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長編13
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クレームの電話 2/3

新宿の事務所から品川ベイサイドマンションまでは車で30分程度、先輩と俺は夜の11時過ぎに会社を出て、社用車で現地に向かった。

電車で行った方が早いけど、騒音の調査が終わって帰る頃には多分もう終電の時間を過ぎてる。

タクシーで帰っても当然経費で落ちるだろうけど、夜の0時に入居者宅に訪問なんて普通に考えて只事じゃない。経費申請の時に課長から事の経緯を突っ込んで聞かれるだろう。堅物の課長に説明するのは面倒臭そうだ。

だから車で行こうと俺から提案した。

ただこの場合、調査が終わったら俺は先輩を家まで送り届けてから自分の家に帰ることになる。

自分から提案したとは言え、先輩から頼まれて同行しているのに俺の負担が大きくないか?

とそんな器の小さい考えは、男として口に出すまいと思いながら助手席の先輩の方を見ると、まだ出発して間もないというのにクークーと寝息を立てているからびっくりした。

先輩、こんな面倒ごとに人を巻き込んでおいて、自分だけ助手席で寝るなんて、いくら天然だからってちょっと良識に欠けてませんか?

このまま目的地に着いてもまだ寝続けているようなら、俺にセクハラの一つや二つされたところで文句を言う権利はないってことでよろしいんでしょうか?

俺は驚きと怒りのあまり完全に犯罪者的思考に陥っていたが、先輩は計ったかのように目的地に到着する直前に目を覚ました。

マンションの目の前のコインパーキングに車を停めると、

「約束の0時にはちょっと早いけど、もう行こっか。とっとと終わらせて早く帰ろうよ」

そう言って先輩は車を降りた。

俺も続いて車を降りて、後部座席に置いておいた菓子折を取り出した。

「おおぅ、さっむい。」

先輩がおっさんみたいな声で呻いた。

風はあまりないが1月の夜は流石に冷える。

先輩と俺は小走りでマンションのエントランスに向かった。

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701号室のインターホンを鳴らす。

程なくしてドアが開き入居者が出てきた。

電話の声からして若いのかと思ってはいたが、実際会うと10代と言われても納得するくらいの見た目の女の子だった。実年齢は会社の名簿を確認してこなかったので分からないけど。服装が上下スウェットの部屋着だったので尚更幼く見える。

「あ、お二人で来られたんですね」

入居者が俺の顔を見て言った。

先輩の他に俺も来るとは伝えてなかったんだろう。

女性としてはこんな時間に知らない男が家に来るなんて、きっと嫌だろう。

入居者が不快ならば仕方がない、俺だけここで帰るのもやぶさかではない。

しかし先輩が、二人で調査したいことがあったので連れてきたと説明すると、先輩と俺はすんなり部屋の中に通された。

単身者向けのマンションなので、間取りはどの部屋も同じ、少し広めの1Kだ。

入居者の見た目から、ピンク色のラグとか、可愛らしい小物が溢れる部屋を想像したけど、予想に反して中はアースカラーでシンプルにまとめた落ち着いた雰囲気の部屋だった。

俺は女の子の部屋であまりキョロキョロしていると不快に思われるかもと思い、出来るだけ視線を動かさないように緊張しながら奥に進んでいった。

先輩がキャビネットの上に並んでいる化粧品を見て、

「わぁ、凄い。いいやつ使ってますね」

と声を上げた。

俺は化粧品のことは全く分からないけど、いいやつ使ってますねって、高い化粧品使ってますねって意味だろうか?だとしたら何だか失礼と取られそうな気もするけど。

もしかして女性同士なら化粧品の話は絶対打ち解けられる鉄板ネタなんだろうか、それとも先輩のいつもの空気読めない発言なのか。

「……えぇ、まぁ」

入居者が少し困惑気味に答えた。どうやら後者だったみたいだ。

これから事故物件のことや騒音のことなど、ややこしい話をしなければいけないのに、無駄に入居者の気分を害すのはやめて欲しい。

余計なことを言わないように先輩の方を見て、目で牽制した。

俺は気を取り直し、あらためて隣の702号室で8年前に死亡事故があったことを入居者に伝え、契約時にその事を知らせなかった理由として、8年前当時の担当者が退社していて引き継ぎが上手く出来てなかったという嘘の言い訳を述べて、謝罪して菓子折を差し出した。

