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「なあ、本当に乗るのか?やっぱり止めたほうがいいんじゃないか?」
ジェットコースターの列に並ぶジョンに、俺は心配になってそう提案した。
「なに言ってんだよっ。乗るに決まってんだろっ」
ジョンは意気込みながらも、ちらっと目を逸らして、俺の背後へと目を向けた。ジョンがマリアの様子を伺っているのは明白だった。
「なあ、二人からも何か言ってくれよ」
俺がそう頼みながら後ろを振り向くと、そこにはマリアと心配そうにそわそわするジョアンナがいた。マリアは普段からあまり感情の起伏が激しくないので何を考えているのかわからなかったが、ジョアンナの方は今にも何か言いたげといった様子だった。
「止めてくれるなよな。所詮、ペテン師が言ったことだぜ。真に受けるなよ、そんな未来が嘘だってことを証明してやるよ」
話は数分前にさかのぼる。
俺たちはこの遊園地内にある占いの館という場所に出向いていた。一室に通されると占い師がよくある水晶玉とともに座っていて、好きなことを占ってくれるというものだった。
質問したのは俺だった。
「ジョンは──、成功させられますか?」
俺が占い師にそう告げると、ジョンは少し慌てたように、「訳分かんねえこといってんじゃねえよ」とマリアの様子を伺いながら否定した。
意地の悪い質問だと思ったが、そもそもこの遊園地に4人で訪れたのもジョンがマリアに告白するからという名目だった。
もともとは俺とジョンとマリアの3人で遊びにくる予定だったのだが、ジョアンナがどこから聞いたのか、突然一緒に行きたいと言ってきたのだ。
俺はすぐに反対しようとした。
というもの、ジョアンナはジョンに好意を寄せているのだ。そのことを知っていたのは俺だけ、いやもしかしたらマリアも知っていたかもしれない。
ともかく、ジョンがマリアに告白するのにジョアンナがその光景を見たらどう思うだろうか?
俺はジョアンナが加わることに反対した。
だが、事はそう上手くいかないもので、マリアもジョンもジョアンナが来ることに賛成だったんだ。
ジョアンナが好意を寄せていることをジョンに告げることなんてそんな身勝手なことはできないし、ジョンが告白するからジョアンナにはきて欲しくないんだってマリアに告げることもできない。
ましてや、ジョンはマリアに告白するんだってジョアンナに告げることもできない。いや、これに関しては言えたかもしれない。だけど、今になってはもう遅い。
ここまでを整理すると、ジョアンナはジョンが好きで、ジョンはマリアは好き、そしてマリアはわかんない。
こうして俺たちは遊園地に遊びに来ていたという事情があるのだ。
そして繰り返すようだが、俺は占い師にこう聞いた。
「ジョンは──、成功させられますか?」
ジョンは占いとかを信じるたちではないが、俺は神も信じるし霊も信じる。もちろん占いも例外ではない。
だからそんな俺にとって、次に占い師がいったことは衝撃的だったんだ。
「死ぬよ、あんた」
占い師は俺の質問に答えずにジョンを指差しながらそう淡々と宣告した。
「はははっ、笑えるな」
ジョンは小馬鹿にしたように鼻で笑うと、占い師は続けてこう言った。
「私は“見える”んだよ、あんなが死ぬビジョンが。今までにもそう言う奴はたくさんいた。悪いことは言わないよ、今すぐここから去りな」
占い師の言葉を聞いたジョンはあきらかに苛立っているようだった。が、それもそうである。
意気込んで遊園地に来たジョンにとっては、そう易々と帰るわけにはいかないのだ。ましてや、ジョンは占いを信じていないだろうし、マリアの前ということもある。
聞く耳を持たないのも不思議ではなかった。
「くだらねえ」
そう吐き捨てたジョンが部屋から出ていくと、ジョアンナが小走りで後を追った。
俺もそれに続いて部屋を出たが、出る際に振り返るとマリアだけは占い師と何か話をしているようだった。
「マリアっ」
俺はとりあえずマリアに声を掛けて手招くような仕草をすると、ジョンとジョアンナの後ろ姿を追いかけた。
こうして話は戻る。
