2年前、派遣コンビニバイトからの要請で、埼玉県のとある田舎に3ヶ月ほど行った時に体験した話である。
そのコンビニは駅からも遠く、車で行かねば辿り着けないような山道の中腹にあり、紅葉シーズン以外は人もそれほど来ない、店員にとってはかなり暇で、楽すぎる職場だった。
コンビニバイトでは珍しいが、場所が場所ということもあり、車で5分ほどの所にオーナーの別荘があるため、そこに住み込みの案件だった。
宿泊費と食費込みの生活費は全て負担してくれるとのことだったので、かなり贅沢しながら、ラッキーと感じていた。
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店の運営は基本オーナーと俺だけ。
たまにオーナーの奥さんが入ることもあったが、本業が忙しいらしく滅多にみることはなかった。店は朝9時から23時まで。
現代でも24時間やってないコンビニは意外とある。
客数は驚異の3時間に1人程度。
近隣に住むご老人が、ホット飲料を買いに来るくらいだった。
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全体的に満足だったが、少し気味が悪かったのは、店の真裏にズラッと並ぶお墓に、墓参りができそうな通路がなくて、墓の両隣にすぐまた墓といった感じで、辺り一面に墓石が敷き詰められていた。
今思えば、実に奇妙な作りをしていた。
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働き始めて1ヶ月が経とうとした時。
俺はあることが気になってしまった。
これだけ客が少ないコンビニに、何でわざわざ派遣バイトを寄越すのだろうか。
まだ40代くらいのオーナーとオーナー妻で十分回せるし、なんなら人件費の方が高くつくのではないか。
そして、交代の時にオーナーに聞いてみたんだ。
そしたら、
「え?〇〇君、知ってて来たんでしょ?」
「何をですか?」
「ここね、1人で8時間以上いちゃいけないのよ。おかしいな…募集要項にちゃんと書いてあるはずなんだけど…」
その場でスマホを取り出し、この店の募集要項欄に目をやる。
『とある事情により、わたくしオーナーを含め、スタッフは8時間未満の勤務が厳守となります。』
たしかに書いてあった。
住み込み+生活費負担という欄につい目がいってしまい、この部分は読み忘れたらしい。
たしかに、9時-16時の勤務で、15時半にはオーナーが到着していて、16時ちょうどにはちゃんと帰してくれるホワイトな職場だとは思っていたが。
「私も君も、8時間以上はいちゃいけない。だから派遣を雇っているんだよ。もちろん、募集要項を了承してくれる人だけどね。気になるだろうが理由は教えられないんだ、すまない」
そう言うと、オーナーは店を後にした。
俺はというと、もちろん8時間以上居てはいけないことが気になって仕方がなかった。
しかしながら、この素晴らしい待遇の前には、8時間以上居てみようなどという好奇心は消え失せ、気付けばあと3回の勤務を残すだけとなった。
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その日はオーナーが高熱のため身動きが取れず、朝から16時までオーナー妻が入り、俺は16時-23時の枠に入ることになった。
いつもと仕事は違えど、客が少ないため何の問題もなかったが、16時にはもう外は真っ暗で、冬だったため虫の鳴き声すら聞こえない、薄気味悪い雰囲気だった。
交代の時、オーナー妻は、
「22時半前には店閉める支度し始めちゃっていいからね。必ず23時にはお店の鍵閉めて外出てること!いい??」
と念を押して来たが、普段の優しげな人柄が想像もできないほど強い口調だったので、少しビビった。
俺もあと3回の勤務で、変な事件に巻き込まれたくなかったから、彼女に逆らう気は毛頭なかった。
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その日の客は20時ごろに醤油を買いに来た近所に住むお婆ちゃん常連のみ。そのお婆ちゃんにこのお店の例の噂について聞いてみた。しかしお婆ちゃんは何も答えることなく、買い物を済ませるとそそくさと帰っていった。
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22時45分になり、閉店作業を済ませてレジ点検をしていると、大型トラックが駐車場に止まった。4人の職人が談話しながら入店する。
そのうちの1人が、
「店員さーん!トイレ貸してえ〜」
と聞いて来たので、どうぞーと声をかけた。
(チッ、もう閉店の時間なのにタイミング悪りぃなぁ、)と内心思ったが、まあすぐ出てくるだろうと点検を続けた。
その思いも虚しく、職人は15分出てこなかった。他の職人たちの会計も済ませ、身支度をし店を出ようとした時、
不運にも腹痛に襲われてしまった。
クソっ、このタイミングで?
時計に目をやると23時5分。
どれだけ飛ばしても4.5分はかかる別荘まで、到底もちそうもなかった。
こういう時に限って出が悪い。
誰しも一度は経験するだろう。
どうでもいいタイミングに限って快便なのに…
焦れば焦るほど便意は失せつつあるが、腹痛はやまなかった。
時計を見た。
23時25分。
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バタバタバタバタバタバタ
扉の外から、誰かが店内を走り回る靴音が聞こえる。音から複数人いることがわかった。
これはいよいよやばくなってきたかと感じた。
なぜなら、トイレへ駆け込む前、閉店の看板を入り口に設置し、ドアには鍵をかけて来たからだ。
誰も店の中に入れるはずがない。
入れたとしてもオーナーかオーナー妻だけのはずで、3人以上の足音が聞こえるのは明らかにおかしい。
恐怖で便は引っ込んだが、外に出られる状況でもなかった。
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プルルルルルルルル
スマホが鳴った。オーナーからだ。
するとその音を聞きつけたのか、足音がピタッと止まり、一斉にトイレへと向かうのが聞こえた。
俺はトイレの鍵が閉まっていることを確認し、電話に出た。
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「もしもしオーナーですか!?やばいんです!トイレ入ってたら店閉めたはずなのに店内から足音が聞こえて…今の着信音でそいつらトイレまで来ちゃったっぽいです…」
「€○%#>〒→¥#¥÷%・+><・:〆」
オーナーは何か言っているが、一文字も聞き取れない。まるで会話をジャミングされているようだった。そしてすぐプツっと切れてしまった。
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時間を見た。
23時58分。
俺にはもう残された道が一つしかなかった。
死ぬもんか。絶対生きてここを出てやる。
俺は鍵を開けドアを蹴飛ばし外に出た。
外には誰もいなかったが、なぜか床がビショビショに濡れていて、転けてしまった。それでもすぐに立ち上がると、全力で入り口へと向かったが、思わぬ光景に目が点になった。
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レジにオーナーとオーナー妻が居たのだ。
それもあっはっはと笑いながら。
「〇〇君。ごめんね!どうしてもこんな奥地まで来てくれる派遣バイトが見つからなかったから、ちょっと興味をそそられそうな仕掛けを用意してみたんだ!つまりアレは作り話ってこと!」
「〇〇君たら本気で信じてくれたから、面白くなっちゃって(笑)ごめんねえ〜」
全身の力が抜けた。
あまりにホッとしたので、思わず笑みが溢れる。
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「んもーーー!本気でビビったんですから!!!あー怖かった!」
「ごめんごめん(笑)さ!お給料渡すからこっちにおおで。」
「こっちおおで。おおで。おおで。」
「んもう、おおでってなんすか?方言すか?埼玉の」
「いいからおおで。おおで。こっちこっち」
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ドンドンドンドンドン
入り口の扉を叩く音。
見るとオーナーが外から叫んでいる。
ドアを叩きながら。
バチンと店内の電気が消え、一瞬で辺りは常闇へと変貌した。
その後、どうやって俺は生き延びられたのか、あのコンビニやオーナーたちはどうなったのか、一切記憶にない。
作者ぎんやみ