入居者はしばらく黙っていたが、

「それはもういいんですけど、本当に事故のことは詳しく分からないんですか?」と聞いてきた。

ひとまず損害賠償とか、そう言う話をする気は無さそうなので安心した。でも何でこの子は事故の内容にこんなにこだわるのだろうか。

「申し訳ありません。私たちも死亡事故としか知らされていないので詳しいことは分からないんです。ただ管理会社の担当者が言うには、自殺や殺人事件であればそう記録されるそうなので、事件とかではなくただの事故なんだと思いますよ」

俺の返答を聞いても、入居者は目線を下に落としたまま何も言わない。

まだ完全に諦めてくれてはいないようだ。

「例の音、そろそろ聞こえる頃ですかね?」

沈黙を破って先輩が入居者に問いかけた。

「そうですね、大体いつもこれくらいの時間から始まります。ほぼ毎日なんで多分今日も聞こえると思います」

ほぼ毎日か、それは相当ストレスだろうな。

事故物件のことについて、年下の女の子に誠実とは言えない対応をしている罪悪感もあったし、こんな時間にわざわざ来たのだから、出来るなら音のことは解明してあげたいと思った。それが普通に理解出来るような現象なら。

「どうする?どっちが702号室に行く?」

先輩が702号室の鍵をコートのポケットから取り出して言った。

「隣の部屋の鍵、持って来たんですか?」

入居者が少し驚いた表情で聞いてきた。

「はい、借りて来ました!」

先輩が笑顔で答える。

確かに、当初両方の部屋から同時に音を聞くという計画で俺は連れて来られたわけだけど、俺の頭にはここに来てある考えが浮かんでいた。

「でも思ったんですけど、もし仮にですよ、騒音が702号室で起きた死亡事故を起因としているなら、つまり、平たく言うと幽霊の仕業なんだとしたら、702号室に人が入ることで、幽霊が音を出さなくなるなんてことも考えられるんじゃないでしょうか」

大の大人が真面目に「幽霊が」なんて言ってるのは正直恥ずかしいけど、口に出さないだけでこの女の子もそう考えているはずだ。

「…確かに、そう言うこともあるかも知れないですね」

入居者がまともに受け止めてくれてよかった。

「なので、まずはこの701号室で音が聞こえるのを待って、音が聞こえたら702号室に入って音の出所を探るっていう手順で行こうと思うんですが、よろしいですか?」

「はい、その手順でいいと思います」

俺と入居者とのやりとりを黙って見ていた先輩も、とりあえず702号室へは今は行かないということは理解したようで、鍵をポケットにしまった。

  

701号室で音が聞こえるのを待つこと15分

「聞こえないねぇ」

ずっと黙っていた先輩が少し不満げに呟いた。

たったの15分ではあるが、何もしないで待つにはかなり長く感じてしまう。

「すいません、いつもはこのくらいの時間には音が聞こえるんですけど」

設備の不具合などのクレームを受けて入居者宅に訪問すると、その時に限って不具合が起きないなんてことはよくある。

せっかく来たけど今日はハズレなのかも知れない。

「壁を引っ掻くような音って、やっぱりこっち側から聞こえるんですか?」

俺は隣の702号室に接している方の壁に手をかざして尋ねた。

「はい。最初はカリカリって、小さな音から始まって、だんだん激しくなっていくんです。最後の方はガリガリガリガリガリガリッって力一杯引っ掻いてるような感じになった後、急に静かになるんです。でも暫くするとまた、カリカリって始まって。ちょうどそこの辺りの壁から聞こえるような気がします」

