俺はドライブが趣味だ。今日は休日で暇だから一人でのんびりと車を走らせていた。
今は社会人になったから仕事が忙しく、ドライブに当てる時間は減っていた。
大学生の時なんかはサークルの仲間とよくドライブして遊んだものだ。
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その中には可愛らしい女もいて、その子とは二人きりで夜のドライブデートをしたこともある。
別に付き合っていたわけでもないし、社会人になってからお互いに離れた場所で暮らしているから音信不通になった。
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「楽しかったなぁ」と俺は呟いた。
ドライブが好きでずっとしていたものだから、飽きてしばらくやらなかった時期もある。
そんな時期におれは一つの遊びを思いついた。
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それはバス停でバスを待っている女の子に声をかけてタダで目的地まで送るという遊びだ。
もちろん、急に声をかけられると相手は怖いだろうから信用を得るために作戦を立てた。
女友達に一役買ってもらい、予め決めたバス停で自分の友達を一人連れて来てもらうのだ。
そこへおれが通りかかり声をかける。役者の女友達にはおれと会話をしてもらう。連れてきた友達を安心させるためだ。
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そして、おれの車に二人で乗ってもらい実際に目的地まで送る。
降ろしたところでおれは役者の女に報酬として遊ぶお金をやる。
そうやって再び女友達には別の女友達を紹介してもらい、おれは色んな女を乗せながらドライブして遊ぶ。
そうなるまでが目標だった。ちなみにこの遊びの名前は「バス停タクシー」と名づけた。
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実際、それは実現した。何人もの女をタダで乗せてやったし、道中色んな話を聞くことができた。
中には彼氏に振られて傷心中の女がいて励ましてやると女の方から目的地をホテルに変更された。
女二人とおれの三人で夜を楽しんだこともある。
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面白かったのは報酬であるお金をやるとその金の倍以上の金額をおれにくれた女もいた。
どうやら金持ちの娘だったらしい。その子には気に入られて定期的にタクシー業をさせてもらっている。
何人かそういう子がいるから資金源が増えた。もっと増えたなら会社なんて辞めて、女の子とドライブすることを仕事にしてやろうとも思う。
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そんな感じで、女を乗せるのは慣れたものとなった。
いつしかおれは友達の友達ではなく、完全に初対面の女も乗せられるようになった。
数多くの女と話してきたことで表情から話し声、話しかけ方などが自然に女を安心させるものとなっているようだ。
今日も女を拾おうとバス停タクシーをしようと考えていた。
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いつもは街中のバス停にいる女を捕まえるのだが、今日は大穴狙いで田舎の山道を走ることにした。
正直、都会で女を拾えるのは当たり前だ。そもそも女の数が多いし、人に慣れた女も多いからだ。
おれはバス停タクシーの一流になりたい。そこで田舎の山道を選んだ。
難しいことに挑戦するのが一流だからだ。
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都会からだんだんと離れていき、おれは山に入って行った。
暇だからラジオを流しながら走っているとバス停が見えてきた。
誰も立っていない。山道だからそうそう人はいないだろうと思いながら走り抜けた。
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またしばらく走るとバス停が見えた。今度は人が立っていた。
見るとおばあさんだった。おばあさんでも女性は女性だ。
おれは車を端に止めて窓を開き声をかけた。
「こんにちは、バスをお待ちですか?」
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「ええ。そうなんだけどね。通り過ぎて行ったからまた1時間くらい待たなくちゃいけないの」とおばあさんは困ったように言った。
「それは困りましたね。良かったら乗って行きませんか?お代はいらないので」
おれは親切な口調でそう言った。
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「あら、ほんと?ありがとう。助かるわ」
おばあさんは車に乗った。
おれは車を走らせる前に
「おばあさん、目的地はどこですか?」と尋ねた。
「〇〇町の〇〇駅までお願い」
「分かりました。それでは道案内をお願いします。」
とナビをセットせずにそう頼んだ。道案内を任せることで会話が生まれやすいからだ。
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道中、おれはいつも通り会話をすることにした。
「バスを待つの疲れたでしょう?特に田舎なんかは本数が少ないですし」
「ほんと、そうなのよ。バス待っていたのに通り過ぎて行っちゃうし。困ったわ。」
「待っていたのに通り過ぎたって酷いバスですねぇ。
僕が送るので安心してください」
「ありがとう。とっても助かるわ。本当にあなたが来てくれて嬉しかった。感謝するわ」
「いえいえ。困っている人を助けるのは大事ですから」
おれはおばあさんと穏やかに会話しながらも一つ怖いことに気づいた。
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“このおばあさんは生きている人ではないかも知れない”ということだ。
バスが通り過ぎたのはおばあさんがバス停に着くのが遅かったからだと思っていたが、バス停で待ち続けていたのに通り過ぎた。
つまり、バスの運転手には見えていなかったということ。
