中編7
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人形

「自分が担当した事件じゃないけど、ちょっと妙なのがあったな」

これは、以前にも何度か怖い話をしてくれたAさんから、久しぶりに聞いた話。

ちょっと長くなるので、お時間があるときにどうぞ。

Aさんは、定年退職をした元刑事。一番最後の所属は警視庁の花形捜査第一課だった。警察官というのは多くの場合、警察人生のどこかの時点で「ハタケ」いわゆる得意な分野を持つことが多い。

警察官というと刑事と交番のおまわりさんくらいしかイメージにない人が多いかもしれないが、それ以外にも暴力団捜査とか、交通警察とか、機動隊など、様々な分野がある。そういった様々な分野のうち、これ、という自分の道を決め(もしくは決められて)、それぞれの「ハタケ」を持つのだった。

Aさんの場合、それが「刑事」だった。

なので、警察署(ドラマでよく言うところの「所轄」)にいるときも、刑事課に配属されることがほとんどだった。

「俺がS警察署に勤務していたころ、そうだな・・・今から15年くらい前か?にあった、生安のヤマだ」

ちなみに「生安」とは”せいあん”と読み、「生活安全警察」の略称だそうだ。生活安全警察とは、刑事が扱う、殺人や窃盗など、刑法犯以外の犯罪ほとんど全般を扱う、「なんでも屋」みたいな存在だ。

「ちょうど、その頃は、ストーカー規制法が施行されてしばらく経った頃で、生安では、そういった相談がひっきりなしだった。ストーカーの相談をないがしろにして、殺人に発展した、なんてことになったら大変だったからな。まあ、それでなくても生安はいろんな相談を受けてて大変そうだったなー」

Aさんの同僚で生安課だったKさんは、よくAさんに仕事の愚痴をこぼしていたという。

「あいつは愚痴っぽいやつだったな。でも、あるとき、本当に妙なことを言っていたんだ。ちょうど、季節は今頃、まだまだ寒い日が続いていたよ。」

その男がS警察署を最初に訪ねてきたのは、12月の初旬だった。仮にその男性をFとする。

Fは髪の毛を軽く茶髪にしており、今風のファッション、確かに女性にモテそうな優しい顔立ちをしている大学3年生だったそうだ。Kさんが言うには「そこそこいい男」とのことだった。

Fはストーカー被害を訴えていた。

「その被害というのが変わっていて、ここ数週間、数日に一度のペースで人形が送りつけられてくる、っていうんだ」

人形は、最初はフェルト布でできたものだったそうだ。目がボタンで作ってあり、中には綿が入っていたという。服装や髪型から、男性だということはわかった。

特に差出人も宛名も書いておらず、茶封筒に入った状態で郵便受けに入っていたそうだ。

人形はその時時で素材や作り方は違っていた。あるときは、紙粘土で作り、絵の具のようなもので彩色されていた。また、市販のセルロイドの人形パーツに顔を描き入れ、服を着せているような場合もあった。石膏のようなもので作ってあったりしてたこともあったという。

Fは最初の2−3個が届いているうちはそれほど気にしていなかった。邪魔なので、そのままゴミ箱に捨てていたという。しかし、ある時、人形が着ている服が自分の持っている服にそっくりだということに気がついた。

そう気づいてから振り返ってみると、人形は髪の毛の特徴や顔の作り、服装に至るまで、それが自分を模しているのだとわかった。しかも、次第に似てきているのである。

その後も、人形は届き続けたが、Fは開けもしないで捨ててしまうようになった。

いや、S警察署に来る前に、一度だけ開けてみたのだが、そのときに入っていたのは、フィギュア状の人形で明らかにFそのものだった。そして、人形の着ている服は、なんと、その日、Fが着ていた服だったのである。

Fはゾッとして、人形を放り出していた。

もう耐えられない、そう思って相談に来たそうだ。

「なあ、Aよ、一体、ホシの狙いはなんだと思う?明らかに、Fの行動を監視している。それを伝えて怯えさせるために人形を作って送っているってことか?」

KさんはFさんからの相談の顛末をAさんに話し終わると、こう言って首を傾げた。

とにかく、実際に脅迫の事実があるわけでもないし、後をつけられているとか、付きまとわれているなどの実害があるわけでもない。相談を受けたものの、どうにも対応のしようがなく、Kさんとしても困ってしまったわけだ。

実は、このあと、1月に一回、2月にもう一回、FさんはS警察署を訪れている。

2月に相談に来たときに、Aさんは、たまたま生安の相談室に頬がコケて、顔色が悪い男性を案内しているKさんを見た。あとになって、その男性がFさんだと教えられ、初めて顔がわかったのだった。

「それにしても随分具合悪そうだったじゃねえか。そこそこいい男、なんて言ってた割にわよ」

Fさんが帰ったあと、AさんはKさんに言った。それほど、その男性の様子は傍目に見てもおかしかったのである。

「いや、2ヶ月前はあんなんじゃなかったんだ。例の人形はまだ送り続けられているらしくて、やっこさんだいぶ参ってしまったようなんだ。今日なんか、『変な夢を見る』とかなんとか言っててな、うつ病かなんかになってるんじゃないか?」