入居者が、座っている俺の真横の壁を指差して言った。

「そうですか、それが毎日じゃ気が滅入りますよね」

俺は平静を装って相槌を打ちながら、何気なく腰を上げて壁から離れた。

「あと鈴田さんにはお話しましたけど、最近は違う音も聞こえて来て」

「聞きました。何か重いものを引きずって歩く様な音でしたっけ?」

「はい。隣の部屋もここと同じ間取りですよね。多分隣の部屋の端から端へ、ゴゴッ、ゴゴッって何か重いものを引きずる様な音が、ゆっくりと何往復も移動してるんです。それがずっと続いて、3時過ぎくらいになると、今度は引きずる音が部屋から出て行って」

「それで、この701号室の玄関の前まで来るんですか」

「そうなんです。うちの玄関の前で音が止まって、そこからは音がしなくなって、それで恐る恐るドアスコープを覗いて見たんですけど、何も見えませんでした。怖くて、ドアは開けられなくて…」

淡々と説明しているが、実際その音が聞こえているときはかなりの恐怖なんだろう。話終わった入居者は俯いて、小刻みに震えている様にも見える。

俺自身、ただ話を聞いているだけで変な汗が出て来ていた。

「やっぱり私、隣の部屋見て来ますね」

先輩が、今の俺と入居者との会話を全く聞いていなかったのかな、と思ってしまうほどカラッとした声で言って立ち上がった。

「このまま待ってても聞こえてこなさそうですし」

そこまで長い時間待っていたわけでもないけど、確かにこのまま何もせずにただ待っていたのでは、いったい何時に帰れるか分からない。

「もし音が聞こえたら私の携帯に電話して。私も聞こえたら電話するから」

先輩は俺にそう言って部屋を出て行った。

入居者が、少し困惑した様子で俺の方を見ている。

しばし沈黙が流れたあと、痺れを切らしたように問いかけてきた。

「あの、鈴田さん一人で行って大丈夫なんですか?」

入居者の言いたいことは何となく分かる。

この状況で事故物件である702号室を見に行くのは、先輩ではなく、男の俺の方ではないのかと、あれ?お前そのために来たんじゃないの?と、普通は考えると思う。

でも男だと言っても、やっぱり怖い。

「えぇ、多分、大丈夫だと思います…」

入居者が更に不信な顔で俺を見てくる。

視線が痛い。

「あ、やっぱり私も隣行って来ます」

俺はそう言って身を縮めながら701号室を出た。

マンションの共用廊下に出て、重い足取りで702号室の前まで来た。

ドアノブに手を掛けようとして一瞬止まる。

怖い。

中に先輩がいると分かっていても入るのを躊躇う。

一人だったらドアを開けることさえ出来なかったかもしれない。

恐る恐るドアを少し開く、

その瞬間、違和感を感じた。

室内が暗い。

頭を突っ込んで室内を覗き見てみる。

やはり、照明が一つも点いていない。

ドアを大きく開くと、共用廊下の明かりが室内に差し込んだ。

朧げながら、奥の部屋の様子が見える。

部屋の真ん中に人影が見えた。顔は見えないが服装から先輩だと分かる。

真っ暗闇の中で、ただ佇んでいる。

「先輩?」

声をかけたが返事がない。

胸騒ぎがした。

考えるより先に、俺は室内へ駆け込み先輩の肩を掴んだ。

「先輩!?どうしたんですか?大丈夫ですか!?」