「止めてくれるなよな。所詮、ペテン師が言ったことだぜ。真に受けるなよ、そんな未来が嘘だってことを証明してやるよ」
占い師が忠告したにもかかわらず、ジョンはあえてジェットコースターに乗りたいといいだしたのだ。
そんなジョンを俺は止めたかった。
「万が一があるぜ。ほら、さっきだって危なかったろ」
実は、占いの館からジェットコースターに来るまでにジョンは看板に押しつぶされそうになっていたのである。
錆びれた金属音とともに高所に取り付けられた看板が剥がれかけて、もちろん落ちてはこなかったのだが、もしも剥がれていたらジョンは確実に押しつぶされていた。
「でも、死んでないじゃないか」
ジョンは両手を広げながら怪我一つしていないことを主張した。
が、それでも納得しない俺を見かねたのか、突然肩を組んできて情けない小声でこういった。
「頼むよ。今日言うって覚悟してきたんだ。お前が占いとかを信じる奴だってことはわかってる。だけど、なあ、頼むよ」
ジョンの言葉からは悲痛さが伝わってきた。
なぜなら、占いの館を出てから楽しい雰囲気は台無しになってしまっていた。
こんな雰囲気では告白どころか楽しむこともできない。
ジョンがジョットコースターに乗るといいだしたのも、そんな雰囲気を変えたかったのかもしれない。ジョンは本気なのだ。
俺はいろいろな思考をあげく、ジョンの意志を尊重することにした。
俺は神も霊も占いも信じる。だけど、今回は信じないことにしたのだ。
今日、ここから黙って帰るわけにはいかない。成功するか失敗するかはわからないが、ジョンが成し遂げる姿を見届けなけないやつなんて、そんなものは親友じゃない。
俺は親友だ。だから─。
「わかった。俺も乗る」
肩を組んだままのジョンは一瞬驚いたようだったが、すぐに俺の意思を読み取ったようだった。
「ありがとう」
噛み締めるようにジョンが言った。
こうして俺は乗ることになったのだが、残された問題はマリアとジョアンナがどうするかである。
俺がどうしようかと考えあぐねていると─。
「私も乗るよ」
マリアがそう名乗り出た。
「じゃあ、私も」
ジョアンナも名乗り出た。
みんなが顔を見合わせて笑った。ふたたびにこやかな雰囲気が4人を包み込んだ。
こうして俺たち4人は順番を待った。
そして、ついに順番は回ってきたのだ。
俺とジョアンナが先頭に、ジョンとマリアが二番目にコースターへ乗り込みことになった。
もともとジョンが先頭に乗り込もうとしたのだが、マリアが靴紐を結び直すのを待っていたために、俺とジョアンナが先頭に乗り込むことになった。
キャストによって安全レバーが膝上まで下ろされた。
いよいよだ。
ブザー音が鳴り響くとともに、コースターが前進し始めた。
コースターは急勾配のレールを登っていく。
ゆっくりと着実に。
やがて、コースターがその急勾配の頂上に達するというころ、ジョンの慌てふためいた声によって俺は後ろを振り向かされた。
気が動転しているジョンと、マリアの安全レバーが上がっている。
俺は目を見開いて何か言おうと思ったが言葉が出てこなかった。
そして、ふわっと浮き上がる感覚とともに、無情にもコースターは急降下し始めた。
猛スピードで駆け下りたコースターはその勢いのままに身体が真横に傾くほどの急カーブを駆け抜ける。
身体に掛かる重力加速度のせいで、俺は後ろを見たままでいることはできなかった。
最後に見た光景はコースターが落ちる直前のもので、マリアの安全レバーが上がっている光景だった。
コースターがレールの上を駆け抜ける間、俺は祈ることしかできなかった。
ただそうしているしかなかった。
コースターはやがて終着点へ辿り着くと、徐々にスピードを落とし、そして、止まった。
俺が後ろを振り向く前にジョンが言った。
ジョンは確かにこう言った。
「愛してるよ、マリア」
そしてこうも聞こえた。
「私も」
振り返ると、そこにはマリアがいた。
安全レバーは上がったままだったが、ジョンの両手が彼女を身体を掴んでいた。
ジョンが必死に掴んでいた痕がマリアの腕にはしっかりと付けられている。マリアの腕にはジョンの手の形がくっきりと浮き上がっていたのだ。
