これは、数年前、高校生のL子から聞いた話。
L子はS県の田舎町に住んでいた。L子は比較的頭がよく、第一志望の県立の高校に入学した。田舎の公立は校則が厳しく、高校生にもなるが、スマホ・携帯の類の持ち込みは禁止されていた。
しかし、女子高生にとってもはやスマホは生活必需品。友人同士のコミュニケーションには欠かせないものだった。
そんなわけで、結局、皆、かばんにスマホを忍ばせて登校し、先生の目を盗んではSNSのIDを交換しあったりしていたのだった。
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L子が入学した当初、学校で、妙なアプリが流行った。
ーゴーストアプリ
スマホの電波受信機能やGPS、高度計などのセンサーを使って周囲の「霊気」を探り、近くにいる幽霊とチャットをすることができる、という、非常に眉唾もののアプリだったが、占いやオカルトが好きな女子高校生の間ではまたたく間に流行った。
そのアプリは一見チャットアプリのような体裁で、こちらが、何か文章を打って送信すると、「周囲に霊がいれば」返事が来る、というものだった。大半は返事こず、多くの人はあきてすぐにアンインストールしてしまうのだが、L子の友人のT子は「返事が来た」と言い、皆がやらなくなってからも熱心に続けていた。
T子は真面目でいい子だが、口数が少なく、クラスでもやや浮いている存在だった。クラスの中ではL子が一番T子と仲が良く、その分、T子がアプリにハマっている様子がよくわかった。最初こそ、T子は真面目に校則を守り、学校にスマホを持ってこないでいたが、すぐに学校でも頻繁に見るようになっていった。何度か先生に見つかり、スマホを没収されたりもしており、それは、普段のT子を知るL子からすると違和感があることだった。
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ある日、L子は帰りがけ、T子に呼び止められた。
L子に、一緒にN神社まで行ってほしいというのだ。
N神社とは、学校からだと、電車で30分くらい離れたところにある小高い山の中腹にある寂れた神社だそうだ。後でわかったことだが、T子の家はN神社の直ぐそばだそうだ。
どうして?と聞くと、しばらくT子は言いにくそうにしていたが、ついに、例のアプリからの指示なのだと明かした。
T子が言うには、アプリをインストールしてしばらくはなんにも反応がなかったのだが、ある時、T子が部屋にいるとき、唐突にメッセージが届いた。
それは一言
「ちち」
とだけだった。
「ちち?」L子は尋ねた。
「実は、私のお父さん、私が3歳のときに登山に行ったきり、行方不明なんだ。お母さんはもう死んでしまった、というのだけど・・・。」
それで、T子はこのメッセージは「父」で、自分の父親からのものかもしれないと思ったそうだ。
T子は半信半疑で、
「お父さん?」
と打ってみた。
すると、
「ちち」
とまた、返信があった。
「どこにいるの?」とT子が尋ねると、
しばらくして
「あな」
と返信があった。
また、しばらくして、
「くらい」
と、更にメッセージが届いた。
それから、断続的にメッセージが届くようになった。メッセージの大半は
「ああ」
とか
「いかない」
とか
「やま」
のような断片的であまり意味のない単語だったが、まれにいくつかの単語が連続して送られてきて、意味が読み取れそうになることがあるそうだ。
「ここ最近、繰り返し、こういうメッセージが届くの」
T子はL子にスマホのアプリを開いてみせた。そこには連続してメッセージが並んでいた。
「くらい」
「あな」
「ちち」
「あかり」
「あな」
「よる」
「あな」
「ちち」
「よる」
「ひとり」
「N」
「やま」
「くらい」
「よる」
「だれか」
「あな」
「くらい」
「あかり」
「あかり」
「はやく」
「だいたい、最近、こういう感じなの」
T子は言う。
「これって、N神社の上にある風穴にお父さんがいて、夜は暗くて寂しいから、明かりを持ってきてほしいって、そういうことかもしれないって」
T子が言うには、N神社から少し登ったところにある風穴は、昔、このあたりで土葬が行われていたとき、死者を埋葬するのに使われていたとのことだった。昔から死者が集うところとされてきたのだ。
「お父さん、山で遭難して、亡くなってしまったけど、魂だけが家の近くに戻ってきて、風穴にいるんじゃないかって、それを教えようとしているんじゃないかって思うの」
