子供のころに外国人を初めて見たときは、天狗は本当に実在していたのかと驚愕したものだった。
酔っ払って顔を真っ赤にした鼻の高い生き物、子供心にはそれが天狗に思えたのだ。
その人はよく家を訪ねてきては、父と二人だけの静かな酒宴を催していた。
ふだんは無愛想な父がそのときだけ無邪気に笑っていた。
その人はお酒をあおっていくうちにやがて天狗へと変身を遂げる。
父の顔色もそのころには真っ赤なのだが、それは天狗というよりもどちらかといえば鬼だった。
酔っ払った父の目は血走っていて、私はそれが心底恐ろしかった。
これが幼いころの思い出。
父についての思い出の全てだと言っていい。
それ以外に思い出はなかった。
来年の春、私は高校生になる。
今までは自室で勉強していたのであったが、その年は父の書斎を勉強部屋として使うことにした。
今まで以上に勉学に集中するために、それがベストな環境だと考えた結果だった。
母によれば、仕事中の不慮の事故により父は亡くなったらしい。
父はどんな仕事をしたのかと尋ねても、なぜか母は教えてくない。
母は頑なに喋ろうとしなかった。
私に決して嘘をつかない母のその態度をみるに、何か言うことのできない事情があるのは確かだろう。
私はそれ以上、追求はしなかった。
だが思わぬきっかけから、これは進展を見せることになる。
それは書斎で勉強をしていたときのことだ。
かつては書斎に本が溢れていたのだが、今ではそれらの全てが段ボール箱で埃を被っている。
空っぽの本棚に囲まれながら、私は参考書の問題をだらだらと目で追いた。
わからない
いざ参考書というものを買ってみたのだが、これは学校の教科書と何が違うのか。
わかりやすい、それが売りなのだろうか。
だが、その違いも判別できないほど私は頭は出来が悪い。
受験なんて無くなってしまえばいいのに、そんな独り言をぶつくさと呟く。
全てを投げ出すように伸びをした私は、ふと天井にうっすらと浮かぶものが目に付いた。
模様?
椅子に飛び乗った私は、もっと顔を近づけて確認した。
羊と星
どこかで見たことがある紋様だった。
私は椅子に座り直しながら、Googleで検索をかける。
羊 星 模様 検索
時が止まったように、私は呼吸するのを忘れた。
悪魔崇拝
検索して出てきたものは、そんな言葉だった。
書斎に緊張の糸が張り詰めた気がして、私の全身は刹那に総毛だった。
いったい…。
父はいったい…。
父はいったい、何者なのか…。
作者Yu