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真夜中、私は祖母を訪ねた。
同市内にある祖母の家へは15分ほどで行ける。その途中には秩父橋がある。
かつては道路橋として施工されたのだが、現在は歩道橋として多くの人に利用されている。
その橋の下には交差するように荒川が流れ、すぐそばには国道229号線が通っている。
私はその橋から祖母の家へ向かった。
私が呼び鈴を鳴らしてしばらくすると、階段を駆け下りる音が聞こえてきた。
ポーチの電球が灯って、玄関先で靴先をトントンとする音が聞こえる。
玄関扉の正面に立っていた私は、一歩だけ横に移動した。
そして、扉が開いた。
私があっと言うと、向こうもあっと言った。
そこには祖母ではなく、祖父の姿があった。
祖父は驚いていたようだが、すぐに「何があった」と尋ねてきた。
私は現状をなんとなくに察して、祖父の疑問に対してとりあえず記憶に残っている最後の行動を伝えた。
祖父は同情して向かい入れてくるに違いない、私はそんな風に決め込んでた。
だが予想に反して、祖父は私を叱りつけた。
向かい入れてくれると思っていた私は唖然としてしまって、心ここにあらずといった様子だった。
それからしばらく祖父の説教が続いたが、ふと祖父の視線が私の右腕の青痣を見て、説教は一旦止まった。
すぐに私は左手でそれを隠したが、「学校で嫌なことでもあったんか」と、祖父が尋ねてきた。
私は何も答えなかった。
「だから、こっちまでやってきたんか」祖父は再び尋ねたが、私は何も答えられなかった。
祖父は大きくため息を吐いた。
「おまえは昔から無口な子だった。でもな、言わないと何も変わらないぞ」
その言葉を最後に私は目を覚ました。
病床だった。
起き上がると、時計が昼過ぎを刻んでいた。
病室の窓際には椅子に腰掛けた祖母がこくりと寝入っている。
立ち上がった私は窓際まで数歩進んで、そこからの景色を見渡した。
秩父の山陵が波打つように空に線を引き、森と混ざり合うような秩父の街がそこからは一望できた。
「あんたっ」
いつのまにか目を覚ました祖母が、いきなり声を発したので私は身をすくませてしまった。
「心配したんだよっ。あんたが橋から身投げしたってっ。偶然、国道を走ってた人が見つけなかったら─」
そう言いかけた祖母は言葉に詰まった。
「とにかく良かったよ、本当に」
祖母がそう言い終わると、病室の扉が開いた。
「よかった~」
母親がいた。
彼女がやってきた。
母親を見た私はとっさに身構えてしまった。
そして、右腕につけられた青痣をそっと撫でた。
痛みを思い出したかのように。
作者Yu