だから、ろうそくを供えに行きたいが、一人では怖いのでL子に一緒に行ってほしいというわけだった。
正直、L子は嫌だなと思ったけど、T子があまりにも熱心だったので、つい承諾してしまった。週末、金曜日の夜に一緒にN神社の風穴に行くことになってしまった。
昼に行くんじゃだめなの?と問うと、実は、すでに昼間には行ったらしい。昼に行って、ろうそくを供えてきたというのだ。それでも、メッセージがやまなかったので、いよいよ夜に行くしかない、そう思ったという。
そして、金曜日、初夏とはいえ、まだ肌寒い中、18時過ぎに待ち合わせをして、二人してN神社を目指す。
N神社は宮司がいない小さなお社で、参拝する人もほとんどいない。というわけで、道もさほど整備されていない。麓からはなんだかんだいって30分以上かかるところにあった。待ち合わせた頃はまだ陽があったが、神社につく頃にはすっかり暗くなっていた。風穴は、神社の本殿の横を抜け、ここから更に15分ほど上がったところにあるという。
最初こそおしゃべりしながら歩いていたが、そろそろ疲れてきて、二人とも無口になっていた。あたりは暗く、ただ、二人が持っている懐中電灯の光の輪だけが道を照らしていた。
初夏だからか、虫の声も聞こえない。遠くで、フクロウの声が聞こえているだけだった。
唐突に視界がひらけた。
そこは台地になっており、奥の岩壁に縦横5m近い洞がポッカリと口を開けていた。洞の奥はよく見えない。入ってすぐに下り始めているようだった。
誰もいない夜の山、そこに開いている洞の前に立つと、とても不気味だった。T子はリュックから大ぶりのろうそくとライターを取り出した。
洞の前にある少し大きめの石の上に火をつけたろうそくを供える。よく見ると、その石にはベッタリと白いろうがこびりついていた。以前、昼間に来たT子が供えたものかもしれない。
T子はろうそくを前に熱心に祈っている。その姿を見て、来るまでは不気味に思っていたL子も、ちょっと来てよかったと思った。アプリが本当かどうかは別として、これでT子の気が晴れるならいいかもしれない。
熱心に祈るT子。
ただ、少し長過ぎないか?5分以上経ったとき、さすがにL子もおかしいと思い始めた。
「ねえ、T子」L子が声をかける。
そのとき、T子がブツブツなにか言っていることに、ふとL子は気づいた。耳を澄ますと
「くらい、くらい、あな、あな、あかり、ちち、くらい、N、やま・・・」
まるで念仏のように抑揚のない声でつぶやいている。ぞっとして、L子はT子の肩を揺すった。
「ちょっと、T子、どうしたの!」
すると、ブツブツ言っていたTはふらりと立ち上がり、
「呼んでる・・・」
と、フラフラと風穴に入ろうとする。
L子は驚いて、それを必死に止めようとするが、ものすごい力でT子は進もうとする。L子を引きずる勢いだ。
「くらい、あな、ちち、N・・・からだ、からだ・・・」
「ちょっと、T子!何しているの!?」
L子は叫んだ。そしてついに、T子を引き倒し、頬を一発、張った。
T子はそれで正気に戻ったようだった。キョロキョロとあたりを見回して、目を丸くしている。
「行くよ!」
今度はL子がT子を引っ張るようにして山道を下った。麓に着いてからは、ふたりともほぼ全力疾走で街まで走って帰った。
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後日、T子が母親に再度確認したところ、Tの父親は死んだわけではない事がわかった。幼い頃に離婚したが、T子を気遣って「山で遭難して行方不明」と言っていたのだという。
すると、あのメッセージは何だったのか?
あの日、家に帰ってから、T子はアプリを開いてみたという。
そこには例の「くらい」「あな」「ちち」などのメッセージの羅列が相変わらず続いていたが、最後はこう終わっていたという。
「くらい」
「あな」
「N」
「からだ」
「からだ」
「おれのからだ」
T子はすぐにアプリをアンインストールしたらしい。
作者かがり いずみ
アプリはなにかの「霊」の声を拾ったのでしょうか?
「おれのからだ」を得るために、T子を呼び寄せたのかもしれませんね。
あの世のものとの交信ができたとしても、
しないに越したことないのかもしれません。
もうすでに、彼岸にいる人達は
私達とは違う世界のモノなのだから・・・。