「ははっ」
俺は安心して笑い声がこぼれ落ちた。
その後はいろいろあった。
ジョットコースターの安全装置に異常があったことは明白であり、ジョンのおかげで事故には至らなかったものの、遊園地側の過失であることは否めない。
死人が出てもおかしくなかった。遊園地側はそれ相応の責任を伴う。
ジョンはマリアに付き添うように、従業員専用の扉の中へ入っていった。おそらく責任者と話をつけるのだろう。
だが、俺にはまだやらなければならないことが残っていた。
「ジョアンナ」
前を歩くジョアンナに声をかけた俺だったが、ジョアンナは振り返ることなく歩き続けていた。
俺がジェットコースターから降りたとき、ジョアンナは静かに涙を流していた。
俺がジョンとマリアと話終わって振り返った頃には、ジョアンナはすでにジェットコースターの出口へと差し掛かって、一人でどこかへ行こうとしていた。
前を歩くジョアンナは両手で顔を覆っているようで、すれ違う人たちが彼女の様子を不思議そうに一瞥していた。
俺はジョアンナに後少しで追いつくところだった。
だけど─。
だけど、起こったんだ。
目の前でジョアンナが潰れた。
看板が落ちてきたんだ。
頭上から「避けろっ」という怒号が響いてきてすぐのことだった。
看板が落ちてきたんだよ。
潰れたんだよ。
さっきまでそこに立っていたジョアンナの形がうずくまったようになって、板状の看板には突起ができている。
ジョアンナは─。ジョアンナは─。
その日、変わった客に出会った。
私はニューイングランド北部のアルカディアベイにある寂れた遊園地で占い師をやっている。
普段は適当に相手の望むような答えを言ってあげて職務を全うしているのであるが、ときたまそうもいかないことがある。
それは近い将来に死ぬ未来を持つものが訪れたときである。
私には死が見えるのだ。
死はある状況においての可能性の一つだ。
ある状況下において特定の選択をすれば死の未来が待ち構えているが、特定の選択さえとらなければその瞬間に死と出会うことはない。
もちろん、その瞬間に出会わないというだけで、その後も生きているという間に死というものは何度も選択肢として現れる。
死とはそういうものだ。
私には死ぬ未来が見える。
だから、絶対に直す方法がないもの以外の死の選択肢は回避することができるのだ。
他人を全て救うことはできないが、せめてこんな力を持った者として関わった人には教えてあげるようにしている。
もちろん、全員が全員信じるわけではないが。
その日もそうだった。
その日、ジェットコースターの事故によって死ぬ運命の若者は私の言ったことをくだらないといって出ていった。
こう言った場合は説得しようとは思わない。
信じないものは信じないのだから、いくら忠告してもこちらが気狂いだと思われるだけだ。
だからそのときも、別に深追いはしなかった。
その若者に続いて1人また1人と出ていった。
3人目が出ていく際に「マリアっ」と私の目の前にいる少女を呼んで出ていった。
私は目の前にたたずむ少女を見つめた。
「大丈夫」
少女は冷めたい声色で呟いた。
「なにが」
突然呟いた少女を奇妙に思いつつも私はそう聞き返した。
「大丈夫。私がそんなことにはさせないから」
淡々と呟く少女を見て私ははっとさせられた。
「あなたも見えてるの?」
私の問いかけに少女は微笑を浮かべることで解答した。
「でも、じゃあなんで?」
私は困惑した。なぜわざわざそのことをわかっていてこの遊園地に来たのか。何か別の理由があったのか?
私はぴんときた。
「待って、言わないで。もしかして、そうしないと成立する未来がないってこと。例えば、告白とか」
私の言葉を聞いて少女はぴくりと反応を示した。
「やっぱりそうなんだ。でもあなたみたいな美人だったら、遅かれ早かれ告白されると思うけど」
私がそう言ったあとで、少女から苦笑が発せられた。
「そうはそう」
「えっ」
「目的はそこじゃないの。成立さたい未来はそこじゃない」
その瞬間、私はあるビジョンを見た。
全身が総毛立ち、胃液が込み上げてきた。
少女は去り際に言った。
「だって、目障りなんだもん、あの女」
作者Yu