「生安じゃ何もしてないの?」

「いや、1月に相談に来たあとには、地域に頼んで巡回を増やしてもらったりもしたんだが、人形はいつの間にか入れられているらしく、一向に犯人らしきヤツの正体はわからなんだ」

「気の毒だな」

「まあ、気の毒だが、ちょっとこれ以上はどうすることもできない。今日も、しっかり戸締まりしろと言って帰すだけしかできなかったよ」

「ところで、Kは、その人形とやらを見たのか?」

「ああ、1月に一回、今日も見せてもらった。流石に不気味で、手元においておきたくないらしく、ここに持ってくるもの以外はほとんど封も開けずに捨ててるらしいから、一番最近きたもの1つだけ持ってきていたよ。確かに、不気味なほど精巧にできているんだ。最近はもっぱらフィギュアになっているらしい。大きさは俺が見たやつは両方とも背丈が15センチ位だった。たまに、大きかったり小さかったりするらしい。」

たしかにあんなのが送られてきたら気味が悪いよ。

Kさんはそうつぶやいた。

「結局、その後、FはS警察署に現れることはなかったんだ。あ、いや、一度だけ来たことは来たな・・・」

それは、4月の中旬頃だった。

車椅子に乗ったFを連れた中年の女性が署を訪れたのだった。車椅子を押しているのは、Fと同じくらいの年の髪の毛の長い、地味な感じの女性だった。

車椅子に乗ったFは目がうつろでどこを見ているかわからない。時折口をもぐもぐと動かしている。明らかに正気ではない。

その正気を失ったFの口から垂れるよだれをタオルで拭いたり、段差があるよと声をかけたり、車椅子を押している女性は甲斐甲斐しくFの世話を焼いていた。

「Fが大変お世話になりました。」

中年女性は、Fの母親だった。

「Fさんは、2月の下旬くらいからだんだん妄想めいたことを言うようになったんだとFの母親は語った。そうこうしているうちに、身の回りのこともよくできなくなったのだという。」

「でも、こんなにいい彼女がいて・・・。この子はFがこんなになってしまってからも頻繁に部屋に行って食事の世話をしたり、精神科の病院に付き添ってくれたり・・・。ほんと、東京にやって、Fがこんな事になってしまったけど、一つだけ良かったのは、Fがこの子と出会えたことかもしれないですよ」

そう言って、母親は弱々しく微笑んだ。

Fは結局、精神科に入院せざるを得なくなったので、地元につれて帰るんだと、母親が上京してきたらしい。母親も相談を受けていたのだが、気づいたら、Fの状態は取り返しがつかないほど悪くなっていたという。

「Fを連れて帰るにあたって、相談を受けてくれていた俺のところに律儀に挨拶に来てくれたんだ。なんか、こんな短時間に、人間があんなに変わってしまうなんてな・・・」

Kさんは、驚きが隠せなかった。

署の入り口でFさんたち三人を見送るKさんをたまたまAさんも見ていた。

「まあ、これだけの話だと、単にストーカー被害にあって、精神を病んでしまった男の話って感じなんだけどな・・・」

Aさんはちょっと遠くを見た。Aさんが不思議な話をするときのいつもの表情だった。

「Kが言っていたんだよな。

 『Fに彼女なんていたのか?』って」

最初に相談に来たときも、二度目、三度目に来たときも、Fは一人で来た。

話の中にも彼女の話は一切出てこなかった。

警らしていた警察官にFが挨拶するときもいつも一人だったし、気になって何度かKさんがFの部屋の前まで言ったときも、Fの部屋にはF一人しかいる気配がなかった。

「それに、Fが見た夢、ってやつ。それは、Fにそっくりな人形を大事そうに抱きかかえてこっちを見ている女性の夢だったそうだが、その女性の特徴が、どうも、あの「彼女」に似ているんだよな」

Kさんが言うには、Fの母親がKさんと話しているときも、彼女はFさんの肩や頭を撫でたり、腕をさすったりしていたそうだ。その時の表情はなんともうっとりとした様子だったという。

「何より、署から出ていく、別れ際、Fの母親が一回振り返ったんだ。そのとき、ちょっと遅れて彼女も振り返った」

その顔が、なんとも凄絶な笑みだったという。

「Kと俺は、『あいつがホシだ』と直感したんだ。

 もちろん証拠はない。だから何もできない。

 でも、ああ、すべてがあいつの思うようになったんだ、って

 そう思ったんだよな」

あれが呪いってやつだったのかな・・・

Aさんは誰に言うともなく、ひとりごちした。

その後、Fさんがその「彼女」とどうなったのか、さすがにそこまではわからないという。

Concrete
コメント怖い
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@あんみつ姫
ほんっとーに遡って読んでいただいたのですね!
再読大歓迎ですよ(笑)

最後の笑みの意味は、何でしょうね。
思ったようになったーということかな?

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@あんみつ姫
読んでいただいてありがとうございます。
なかなか投稿できず、久しぶりでした。
怪異があったような、なかったような、、、
気味悪さだけが印象に残る話しでした。

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