長編9
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河川敷で見たもの

高校生の頃のことだ。

放課後、いつものように友人と教室で駄弁っていた時、

「俺さ、昨日あそこの川でヤッベーもの見たんだよね!」

ふと思い出したように、コウキがハイテンションで言った。

「あそこの川」と言うのは、学校から程近くにある、二級河川の事だ。

河川敷に公園やドッグランなんかがあって、一角にはホームレスの家も数軒あり、夜には時折、地元のヤンキー達の溜まり場にもなる。

普段、ただ通り過ぎるだけの、何の変哲もない場所なのだが…コウキは昨日の夕方、そこで「とんでもないものを見た」という。

「ほら…これ…先生達来てねぇよな?」

廊下を気にしながら急に声をひそめ、カバンからスマホを取り出す。

そして…興味津々で僕と山田、秦野の三人で画面を覗く中、コウキが再生ボタンを押した。

河川敷の、薄暗い一角。先述した、ヤンキーが溜まる場所辺り。

背の高い草が生い茂るその中に、立ち姿のまま腰だけを激しく動かす男と、男に抱っこする形で、激しく上下に揺れる女の姿があった。

それは紛れもなく、草影に隠れて、男女が「している」映像だった。

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「ま…、マジで?」

「…うっわ…チョーすげえ」

「ヤッベーだろ!なあ、芝田!」

スマホの画面を凝視したまま、思わず固まってしまった。まさか、男女のしてる光景を、放課後の教室で見る事になるなんて。…しかも、仲の良い同級生と一緒に。

正直、こういう映像に全く免疫が無いわけじゃないが…まじまじと、ここまで生々しいのを見るのは、十七年生きてきて初めてだった。

音声はミュートされてるけど、動きのタイミングとか全部がヤバくて、エロいを通り越して、グロいとさえ感じた。

「芝田!おい!…大丈夫かよ(笑)」

「おまえ、もしかしてこういうの初めて?」

「…えっ!や!違うけど…」

「やめろよー芝田はウブなんだから!お前らみたいに年がら年中盛ってねえって(笑)」

「なんだよそれー!サル呼ばわりすんなよー、俺はコウキ程サルじゃねえし!」

「ちょっとちょっと!なんで俺が一番変態っぽくなってんの(笑)」

「芝田…どう?大人の世界を覗いた感想は?」

「え…なんか…グロい…」

「あ、良かったら音声有りでもう一回見てみる?ほら!」

コウキが胸元からイヤホンを取り出して、僕の顔の前にちらつかせた。ぼんやりと眺めてる隙に、隣にいた山田が横からかすめ取って、鼻息荒くスマホのジャックに挿しこみ、再生する。

