中編4
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永遠の子供

カーカーとカラスが鳴く夕暮れ。坂木優子は人気の全くない薄暗く寂しい森の中を不機嫌そうな顔で歩いていた。

(はぁ…何で私が家から一番近いってだけで、ニナのとこにプリントを届けなきゃいけないのよ。)

ニナこと黒部ニナは、一ヶ月前___転校の時期には珍しい11月に優子が通っている御桜高校の2年3組に転入してきた女子だ。

派手で明るい女の子というイメージが連想される名前とは裏腹に高校生とは思えないくすんだ肌、手入れが全くされていない腰まで伸びたボサボサの髪、ビン底メガネをかけている。クラスでは苛められてこそいなかったが、早くも浮いている存在になっていた。

そうこうしているうちにニナが住んでいるらしき家が見えてきた。優子はその家の姿に一瞬、言葉を失った。

(うっわ、ボロすぎ…。こんなとこに人、すめんの?)

一部は倒壊し、あらゆる所が草に覆われ、元は美しい木の色であったであろう壁は黒く汚く染まっており、窓のガラスは全て割れている。何も知らない人が見たら廃墟としか思わない荒れ果てた家だった。

優子はあまりの惨状に顔をしかめながら、辛うじて形を残しているドアを叩く。

「す、すみません…。黒部さんのクラスメートの坂木優子です…。プリント届けに来ました…。」

数秒の時間の後、「はい。」と声がし、苦しげな音を出しながらドアが開いた。出てきたのは7歳ぐらいであろう目のパッチリとした可愛らしい少年だった。てっきりニナかその両親が出ると思っていた優子は、大いに戸惑った。

「え、えっと……アンタ、黒部さんの弟?」

「……ええ。」

少し間を開けて少年が無表情に頷く。優子は目を凝らし、少年を改めて見た。

(あのビン底メガネ女のニナと違って、スゴい可愛い!本当にあのニナの弟って感じ!こんなところに住んでいるのが勿体ないよ。)

そう思っていると少年が

「ニナに会いますか?体調はもう良くなったようなので…。」

と優子に言ってきた。ニナと関わりたくないと思った優子は断るための口実を探していると

「……坂木さん?」

いつの間にかパジャマ姿のニナが優子の前に来ていた。ニナが来ていたことに初めて気づいた優子は驚く。

「えっ…黒部さん?」

「ニナ。いくら体調が良くなったとはいえ、パジャマで外へ出てはいけないよ。着替えてきなさい。」

「はぁ…分かった…。」

まるで親のように弟のはずの少年はニナに注意をした。異様な光景に優子の頭に沢山のハテナマークが浮かんだ。ニナは渋々とした足取りで家のなかに戻っていく。

「え、えっと…しっかりしていますね。」

この少年、ただ者ではないと悟った優子の口調は自然と敬語となる。強い風が吹き、一瞬寒くなった温度で優子はくしゅんとクシャミをした。

「今日は少し暖かいとはいえ、もう冬ですからね。…家のなかに入って話しましょう。」

プリントを渡してそろそろ帰ろうと思案していた上に、こんなボロ家に入りたくないと思った優子は「結構です。」と言おうとしたが、少年が優子の腕を引っ張り、強制的に薄汚いボロボロの家に入らされた。

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家の中は所々穴が開いている、崩れているというところを除けば綺麗で普通の内装だった。

リビングらしき所に連れていかれた優子は、少年に「ここにどうぞ。」と言われた椅子に座る。

ニナがリビングに現れた。優子は少しでも早く帰れるようにするために、ニナが何か言おうと口を開けた瞬間にプリントをサッと差し出した。

「く、黒部さん…プリント…。」

「あっ…ありがとう。えっと…ここまで来るの大変だったでしょ?本当に…ありがとう。」

ボソボソと感謝を伝えられる。その様子を少年が表情こそ無表情だが、微笑ましそうに見ていた。優子はそれを何故か気味悪く思い、尚更早く帰りたいと思った。

「じゃ、じゃあ私帰りま…。」

「お礼といっては何だけどご飯食べていかない?お父さん、とっても料理上手なんだよ。」

優子の言葉を遮り、少年を見ながらニナがそう言った。優子の頭の中でニナが言ったある単語に引っ掛かった。無意識に口に出る。

「お父さん?」

「……あっ!」

ニナがしまったというように口を塞ぐ。みるみるうちに顔が青ざめていく。優子はまさかと思いながらもニナに聞く。

「その子…弟じゃなくてお父さんなの?」

「…ああ。」

答えたのはニナではなく、弟と思っていた少年だった。優子は「どういうこと!?」と思わず叫んだ。ニナが悲しそうに

「お父さんは不老不死なんだよ…。」

と言った。不老不死。永久に若く死なないこと。あの時見せた少年の幼い見た目と不釣り合いの……まるで親のような態度。優子の頭の中で全てが繋がった。

「……私とお父さんは血が繋がってないんだけどね。ずっと私を大事に育ててくれたの。だから…お父さんに酷い言葉はかけないで。」

ニナはボソボソとした喋り方ではなくハッキリと言う。色々なことが一気に頭を占めつくして優子は何も言えなかった。

(あの少年がまさか義理とはいえニナのお父さんだったなんて…。不老不死の人なんて本当にいたの?)

どれぐらい時間が経っただろうか。ガラスの割れた窓から冷たい風が吹き込む。少年がすっかり暗くなった外をチラッと一瞥し優子に

「…もう、暗くて危ないから気を付けて帰りなさい。」

と言った。優子は無言で頷き、ニナ達が住んでいる家から暗闇の中へ歩いていった。

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それから一週間後。ニナが『家の都合』で転校していった。あまりにも早い転校にクラスでは様々な噂が流れたが、優子は一人こう思っていた。

(きっと、私だけとはいえ「お父さん」のことがバレちゃったからなんだろうな…。)

優子の脳裏に、あの「親子」の姿がちらついた。

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