体重計の電源を付けると、0という数字がTさんの目に飛び込んだ。
体重計は今か今かとTさんが乗るのを心待ちにしているようだった。
できることなら今すぐ、体重計なんか粗大ゴミに捨ててやりたい。Tさんは体重計の前で煩悶する。
だが、現実を見ようとしなければ変わることはできない。
Tさんは深呼吸し、決意を固めた。
よし
天井を仰みるようにして、体重計へと一歩を踏み出した。
─二秒─三秒─四秒─、沈黙が過ぎていく。
Tさんの視線は天国から地獄へと、天井から体重計へと落とされた。
Error
エラー表示。
計れていなかった、ようだ。
ほっと胸を撫で下ろすTさん、と同時にTさんは少し情けなくなった。
さっき決意したではないか、現実からは目を逸らさないと。
エラー表示に胸を撫で下ろした自分に腹が立ってきた。
体重計の電源を付け直すと、再び0の表示がTさんの前に現れる。
しかし、先ほどように怖気付くようなことはなかった。
今度ははっきりと目盛りを直視しながら、Tさんは体重計に両足を乗ける。
0 17 23 31 45 52 67 71 78 87
どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん。
目盛りがありえないスピードで推移していく。
91 102 145 165 179 182 197 200
Error
なんで?
それはまるでエレベーターに乗り合わせるように。
次から、次へと。
体重計へ、人が乗り込んできたように感じ。
全身の毛が総毛立ち、スゥーッと血の気が引く。
貧血の症状のようにクラッと立ち眩んだTさんは、その場にへたりこんでしまった。
体重計に覆いかぶさるような姿勢でTさんは呼吸を整える。
ゆっくりと、吐いて、吸って、吐いて、吸って。
しばらくすると血が巡りはじめたのか、Tさんは現状を把握する余裕ができた。
自分の手の平は煤けて黒ずんでおり、おまけにやけに焦げ臭い。
つんと鼻を突くような匂いに、思わず視線が吸い寄せられた。
体重計があった。
体重計は煤に塗れたように黒ずんでいる。
いや─。
赤ちゃんほどの足跡。
赤ちゃんほどの小さい足跡。
黒ずんでいると思ったのは、その足跡が無数につけられていたのだ。
Tさんは今でも、この出来事がトラウマなのだという。
このことをきっかけにある決心したのだという。
もう、やらない。
もう、やらないんだ。
もう─。
子供は、下ろさない。
そう、決心したという…。
作者Yu