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中編6
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怪我

怪談になるかどうかは分からないが…私が20代の頃の話。

当時は若さと勢いだけは余るほどあったから、一度飲んだら朝までオールなんてことはザラで、

フリーター生活をしながら、暇さえあれば遊んで飲んで…の日常を過ごしてた。

付き合いのあった友人達も、類は友を呼ぶの言葉通り、似たような感じ。

そんな友人の一人に、選ぶ相手の殆どがダメな男ばかり、という子がいた。

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和美(かずみ)は、向こう見ずで面食いだったから、知らず知らず無意識の内にのめり込んで、そのあと手酷く振られるか…相手に浮気されて別れるかの、どっちかだった。

酒飲みばかりの人間が周りにいたから、感覚がマヒしてたのもあるかも知れない。男は、そういうものだ、と…

尽くすのが趣味なのか?と思えるくらいに、和美は付き合うと、自分の愛情を与えまくってしまうのだ。

それが一番、相手を堕落させてしまうと分かっているのに。

「男ってね、威張ってるけど結局弱虫なの。女が…私が必要なの~」

別れる度に酒を煽って、泥酔しながらそう語る和美を何度となく見ながら…この子にいつか良いご縁が来ないものか、と…私も含め、周囲は心配していた。

でも結局…和美はその後も同じ事を繰り返すもんだから、その内心配するのも馬鹿らしくなって、和美の恋愛沙汰は、一種の「お家芸」のような感じなっていた。

しかし、そんなダメンズばかりの彼女にも、運の巡りか…3年後、やっと良いご縁が訪れた。

相手は偶然にも、私の幼馴染の康介君だった。

私とは違い、酒もタバコもほどほどに嗜む程度の、しっかりした社会人。

「和美~!あんた良かったじゃん!」

と、まるで結婚祝いかってくらいに、私達は喜んだ。

もうその頃には、友人の5割程は「まっとうな仕事」に就いたり、出来ちゃった婚だけど、何とかやりくりしている子もいた。

現に私もその頃、公私ともに悪い縁と断ち切れて、至極穏便な生活を送っていた。

そのさなかに、和美もいい人と結ばれたとなったから、時の流れとともに、相応に成長しているな…って感じで、素直に嬉しかったのだ。

和美は酒を飲む頻度が減って、そのせいか顔色も良く、着る服の露出度も控えめになった。

相手に合わせて自分の見てくれを変える癖は健在だったけど…それでも、相手が真面目だと、こうも変われるのか…と、思わず感心した。

あっという間に同棲も始め、酒からノンアルコールカクテルへ、愚痴から惚気話へ、と…和美は変わっていった。

ようやく手に入れた、いい恋愛。そのまま上手くいって、二人はゴールインするのだと、私は心の奥で信じていた。

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「あの、ちょっと…来て欲しいんだ…」

康介君からそんな電話が来たのは…二人が同棲を始めてから、三か月後の事だ。

てっきり、飲みに行くとか家に遊びに…と思っていた私は、それが病院だと知って困惑した。

けど、病院ということは相応の何かが起きたのだと思い…私は急いで、タクシーを使って病院に向かった。

そして病院に着くと、待合スペースのソファにうなだれている影があって…

それが康介君だと分かり、恐る恐る声をかけたのだが…振り返った康介君の姿にギョッとした。

顔の右半分、頬から上が包帯で塞がっていて…腕や脚にも所々、絆創膏が貼られている。満身創痍、そのものだったのだ。

「え…どうしたの!?」

と思わずびっくりして聞くと…康介君は力のない声で、話し始めた。

和美は付き合い始めから、康介君に「もっと尽くされて欲しい」と、お願いしていたそうだ。

康介君は、最初こそ可愛らしいと思い、その言葉に甘んじて、和美の言うままにしていたらしい。

それこそ、家事は殆ど和美に任せ、自分は仕事から帰ったら風呂と晩酌のみ、という…何とも前時代的な形で。

しかし…康介君は次第に、自分も和美に何かしてあげたいのに、それが出来ない事にもどかしさを感じるようになった、という。