「……うお…ヤッバ…待ってこれ、え…コウキお前スゲェ!」

「次オレ、貸して貸して!…おおっ!やば…オレのオレが暴れそう(笑)」

ゲームだの漫画だのとは全くかけ離れた、生々しい好奇心。むき出しの性欲。二人のこんな反応を、初めて間近で見て、軽く衝撃を受けた。

そして気付くと、自分も顔全体が火照り、心臓がバクバクと高鳴っていた。

「ほおら、芝田く~ん、大人の階段、もう一歩登ろうよ~」

「え!や…それはいいって」

「ほらっ!一緒に味わおうぜ!(笑)」

断る隙も無く、イヤホンは僕の両耳を塞いだ。動揺する僕の姿を、三人が目の前でニヤニヤしながら見ている。

その真ん中にいたコウキが、大げさに「スイッチオン!」と言うと、否応なしに音が流れ始めた。

ボボボボッゴゴゴッ…という、ビデオ特有の風の音と、草が揺れる中…

パン!パン!という肌同士の擦れと共に、男が女を抱えて、ハッ、ハッというむさ苦しい呼吸を上げながら腰を動かす。そして…

「…ぁつ、あっ、あっ、がッ、グゥッ、ァあっ!」

途切れる事無く、途切れ途切れの、女の甲高い声が響いた。

ふと目線を三人の方に向けると、さっきよりもやらしくニヤついて、僕の方をまじまじと見ている…

やめてくれよ!そんな目つきで!…と思う反面、心臓の音は加速するばかりで、僕は何とも言えない興奮と葛藤しながら、早く動画が終わってくれる事を願った。

…大した時間じゃない。すぐ終わる、すぐ終わる…そう思って、僕はただひたすら、画面に目を向けた。

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どれくらい過ぎただろう。動画が終わる気配は一向にない。

もう五分以上は見続けた筈…だが、画面の録画時間を見ると、まだ半分しか進んでいなかった。

コウキ…どんだけ盗撮してたんだよ。変態だろ。

若干苛立ちを感じながら、再び三人に目をやると、相変わらずニヤついている。

「ぁ…!あ!…ハァッ、ガっ、グぅん…ブフゥゥ…」

時間が経つ毎に、女の喘ぎ声は、なんだか良く分からない声へと変わっていた。

…強いて言うなら、動物的な「音」。

男の方も疲れてきたのか、最初の背筋がピンと伸びた姿勢から、段々と女にもたれ掛かるような体勢になっていて…

肌の擦れる音は、ガッ!ゴッ!と…まるで、骨同士が当たっている…そんな音に変わっていた。

自分、一体何を見せられてるんだろ?変にドキドキして、何してるんだろう?

未知の映像に興奮していた気持ちは、自分でも意外なくらい萎えかけていた。

その間も、男女の「よくわからない運動」は、飽きる事なく続いている。

ゴっ…ガコッ、ギチッ!

…ァア゛!ンっ!…グぁ…ギャァッ!、あ゛、ああ゛!

ギチュッ…グチュ…ピキュ…

ガぁアッ…ハァッ…ギッ…ガ、グッ……ゥ………

バリッ…ゴリガリゴリッ!

「……?え?」

思わず声が漏れた。

それは、男女の行為ではおよそ聞かない、歪な音だった。

男の背中は完全に重心を女に預け、女はしがみついていた両手と両足を、力尽きたとでも言うように垂れ下げている。

どこをどうしたらあんな音が出たのか、それとも、どこか別の場所から聞こえたのか?

画面の端々まで眺めたが、音の正体がわからない。

その時だった。歪な音がて間もなく…それまで男の背中に隠れていた女の頭が、突如がくん、と力無くもたげ、姿を見せた。

女の顔は、真っ赤になっていた。まるで、絵の具を塗りたくったような感じで…

目を見開き、その視線は空を見てるような…でも、ぼうっとしてるでもない、無表情に近い、よく分からない感じ。

そのさなか、男が再び女の顔に寄せる。

ガリュッ、ピキュ…ビチャ…

数分後再び女の顔が現れると、そこには瞼が無く、ベロンとむき出しになった目玉が、こっちの方を見ていた。

あの音は…男が、行為しながら女の顔を、肉を食いちぎって貪っていた音だった。

ガっ…あー…あー、アー、アーー、

アーーーーーーーー

「うわあああ!!!」

叫び声をあげてイヤホンに手をかける。…が、取れない。

ボンドでも付いてたのか?ってくらい…何度も思いきり引っ張るが、びくともしない。

「なあ、おい!コウキ!これどうなってんだよ!なあ!コウ────」

血の気が引いた。

確かに、目の前にいるのはコウキと、山田と秦野の筈、その筈なんだ。

なのに…全員がさっき以上に、不気味に笑いを浮かべていて…その顔が、その輪郭がぐにゃぐにゃと、時空でも歪んだのかってくらいに、ありえない形に曲がっていた。

「…どう?」

「…いいだろ?」

「アッハハハハッ、ハハハハハハハハッ!」

皆、狂ったように笑っている。その中に、微かに女性の声が混じっていた。

いいだろ?

どう?

もっと食べて

ほら、いけよ

楽しいよ!

バリッ、ピチャッ・・・ビチャ・・・

食べなよ早く

早く早く早く!

もっと!

もっと食べろ!!!!

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「…ぃ。おい!何してる!……た!、芝田!!」

「芝田!!!」

耳元で名前を叫ばれ、我に返る。

見ると…担任の先生が肩を思いきり掴んで、目を丸くしていた。

「……え?」

「芝田…おい、何…大丈夫か?」

隣では、コウキ達がめちゃめちゃ不安そうな顔で、僕の顔を覗き込んでいた。もう、顔は歪んでない。

…夢か。

そう安心した束の間、下半身を、生暖かい水の感触が襲った。若干パニックになりながら、足元に目線を向けると…そこには、太ももを伝って、足元にじわじわと広がった小便が、先生の靴の辺りにまで到達しようとしていた。