真っ暗で、近づいても先輩の顔がよく見えない。

しかし拍子抜けするような、いつもの調子の声が聞こえた。

「おおぅ?なんだよう。大きな声出さないでよ、聞こえてるよ」

俺はホッとして先輩の肩から手を離した。

でもこんな真っ暗闇の中で一人で突っ立ってるなんて、ましてや毎夜怪音が鳴り響くという曰く付きの事故物件、どう考えても普通じゃない。心配して当たり前だ。

「ブレーカー上げたんだけど、通電切られてるみたいで、電気つかないんだよね」

先輩が照明が点かない理由を説明した。

空き家の期間が長く続くと、電気の供給が断たれるのでブレーカーを上げても電気はつかない。

「それで、こんな真っ暗なところで音が聞こえるのを待ってたんですか?」

「え?うん、だってつかないんだから、しょうがないよね」

あまりに普通のテンションで言ってくるので、自分が何に焦っていたのか一瞬よく分からなくなる。

あれ?俺の感覚の方が普通じゃないのか?

暗闇って、人間にとって普遍的に怖いものじゃないのか?

そうか、ただ単に俺にとっては普通じゃないことが先輩にとっては普通だってことだ。普通に、普通じゃなくて、普通だったってことだ。…あれ?普通って何だっけ?

バッタン!!!!!!

突如、玄関ドアが閉まる音が響き渡り、俺は驚いて悲鳴を上げそうになった。

共用廊下からの光が遮られ室内が更に暗くなった。

近くにいる先輩もぼんやりと輪郭しか見えない。

しんと鎮まり帰った部屋の中で、微かに足音が聞こえた。

玄関の方に目を向けると、何者かが部屋に入ってくる影がうっすらと見える。

俺は怖くて叫び出しそうになるのを堪えながら、その影をじっと見ていた。

すると俺のすぐ横で光が灯った。先輩が携帯のライトを点灯させたのだ。

入って来たのは701号室の入居者だった。

もうなんだよ。脅かすなよ。なんで黙って入ってくんの?なんで急にドア閉めんの?もしかしてこの子もあれか?普通が普通じゃなくって、だからそれが普通で……

やや混乱している俺をよそに、先輩が入居者に語りかける。

「こっちに来ても、やっぱり音は聞こえないですね」

先輩は携帯のライトを、701号室と接している方の壁に向けた。

「暗くてよくは見えませんけど、壁にも引っ掻いたりしたような跡とか、傷も全然ついてないみたいですし」

次はライトを床に向かって照らす。

「床にも、何かを引き摺ったような跡はなさそうですねぇ」

先輩の説明を聞いても、入居者は何も答えなかった。

「ちょっと今日のところは、音の原因は分かりませんね。ただ部屋を見る限り、この部屋の中から音がしているわけでは無いと思いますよ」

先輩の話が終わると、入居者がおもむろに先程先輩がライトで照らしていた壁の方に近づいて体を屈めた。

「でも、ここに引っ掻いたみたいな傷があるじゃないですか」

入居者に言われて、先輩が再び壁をライトで照らした。

俺が見る限り、傷などは見当たらない。

「うーん、でも、、」

先輩が何か言おうとしたが、入居者がそれを遮って話を続ける

「やっぱり、音はここからしてるんですよ。きっと、ここにはベットがあったんだと思います。ここの住人はベットで寝ているときに何かの理由で死んだんですよ。苦しんで、助けを求めて横の壁を引っ掻いたんじゃないでしょうか」