家事をしてくれるだけでも十分だし、それ以上は望まない、と。

だが、和美にはそれが、我慢ならなかったらしい。段々と和美の要求は増えてゆき、そして、同棲から一か月と経たない内に、二人の間に変な空気が流れたそうだ。

「…和美、俺に『怒鳴れ』って言うようになったんだ…」

「怒鳴れって…?」

「俺、そんな事したくない、って言ったら…どうして!ってキレるんだ、他にも…」

長年かけて身についた習慣…習性っていうのは難しい。

以前から、和美にMの気があるのは周知だったし、「ドMじゃ~ん(笑)」と、ネタにすらしていた。それ位、和美の元カレ達はロクでもない人間だったのだ。

でも、康介君は違っていた。…和美はきっと、今までとの大きな変化に戸惑っていた筈だ。

だとしても…怒鳴れだとか、金を巻き上げろだとか…殴れ蹴れ、って…

頼まれて喜んでするような奴なんかじゃない、康介君はそんな人間じゃないと、分かってくれてると思っていたのに。

「ねえ、和美は?」

…そう聞くと、康介君は頭を抱えてうずくまり、無言で床を指さした。メインエントランスの真下。

そこは、霊安室だった。

「冗談でしょ?」

…康介君は首を横にしか振らなかった。

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「俺が…俺が言う通りにしてあげてれば、和美はこんな事せずに済んだんじゃないか…」

康介君の右半分の怪我。私は今まで、事故によるものと思っていた。だが…事故は事故でも、想像していたものとは、余りにもかけ離れていた。

それは和美の身体が、「思い切りぶつかった」事によるものだったのだから。

昨日の晩…仕事から帰宅すると、目の前には、今まさに…台を足で蹴る和美がいたそうだ。

急いで駆け寄ったが間に合わず、ロープが食い込むなり、和美の体は反動で足元からビクン!と跳ね、その足が…顔面を直撃したのだった。

そして、蹴り飛ばされた衝撃で壁に身体を打って気絶し…意識が戻った時には────

「…気が付いたら…和美の…首がなんか…なんであんな…」

「…もう、いいから…」

どこかで聞いた事がある。首吊り死体は、時間が経つと首の皮膚がぐにゃぐにゃに伸びて長くなると。

そして次第に、重力に逆らえなくなった体は、穴という穴から体液を垂れ流す。

「和美…ごめんな…和美…」

この日を境に、私は康介君と会っていない。

風の噂によれば、怪我はもう治り、今は別の人と付き合っているとか…既に家庭を持っているとか…

和美の葬式は参加したけれど、何だか、彼女が死んだという実感が曖昧なまま、時間だけが過ぎて今に至る。棺の中の顔も、親族の意向で見れなかった。

きっと、生きていた頃の、若く綺麗だった時の姿だけを、記憶に留めておいて欲しい…という、せめてもの配慮だろう。…と、そう思う事にしている。

「死にたい」

和美は、時折独り言のように、酒を煽って言っていた事を、私も周りも知っている。

だとしても、こんな…大事な人にトラウマを植え付けるような、そんな終わり方…好きじゃない。

和美にとって、どうすれば愛情を感じる事が出来たのか。

結局、今までのような、変な男と一緒にいた方が良かったのか?「幸せになりたい」って意味は…

きっと、求める愛情の相違だ。それだけだ…と信じたい。

だけど、一つだけ…どうしても引っかかっている。

和美が付き合った人の殆どが、付き合って間もない頃から、どこかしらに怪我を負っていた。

「いやぁ、なんでか部屋で捻挫しちゃって…痛いよ、結構。ま、そうは言っても酒は飲みたいのよ(笑)…飲まないと、あの子めちゃくちゃ怒るんだ」

元カレの一人は、そんな風に笑っていたけど、一年と経たない内に別れている。

まるで逃げるように。

思い返せば、どれも皆、そこそこいい職業についていた。なのに、辞めてしまう。そして…家から出る事も無くなる。

和美の稼ぐわずかなお金で、生きるしか無くなるのだ。

まあ、何にせよ、康介君には災難だったとしか言えない。どこかで幸せに生きていてくれればいいのだけれど。

…大したオチも無い話だけど、私にとっては、この出来事が今でも、心に焼き付いている。

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