中編5
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ケンちゃん

僕が小学4年生だった頃、うちの親父は某新聞社から新聞を頼んでいた。

その時来てくれていた配達員のお話である。

その日はたしか大雨で、仕事がお休みだった親父と僕、そして弟と妹の4人は、家でゴロゴロとしていた。(母は買い物に出ていた)

するとインターホンが鳴った。

壁掛けのモニターから一番近かった僕は、ダルそうに立ち上がってモニターを見ると、雨でビッショりと濡れたカッパを着た、20代後半のにいちゃんが立っていた。

「お父さん。ケンちゃん。」

親父はムクッと立ち上がって、玄関へと向かった。

15分くらいだろうか。長々と話している。

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玄関先からチラッと見えるケンちゃんは、ちょっと不気味で、目をギョロギョロさせながらヤニで黄ばんだガタガタの歯を見せ、ニヤニヤとしていた。でも良い人そうだったし、当時の僕は彼を、どこにでもいるちょっと変な人。くらいにしか思っていなかった。

親父も親父で、ある日ケンちゃんが洗剤を持ってきてくれたのをキッカケに、新聞を取ってやる代わりに、何か生活必需品を持ってきてくれと図々しく頼んでいたが、新聞を取って貰えるならとケンちゃんも満更でもなさそうな感じで、毎回何かしら持ってきてくれていた。

玄関の閉まる音。帰ってきた親父がこんなことを言った。

「ケンちゃん。次3DS持ってきてくれるってさ」

まじかよ。。子供ながらも、なんだか申し訳ないなぁと感じた。PSP派だった僕はそこまで関心が無かったのに対し、新しいゲーム機を貰えるんだと、弟はとても喜んでいた。

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次にケンちゃんが来たのは、また大雨の日。この日は両親と妹は出かけていて、家には僕と弟しかいなかった。

インターホン越しのビチョ濡れのケンちゃんに、

「すみません。今両親共に出かけてるんです」

と伝えると、ケンちゃんは

「あ、あの。ゲ、ゲーム持ってきただけです」

と。

するとそれを聞いていた弟が、玄関までサーっと走って行き、扉を開けてしまった。

僕も急いで玄関に向かうと、ケンちゃんがニヤニヤしながら、ゲーム機の入っているであろう紙袋を弟に手渡していた。

「本当にいいんですか?…こんな高価なもの。」

「う、うん。その代わり、ゲ、ゲーム一緒にやろうよ」

僕は一瞬思考回路が止まってしまった。

え?俺ら小学生だし、ケンちゃんもう大人なのに…?などと湧き出る疑問に頭が一杯になっていると、弟が二つ返事で、うん!と答えてしまった。

それを聞くなり、ケンちゃんは嬉しそうに遊びの日程を立て始めた。

まあ、親父とも仲良くしてたし。大丈夫か。

しかし頭のどこかで少し不安だった。

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3ヶ月くらい経った時だったと思う。

弟が一人で出かけることが多くなった。

昼の3時から夕方6時くらいまでどこかに遊びに行っていた。

この頃の僕らは一緒に遊ぶことが多かった為、一人でそそくさと出て行く弟に、

「どこいくん?」

と聞くと、

「ケンちゃんとゲームする」

と返ってきた。

「え、ケンちゃんと?二人で?」

「うん。二人だよ。マンションの下でゲームすんの。お兄ちゃんも来る?」

「そっか。。いや、俺は良いや。いってらっしゃい。」

弟は3DSを片手に家を出て行った。

心配だった僕は、親父が帰ってきた時にこの事を話した。

すると親父はちょっと神妙な顔をし、

「次ケンちゃん来たら言うわ。」

と。

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その日の晩御飯の時、親父は弟にケンちゃんのことを聞いた。どこで何して遊んでいるのか。変なことはされてないか。などなど。

弟は、ゲームしてるだけだよ。特に何もされてないし、大丈夫だよと答えていた。

親父は眉間に皺を寄せていた。

それ以降、親父はケンちゃんに冷たくなった。

たびたび怒鳴っている声も聞こえたし、口論になっている時もあった。

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そしてある日。

ピンポーン。

インターホンがなるや否や、親父が玄関へと向かう足音が聞こえる。

外は土砂降りの雨。雷も鳴っている。

玄関横の子供部屋から聞こえる親父とケンちゃんの声。何を話しているのかまでは聞こえない。

僕はとても複雑な気持ちだった。

弟と遊んでくれていた優しい大人。その反面、変なことに巻き込まれ手遅れになる前に手を打ちたい親父の考えも理解できた。

しばらくすると、話を終えた親父が部屋に入ってきた。

「もうケンちゃんとは遊ぶなよ。」

弟は少し悲しそうな顔をすると、はい。と小さく答えた。

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それ以来、ケンちゃんが家に来ることはなくなった。きっと親父は新聞を取るのをやめたんだろうと思った。

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月日は流れ、僕が高校一年生の時。

卒業した中学校の目の前にあるコンビニでアルバイトをしていた僕は、レジでタバコを詰めていた。入店チャイムが鳴り、男の人が一人入ってきた。

「いらっしゃいまs」

言葉が詰まった。ケンちゃんだ。間違いない。

ボロボロの服、だらしなく伸びた髭、やつれた顔と黄ばんだ歯。カゴを手に取ると、お酒コーナーへと向かった。

レジ対応したくなかったが、その時間帯は一人勤務だった。

ケンちゃんはカゴをレジに置くと丁寧に、お願いします。と言った。

しかし僕の顔をチラッと見ると、一瞬動きが止まった。

やばい。バレたか。。

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次の瞬間。耳をつんざく様な大声で怒鳴り散らかされた。驚きで心音が上がり何を言っているのかは聞き取れない。

口からほとばしる唾が、僕の顔や服に降りかかった。

僕は怖くなって、事務所へと駆け込んでしまった。

監視カメラ越しに、レジ前に立ち尽くすケンちゃんが見える。しばらくケンちゃんは大声で怒鳴っていたが、二人組の職人さんが来店すると、そそくさと帰って行った。

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当時の僕や弟は気にならなかったが、今になって、30手前の大人が、赤の他人である小学生と二人きりで、仄暗いエレベーターホールの中でゲームをしていたと考えると、怖いなと感じる。

無垢な子どもをたぶらかし、性犯罪を行う大人も多いこの世の中。

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彼は善意でやっていたのか、それとも親父が子供を犯罪から守ったのか。

その真相は謎のままである。

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