音が、欲しい? 欲しくない?

中編5
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音が、欲しい? 欲しくない?

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オレはサラリーマン。

毎日が、目まぐるしく忙しい。

朝、ベッドから起きたくない。

が、起きる。

身支度も整えたくない。

が、整える。

玄関のドアを開けたくない。

が、開ける。

通勤ラッシュの満員電車には乗りたくない。

が、乗る。

会社までの道を歩きたくない。

が、歩く。

自分のデスクに座りたくない。

が、座る。

仕事をしたくない。

が、する。

そんな、流れに任せた毎日。

自分の意思はあるものの、

それもまた、流されていく。

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ある日、オレは、

いつものように起きる。

やけに周りの音が、耳につく。

うるさいな。

家を出ると、騒音の様に、

細かい音までが、耳につく。

通りすがりの誰かの音、誰かの喋る声、

自転車が走る音、車の走る音、

更には、自分の革靴の足音、、、。

うるさいな。

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会社に着く。

うるさ過ぎて、どうにかなりそうだ。

やっとの思いで、自分のデスクに着く。

昔、買った耳栓を思い出し、耳栓をする。

途端に、静寂に包まれる。

( えっ?

いくら耳栓をしたって、

多少の音は、聞こえるだろ?)

耳栓を外してみる。

途端に、騒音。

「例の件で、先方が、、、」

遠くの話し声までもが、聞こえてくる。

耳栓をする。

途端に、静寂。

オレは、

静寂の方が良いと、耳栓をする。

静寂の方が良い。

しかし、

誰かに呼ばれても、その声は聞こえない。

急に肩を叩かれる。

耳栓を外す。

「、、ナカさん、タナカさん!

こんかいの、しりようなんですが!」

「もっと、静かに喋ってくれないかっ!?」

「しつれい、しました!!

こんかいのしりようなんで、、、」

オレは耳栓をした。

うるさ過ぎる。

鼓膜が破れそうだ。

結局、オレは耳栓をしたまま仕事をした。

周りには、筆談で頼む、と。

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ようやくアパートに帰り、ホッとする。

、、、、、。

うるさい。

冷蔵庫の音、時計の音、

アパートの周りを、歩く人や車の音。

近所のババァが喋ってる、

あたかも、スクープを出し抜いたかの様な話。

「〇〇さんとこのご主人、

リストラにあったらしいわよ?」

「えー、そうなの?

そう言えば、‪△△さんの奥さんもね、

不倫してたんですってー。

前から、あの奥さんの事は、

私も嫌いだったのよー。いやねぇ〜」

そんな、遠くの話し声が、、

その話の内容までもが、

到底、オレにまで聞こえるはずは無い。

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オレは、病院に行ってみる事にした。

「検査の結果、

この様な症状を引き起こす原因である、

例えば、、、

顔面神経麻痺や、

内耳的な問題、、、

まぁ、メニエール病など、ですね、

そう言ったものは、ありませんでした。

あっ、もう1度、お聞きしますが、

てんかんや、偏頭痛は無いんですよね?」

「、、、はい、、」

「ですので、

先程もご説明した通り、

これと言った、異常はありません。」

「じゃ、じゃあ、何でオレの耳はっ、、、」

「1度、精神科に行かれてみては?」

と、慰め程度に、

耳鼻科の医者から精神科を勧められた。

( オレは、おかしくなんか無いっ!!)

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次の日から、

オレは静寂の中で過ごした。

耳栓と言う物は、

かなり煩わしい。

しかし、そうするしか無かった。

筆談の毎日。

それも、煩わしい。

オレは、苛々が絶好調に達していた。

防音が完璧な部屋にも引越して、

時計も、静音仕様の物に変え、

とにかく、音が立たない環境へと移り住んだ。

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ある日の休日、オレは、

何ヶ月ぶりかに、耳栓を外してみる。

( 大丈夫だろう。)

心の何処かで、期待している自分がいた。

すると、途端に、

車の音、どこかで洗濯機を回す音、

誰かの喋り声、誰かの足音、、、

オレの耳は、騒音で満たされてしまった。

何故、こんな事に?

オレは、他の耳鼻科にも、

大学病院にまでも行った。

しかし、

どこへ行っても、いつも言われるのは、

『特に、異常は無いですね。』

仕方無く、精神科に行った。

しかし、

もらえた薬は、軽い安定剤だけだった。

オレは、

このまま、死ぬまで耳栓をし、

筆談で、他人と関わりを持ちながら、

そうして、生きて行くのか、、。

普通に、生活がしたい、、、

普通に、誰かと喋りたい、、、

でも、、、

何故に、耳栓をしただけで、

こんなにも静寂に包まれるのだ?

静か過ぎて、耳鳴りがする程だ。

うん、、? 、耳鳴り、、、?

、、、いや、まさか、、。

今までの、静寂の中に、静寂だけでは無く、

あの、煩わしくて不快で鬱陶し過ぎる、

『ーーキーーーーーーンーー』

と言う、音までもが、

この先ずっと、

聞こえ続けるって言うのかっ!?

何で、こんなっ!!

何で、オレがっ、こんな目に遭うんだよっ!!

、、、せめて、、静寂だけなら、、

まだマシだった、か、も、知れない、、

、、耐えられない、、、。

もう限界だ。

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" ピンポーン、ピンポーン、、、"

「タナカさーん?

いらっしゃいますぅー?

タナカさーん?

大家の、ムラタですー。

会社の方から、連絡がありましてー、

無断欠勤が続いてるからって。

それでー、

様子を見に来たんですが、、、」

部屋からは、返事が無い。

ドアにも、鍵が掛かっている。

大家のムラタさんは、気になって、

急いで警察に連絡した。

そして、

警察のもと、部屋の鍵を開けた。

『ガチャ、』

部屋の中は、薄暗い。変な匂いがする。

「タナカさーん!

警察です。

いるなら、返事をして下さーい。

タナカさーん?」

警察は、ムラタさんに、

「大家さんは、外で待っていて下さい。」

と、告げると、中に踏み込んだ。

「おい、電気っ!」

しかし、部屋の電気は点かない。

「電気代、払って無いのか、、、?

すぐに懐中電灯、持って来い!」

警察官は、懐中電灯で、

部屋の中を照らしながら、調べ尽くす。

すると突然に、1人の警察官が言った。

「テーブルの方に人が居ますっ!」

すぐ様、その警察官が、

懐中電灯を持ち、その人に駆け寄る。

テレビの前に置かれていた机の上に、

タナカらしき男が、

うつ伏せの状態でいるのが分かった。

懐中電灯で照らしながら、声を掛ける。

「タナカさんっ!?

タナカさんですかっ!?

大丈夫で、す、、、」

その声は、途中で途切れた。

「どうした?」

周りの警察官は、

何かあったのかと、テーブルの方へ集まった。

、、、、、、。

そこに居た者、全てが無言になる。

タナカであろう男の耳には、

左耳には、ボールペン、

右耳には、アイスピックが、

かなり深いであろう所まで、刺さっており、

そこから流れ出た大量の血は、

既に、どす黒く固まっていた。

タナカが、

自分で自分の耳の中を刺したのは、

誰が見ても、明らかだった。

「この匂いと言い、、

この血の固まり方と言い、、

死後、だいぶん経ってるな、、、」

警察官の誰かが言った。

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たぶん、タナカさん、

もう、耐えきれなかったんだろうな。

私でも、そうするかも知れない。

だからタナカさんは、

きっと、正しい事をしたんだと思う。

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