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これは、ある男の話。
男は、非常に貧しく、
食べる物も無く、棲む所も無く、
その日暮らし、とも言えない生活だった。
そんな生活に耐えきれなくなり、
ある日、男は自殺しようと考える。
死んでしまえば、
空腹や、寒さ、、、
何もかもから、解き放たれるのだと。
ある森へ行き、ある木に、
紐をぶら下げる。
それを選ぶには、
かなり迷い、
枝が、丈夫で無ければならないし、
そうして、
木の近くに、
地面よりも高い、何かが無ければならない。
そこから、空中へ歩く為の。
しかし、焦る。
自分が死にたいと言う、
この、強烈な気持ちが消える前に、
死ななければ、、、。
やっと見付けた、
その、ある木の紐の輪に首にかけ、
切り株に足を乗せ、
1歩前に足を出そうとした瞬間、
男は思った。
(オレは今までに、
悪い事など、何もしてはいない。
盗み1つさえ、した事は無い。
なのに、
殺人犯でさえ、
刑務所で飯を食い、眠る所も与えられている。
こんな不条理な事があって良いのか、、、)
よく知りもしない、
安易な考えが、浮かんでしまったようです。
男は、首から紐を外して、
切り株から下りた。
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その後、男は、様々な罪を犯していく。
警察に、捕まりたいが為に。
刑務所に、入りたいが為に。
しかし、男は、元々臆病な性格でして、
1晩でも、留置所でも、
眠れる所さえ、あれば、、と。
だから、先程、犯してきた自分の罪を、
すぐに警察へ行き、自主申告した。
しかし、自首と言う事もあり、
しかも、そこまで大した罪でもない。
先程も言ったように、男は臆病だった。
ところがある日、
念願が叶い、
留置所で、1泊する事が出来たようです。
男は、喜び勇んだ。
留置所での生活を堪能する。
しかし、次の日には釈放された。
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男は、また罪を犯し、
留置所での生活を堪能する。
もはや、常連客だったんでしょう。
すると段々と、
罪を犯す感覚が、麻痺してくるのでした。
( このくらいなら、また留置所で1泊だな。)
昔は、1泊でも良いから、、、と、
思っていたのに。
そして、男は、考える。
刑務所に入れば、
留置所のような生活が、何日も続くんだろう。
オレにとっては、素晴らしい事じゃあないか。
刑務所に入りたい。
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そうして、また、男は罪を犯す。
臆病では無くなった。
人を殺してみた。
いつもなら、すぐに自主申告しに行く。
しかし、男は、考える。
1人くらい殺しても、
また留置所なんじゃないか?
オレは、刑務所に入りたいんだ。
男の感覚は、
大変に、麻痺してしまったのでしょう。
それは全て、自我、自分の欲望の為に。
自分が、、、。
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その後、男は、また罪を犯していく。
もう1人、まだ足りないな、
もう1人、まだ足りない。
もう1人、まだ足りないだろう。
もう1人、まだ、、、
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そんなある日、男の所に、男が来た。
「少し、お話をいいですか?」
男は、その男が警察だと思い、
それは、それは、喜んだ。
取り調べを受ける。
男は、意気揚々と話をした。
そして、裁判が開かれた。
男の罪名は『連続殺人犯』。
もはや、たまに飛び交う遺族からの罵りは、
男にとっての賞賛の声にしか聞こえなかった。
裁判中、
早く、早く、捕まりたい、
早く、早く、刑務所へ行きたい、と、
ワクワクしていた男に下された判決。
それは『死刑』だった。
「ちょっと待ってくれよ!
オレは死刑になる為に、
罪を犯していた訳じゃあ無いんだ!
ただ、刑務所に入りたかっただけなんだ!」
男の言葉に耳を貸す人は、
誰もいないのでした。
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その後、男の念願だった刑務所に入れた、
と、思ったのだが、
そこは拘置所だった。
しかし、数日後、
やっと、やっと、男の求めていたもの、
食べる物も、寝る所もある、刑務所に入れた。
死刑執行を待ちながら、生活する場所。
戸外運動もある。
刑務官も優しい。
しかし、刑務官は、
死刑執行命令が出るその時に備えて、
死刑囚を " 心身ともに健康な状態 " に、
保っておかなければならない。
自殺をされてしまえば、
刑の執行が出来なかった事になりますし、
自殺、自傷、逃走など事故防止のため、
天井に設置されたカメラで、
24時間監視されているのでした。
今では、
死刑執行は、直前まで明かさないらしく、
大きく取り乱したり、
自殺されてしまったりすると困るからだ、と。
そして更には、
死刑囚の中には、自由を拘束され、
死刑執行の恐怖に怯える状態が、
長く続いたことで、精神が不安定になる、
『拘禁症状』が出る者もいるのだとか。
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昔、誰かに訊ねた事がある。
「死刑って、酷い事をした人にとっては、
ラクじゃない?
無期懲役の方がキツいでしょ?」
「無期懲役とはね、
殆ど、存在しないに等しいんだ、たぶん。
仮釈放なども、あるしね。
しかし、、、
死刑の意味は、ちゃんとあるのだよ?
死刑囚は、毎日、毎日、怯えるんだよ。
何故かって?
刑務官の靴音が、
コツ、コツ、コツ、
と、聞こえる度に、死刑執行の言渡しを、
伝えに来たのじゃあないかって。
それは、それは、恐怖だろうよ。」
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その頃の ( 今も同じかも知れません )
死刑方法は、絞首刑だった。
死刑囚の身長と体重を測り、
同じ体重の砂袋を作って、何回も実験する。
踏み板から落ちた瞬間に、
衝撃で首が、30センチくらい伸びる事を考え、
ロープの長さを決める。
首が締まって死ぬのではなく、
脊髄が一気に切れるから、
痛みを感じずに死ねると言うらしい。
奇しくも、
遠い昔に、男が自殺しようと思っていた、、、
それと、同じ死に方だったようです。
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ある日、男は、
いつもの様に、
刑務所の自分の部屋のベッドで、
仰向けに横になっていた。
男は、考える。
オレの人生は、何だったんだ?
どこで、、、間違った?
あの頃は、食べる物も無く、棲む所も無く、、
だけど、
普通に食事をしたい、
屋根のある部屋で寝たい、、、
誰しもが、そう思うだろうよ。
そう思ったって、不思議じゃあ無いだろう?
オレは、限界だったんだ。
でも、、、自由だった。
そして、
自分の死を、自分で選択できた、、、。」
男の目から、自然と涙が溢れる。
怖い、
怖い、
怖い、
死にたくない、、、
死ぬのが、、怖い。
もはや、男は、取り憑かれたかの様に、
その恐怖に耐えらえなかった。
先程述べた『拘禁状態』なのかも知れない。
、、、
、、、、、、。
一体、、オレは、いつ死ぬんだ?
今日か?明日か!?
もう、イヤだ、、こんな毎日は、、、。
そんな時、
刑務官の、
コツ、コツ、コツ、
と言う足音が聞こえてきた。
男は、、、。
作者退会会員
かなり前に、誰かから聞いた話です。
あまり覚えていなかったので、
結構な脚色、アレンジをしましたが。
あと、いつものあひるの文体には、敢えてしませんでした。こう言う書き方も好きなので。