短編2
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生き人形

うちには古い市松人形があった。

仏間の隅に置かれたそれは、明治大正頃の物と思われる女の子の人形で、色褪せてはいるが豪華な着物を着て、古いガラスケースに入れられている。

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そして何より奇妙なことに、この人形のケースの前には台が置かれ、毎朝祖母が湯呑み一杯の水を供える事になっていた。

私が子供の頃は奇妙にも思っていたが、何ぶんうちでは当たり前の事だったのであまり気にしていなかった。

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数年前のある日、祖母が病を患い余命も僅かと宣告された頃、祖母の頼みで自身の死後に人形を近くの寺に預ける事になった。

その時に初めて祖母の口からその人形について語られた。

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この人形は祖母が生まれた時には家にあったが、ずっと奇妙な事が起きていた。

毎朝その人形のケースの内側が曇るのである。

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水気のある物は入れてないし温度の変化も特にあるわけでは無いのに、まるで人形が息をしているかのようにその顔のあたりが結露している。

そして祖母の母も祖母同様、毎朝人形に水を供えていたという。

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祖母が10歳になったある日、祖母の母が人形について話をした。

祖母にはトキという姉がおり、その姉は楽しみにしていた妹の顔を見られぬまま6歳の時に結核で亡くなった。人形はその姉が生まれた時に買ったもので、七歳の晴着姿を見れなかった無念さから姉の死後七五三の晴着を仕立て直して人形に着せていたという。

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ケースの中が曇り出したのはその頃からだった。

両親はお寺に相談して見た所、案の定人形にはトキの魂が宿っているらしく寺に納め供養する事を勧められた。

両親は翌日人形を寺に持っていく事にした。

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その日の晩、祖母の母が寝ている時にある夢を見た。

その夢には死んだはずのトキがおり、このような事を話した。

「私はどうしても父さん母さん妹と一緒に旅立ちたい。皆がこっちに来るまで何年でも待つから。」

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これはただの夢では無いと悟った母親は、まだ幼い娘を1人で行かせるわけにはいかないと思い、妹の寿命が尽きるまでは寺に納めるのを待ってほしいと住職に懇願した。

住職はそれを承諾し、家で毎朝一杯の水を人形に供えるとトキも喜ぶだろうと提案した。

これによって人形に水を供える風習が始まり、それは祖母が危篤になるその日まで続いたのである。

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祖母が亡くなった後、遺言通り人形は寺に納められ、お焚き上げされた。住職は変わっていたがその話は先代から聞いていたらしく、寺の方から電話があった。

数十年の間家族が揃うのを待ち続けたトキは、これでやっと家族揃って成仏できたのだろう。

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