしい…

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@アンソニー
いつもありがとうございます!
本当だったらシャレになりませんよねえ、、
自分だったら一生もんのトラウマですね、、

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