背筋が凍った。
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「おばあさんは普段何して過ごしているんですか?」
おれは下手に正体を突き止めるのはしない方が良いと判断した。
それとなく知ろうと思ったのだ。
「私はね。お墓の掃除しているの。」
おれはドキリとした。普通そこはテレビ見ているとか近所の年寄りとお喋りしているとかだろうと思ったのだが、幽霊を匂わせる答えに震えた。
おれが色々と自分の頭の中で想像を膨らませていると
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「私、なんかおかしなこと言った?」
おばあさんは、先ほどまでと違う低い声でそう言った。
「いや、そんなことないです!お墓の掃除は立派だなぁと思います。」
おれは慌てて答えた。
「そう。ありがとう。」おばあさんの声質が戻って安心した。
話を変えようと思っておれは
「おばあさん次はどう行ったら良いですか?」
と尋ねた。
「ああ、うん。そこの角は右に曲がってちょうだい」
おれはナビをセットしなくて良かったと心から思った。おかげで話を変えることができそうだ。
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走っているとバス停が見えた。おれはバス停があると見てしまう癖が付いている。
そこには若そうな女性が背中を向けて立っていた。車をゆっくりにして乗せようかなと考えていると。
その女はこちらを向いてくれた。見ると確かに若くてしかもかなりの美人だった。
声をかけようとおれはゆっくり車を左に寄せた。
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「あの子は乗せちゃダメよ。」といきなりおばあさんが後ろからドスの効いた低い声で言った。
「わ、分かりました。」おれはすぐにそれに従い再び車を走らせた。
少し忘れていたがおれは既に幽霊とドライブしているかも知れないのだ。言うことに従っておいた方が身のためだと判断した。
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しかし、気になったので尋ねることにした。
「どうして乗せたらダメだったんですか?」
おばあさんは元の声質で穏やかに答える。
「あの子は幽霊なの。生きている人ではないから乗せるとあなたが危険になるの」
お前も幽霊だろと思いながらも
「なるほど。止めてくれてありがとうございました」
と答えた。
しかし、これによりおばあさんが幽霊である可能性は高くなった。
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同じ幽霊だから幽霊だと判断できたのだろう。おれはそう考えた。
落ち着いて目的地まで運ぼうと思った。
おばあさんが幽霊だとして、おれを殺す気でいるならさっさとそうしている筈だ。
先ほども言ったが、正体を突き止めるのは危険しかない。
普通に会話しながら送り届ければ大丈夫だろう。
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車を走らせてから1時間ほどでおばあさんの言う駅に到着した。
「ありがとう。本当に助かったわ。お礼にこれ、取っておいて」
おれはお守りを渡された。その時のおばあさんの手は温かかった。
幽霊じゃない?と頭をよぎった。
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駅には他の人もいるから思い切って
「おばあさんは幽霊じゃなかったんですか?」
そう尋ねた。
「あはは。そう思ったでしょう?やっぱり!」
おばあさんは嬉しそうに言う。
「え?違うんですか?」
俺は間の抜けた声でそう訊いた。
「違うわよ。たぶん、バスが通り過ぎたとかあの子幽霊だから乗せちゃダメって言ったところでお化けだと思ったんでしょうけど?」
おばあさんに見抜かれていたことに少し恥ずかしくなりながら
「その通りです」おれは正直に答えた。
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「やっぱりね。私昔から怖い話とか大好きでよくイタズラするのよ?」
おばあさんは少女のような笑顔でそう言った。
「はぁ、そうですか。すっかり騙されました」
「でも、バスが通り過ぎたこともあの女の子が幽霊ってことも本当よ。女の子は危なかったわね。乗せる気だったでしょう?」
「乗せる気でした。でもなんでバスは通り過ぎたんですか?おばあさんが立っているのに」
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「おそらく、生きた人を乗せるバスじゃ無かったのね。私は霊感があって向こうに気づいたけど向こうは私に気づかなかったみたい。」
「なるほど。そういうことでしたか。ではひょっとしたら若い女の人は?」
「あなた賢いわね。その通りよ。あのバスから降りた子だったのよ。きっと」
「どうやって幽霊は見分けるのですか?今後、乗せないためにも教えてください」
「それはダメよ。今回たまたま私を乗せたからあなたにも幽霊が見えただけで普通ならあなたは見ることなんてできないの。どんなものが幽霊かを知るってことは幽霊からもあなたを知られるってことよ、お守りを上げたのは魔除けのため。大事に持っておいて」
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「分かりました。ありがとうございます。おばあさんがいなかったら危なかったです。本当に感謝します。」
「今日はありがとうね。おかげで楽しかったわ、私は生きがいを見つけられて良かったわ。あなたのおかげよ、こちらこそ感謝するわ」
お互いに挨拶を交わして別れた。
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帰りながら思ったことだが、あのおばあさんは死のうとしてたんじゃないのか?
お墓の掃除はおそらく、先に天国に行ったおじいさんのお墓だろう。
幽霊バスに乗り込んでおじいさんに会おうとしたのではないか?
真相は知らないが、俺は帰り道とても温かい気持ちでドライブができた。
作者カボチャ🎃