先輩と俺の方は見向きもせずに、入居者は一人で語り続ける。

さらに「あっ」という声を漏らして、今度は真っ暗で何も見えない床に這いつくばって、手のひらで床を撫で回している。

「床にも、何か引き摺った跡が少し残ってます。

ここで起きたのは本当に事故なんでしょうか?もしかして住人の死体を、誰かが引き摺って外に運び出したんじゃないですか?」

俺は目の前の女の子の行動について行けず言葉が出なかった。

エアコンの付いていない室内の温度は、ほとんど外気と変わらない。足の裏からフローリングの刺すように冷たい感触が全身に伝わってくる。

そんな中、入居者はスウェットの部屋着のままで上着も着ていなかった。

「いやぁ、壁も床も、そういった跡は残ってないと思うんですけど」

いつもの調子で先輩が答えた。

顔を擦り付けるようにして床を見ていた入居者が、バッと顔を上げて先輩の方を見上げた。

暗くてどんな表情をしているのかは分からないが、俺はまずい雰囲気を感じて、先輩の方に体を寄せた。

さらに入居者が急に立ち上がったので、俺はビビりながら先輩の前に立ち身構えた。

「もしかして、お風呂で死んだのかも」

入居者はそう呟くと、足早に浴室の方へ歩いて行った。

「ああっ!見て下さい!排水口のところに血の跡が残ってます」

浴室から入居者の甲高い声が聞こえた。

でも全く光が入らない浴室の中で、血の跡が見えるわけがない。

もう明らかにヤバい。とにかく、何とかあの入居者の女の子をこの部屋から連れ出さなくては。

俺は浴室に向かい、自分の携帯のライトで浴室の中を照らした。

浴槽に顔を突っ込んでいた入居者が、こっちを振り向いた。

顔に表情は無いが両目を大きく見開いている。

「やっぱり、ここの住人は自殺したんじゃないですか?お風呂で手首を切ったんじゃないですか?」

正直その表情も言動も怖すぎで、俺は逃げ出したかったけど、何とか勇気を振り絞って入居者に話しかけた。

「そう、ですね、そうかもしれませんけど、今日はもう遅いですし、暗くてよく見えませんから、一旦部屋に戻りましょう」

入居者は大きく見開いた目で、じっと俺を見ている。

俺は怖々と入居者の肩に手を掛けて浴室から連れ出そうとした。

「あれ?今声が聞こえませんでした?」

入居者が突然声を上げたのでビビって手を引っ込めてしまった。

入居者が浴室を出て部屋の方へ歩き出した

「ほら、ベランダの方から、笑い声が聞こえますよね?」

ベランダに出すのはまずいと思った。この子は明らかに正気じゃない、万が一飛び降りでもしたら大変だ。

入居者がベランダの窓の鍵に手を掛けた瞬間、俺は後ろから腕ごと抱きしめて動きを止めた

「外はダメだよ!声なんか聞こえないから!」

俺は強い口調で呼びかけて、そのまま玄関の方へ入居者を引っ張って行った。

抵抗されるかと思ったが、あっさりと玄関の前まで連れて来ることが出来た。

先輩が先に外に出て、玄関ドアを開けて待っている

「すいません…」

入居者が小さな声で呟いた

開いた玄関ドアの方から共用廊下の照明の光が入り、入居者の顔が見えた

先ほどまでの両目を見開いた表情ではなく、悲しそうな顔で俯いていた

俺は入居者から手を離して問いかけた

「大丈夫ですか?」

「…はい、すいません」

消え入りそうな声で答える。大丈夫ではないんだろうが、さっきよりは正気を取り戻しているようだ

「とにかく、部屋に戻りましょう」

俺は靴を履いて外に出た。そして玄関ドアの縁に手をかけて入居者が出てくるのを待った。

入居者は玄関の前の廊下で立ち止まって、俯いたまま外に出てこない。

よく見ると玄関に入居者の靴が無い。

あれ?靴を履いてこなかったのか?

俺は外の廊下に出ている先輩の方を振り向いて、701号室から靴を持ってくるように頼もうとした

そのとき、

「…でも」

か細い声が聞こえたので女の子の方を見た。

彼女は顔を上げていたが、なぜか影になって表情はよく見えなかった。

細く、泣いているような悲しい声で彼女は言った。

  

「私、ナンデ死ンダンデスカ?」

  

  

………へ?

言葉の意味を理解する前に、玄関ドアが強い力で引っ張られてひとりでに閉まった。

マンションの共用廊下にドアが閉まる大きな音が響き渡った。

俺は何が起きたのか理解出来ず、一寸固まってしまっていたが、我に帰ってすぐにドアを開けた。

真っ暗な室内に入居者の姿は無かった。

------------ 3/3に続く

Concrete
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