「………ぁ……」

辺りが、シーンと静寂に包まれる。皆、僕の小便を見つめたまま…誰一人として状況を呑み込めなくて、茫然としていた。

怖くて漏らしたのか?幼稚園児か何かか?一気に羞恥心がこみあげる。そして先生から怒られるに違いない…複雑な感情に交じって、別の恐怖が襲った。

が、先生は静かに僕の肩から手を下ろすと、

「…お前ら、ここで芝田隠してろ、替えを探してくるから、いいな?」

怒るでも笑うでもなく、ただそう言って、教室を後にした。

「…大丈夫か?」

「マジ?そんなにハマった?」

「おい!秦野…!」

「ごめんって…だって、芝田ずっとリピート再生してたから…五分も無いだろ、これ」

「え…?」

教室の掛け時計を見る。いつの間にか、三十分以上も時間が過ぎていた。

嘘だ。そんな筈ない。だって画面には…

ますます頭が混乱して、立ち尽くす他なかった。

この時ほど、誰も教室に入って来なくて本当に良かったと思った事は無い。いい年した人間が、同級生の前でお漏らししたまま、ぼーっと突っ立ってるなんて…傍から見れば、阿保以外の何者でも無い。

二十分後、教室に戻って来た先生から、無言で替えの下着と制服のズボンを渡され、速攻で着替えと床掃除を終えた。

一緒に汗拭きシートが入っていて助かった。顔がスースーして、若干痛みを感じるくらいの力で床を拭きまくり、完全に臭いを消したあと、僕達は教室を後にした。

床掃除に集中したからせいか…やっと落ち着きを取り戻した僕は、帰る道すがら、自分が見たものを全て打ち明けた。

三人とも、僕の話を信じてくれて…コウキに至っては、聞くなり青ざめて震えていた。無理もない。動画を撮った張本人だからな…

「俺、本気でヤバいもん撮っちゃったのかな…?あそこって、ヤバい場所なの?」

そんな風に聞いてきたけど…誰も、あの川にまつわる変な話を聞いた事が無かった。

年長者から聞いていれば、記憶のどこかしらを辿って気付くけど…誰かが死んだとか、事故が起きたとか…そんな物騒なのは、一つも聞かされた事が無い。

じゃあ、だとしたら、僕が見たものは一体何だったんだ?

「なあ、コウキ…なんであんなの撮ろうと思ったの?」

「別に、狙ってたわけじゃないって…ただ偶然…俺、通りかかったら見つけて…」

「でも、お前の家って川と逆方向じゃん?…オレ達と同じで…」

「それが…なんていうか…その…」

コウキ達のやり取りを聞きながら、視線の端にある河川敷から、何かがずっとちらついていた。

苛立ちを抑えながら奥にあるものに目を凝らす。草が生い茂る一角─────

二つ、上下に動きを繰り返す影があった。

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僕達は通学ルートを変えた。

川に面した道は信号待ちも少なくて便利だったけど、この一件を境に、高校を卒業するまで一切通らなかった。

有難い事に、コウキ達も先生も、僕が失禁した事を周りの誰にも口外しなかったのか…明けて次の日からは何事も無く、その後は普段と同じように、学校生活を過ごした。

結局、僕が見てしまったのは、悪夢か何かだったのか?あれは、あの二人は一体何で、あんな事を…

疑問に思ったけど、その時の記憶がリアルに頭の中で再生されてしまうのも嫌だし…何だか身体に妙に違和感を感じたりで、結局考えるのはやめた。

…ただ、それから十年が経った最近になって、地元に戻った折、近所で気になる事を聞いた。

「あそこ、昔っから不良が溜まってたでしょ?でもね…大昔はそこ、よく『立ちんぼ』が居て…なんでも見境なく客取ってたとかで…違法薬物だの悪い噂もあってね~」

「なんかそれ、ある時河川敷で死体になって見つかったってやつでしょ?ボロボロになって…こないだの事件…なんか因縁あるのかしら~」

こないだの事件。

それは、飲食のアルバイトをしていた若い男が、逢引きで連れてきた同僚女性の、体の一部を嚙み切ったという傷害事件。

…河川敷の一角で。

コウキがあの河川敷まで行ったのは、バイト先の女の先輩から、誘い出されたからと言っていた。

「その先輩と何するつもりだったの?」

「さあ、覚えてない…そもそも何で俺、誘いを受けたんだっけ…」

コウキは遠方に進学し、アドレスも全て変えてしまった。だから、今となっては河川敷に行った本当の理由は、知る由も無い。

だが…それってもしかして、あの河川敷の映像が関係してるんじゃないか、って思うんだ。

水辺には色んなものが集まりやすいって聞くけど、多分、コウキが撮ってしまったあの男女はその類で、僕は─────

…って…え?あ、ああ!!あ…ゴキュッ…ピキ…や、…ぁ…あ゛

バリッ…ビチャッ…あ゛、!!や…たす…ガリッ…で…

お腹が空いてるんだ。もう、ずっと。

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