中編7
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死者の手稿

私は、怪異譚を聞くと、スマホやPCでメモを取っておきます。そして、普段は、そのメモを見ながら若干文章を整えて投稿しています。

これもそんな話の一つ。

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これは、古書店の店主Cさんから聞いた話。

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その古書店では、客からの求めに応じて出張買取もしていた。よくあるのが、本の蒐集家である家人が亡くなり、遺族が遺品の整理のために古書店に話を持ち込むというものだ。この日、近所でも資産家で知られるK家から、祖父が亡くなったので遺品の蔵書を買い取ってほしいとの依頼を受けて買い取りに訪れていた。

亡くなった祖父はいろんなことに興味がある人だったようで、文学小説から博物学図鑑、航空工学の本や民俗学、植物学など様々な分野の本が良く整理された状態で保存されていた。特に文学や民俗学関係の書物は初版物も多く、ざっと見ただけでもなかなかの掘り出し物もあるように見受けられた。

「この部屋にあるのは全て祖父のものです。値がつかない物も処分してしまって構いません。」

今の主なのだろうか、若い男性は素っ気なく言った。若い人にとってはあまり興味のあるものでもないのだろう。これだから古書店業界も先細りなのだ・・・、そんなことを思いつつ、Cさんは査定を始めた。

査定自体は2時間ほどで終了した。買取金額を主に伝えると、意外に高値で売れたと思ってくれたようでやっと笑顔が溢れた。

「ところで・・・」

Cさんは査定途中で見つけた一冊の革の手帳を男性に示した。

「こちらが古書の間に挟まっていました。おそらくおじいさまのものだと思うのですが?」

男性はパラパラと手帳をめくると首を傾げる。

「祖父の字ではないと思います。内容も・・・一体誰のだろう?」

不用なので一緒に処分してほしい、と言われ、値の付かない本とともに持ち帰ることになった。

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店に戻り、K家の蔵書の仕分けや値付けを終えると、Cさんはふと、黒革の手帖を取り出した。手帳はB5版ノートサイズで厚さもそこそこある。一般的なビジネス用の手帳というよりも、野外で研究者が使っているフィールドノートのようであった。裏表紙の裏手に名前が書かれている名字はK家のもので、名は男性名でR、とあった。

書いた人はどうやら民俗学の研究者のようだった。日本のあちこちに出向き、民話や伝承を聞き、書き取っていたようだった。日付を見ると、昭和50年代に書かれたものだとわかる。几帳面な性格だったようで、聞き取った話それぞれについて、日付、場所、聞いた相手の名前や年齢はもちろん、そのときに印象に残った風景などの簡単なスケッチ、話を聞いた際に推測したことや考察などが丁寧に描かれていた。

例えば、

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昭和51年7月22日 N県S郡S村 G.Tさん79歳男性

Gさんが小さい頃に、村の大人から聞いた話とのこと。

ある年の夏祭りの終わりの日、村の若い衆が数人、S森に入っていった。入ったのを見たものがいるが、出てきたのを見たものはいなかった。村人は朝を待って森を探して回ったが若い衆を見つけることはできなかった。

何日かしてふらりと1人の若者が森から帰ってきた。聞いてもどこで何をしていたか覚えていないという。それどころか、何人で森に入ったかも覚えていないという。

ただ、1人よりは多かったはずだ、と語った。

しかし、村人に確認しても、この若者以外にいなくなった者はいないと口を揃えて言ったそうだ。

<考察>

Gさんの年齢から考えて明治から大正時代の話と推測。

一種の神隠し譚だろうと思われる。隣のH村にも同様の話あり。

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どうも、このRさんは伝承の中でも怪異譚に興味があったらしい。この他にも鬼の話や隠れ里の話、違う時代から来たのかもしれない男性の話など、奇妙な話を蒐集して回っていた。

特に興味を持っていたのは、この話のような「神隠し」だったようだ。所々に神隠しについての考察メモが記載されていた。

Cさんの店では民俗学に関する本も扱っており、Cさん自身もそのような分野に興味があった。手稿が読みやすくもあったので、気がつくと熱中して読んでしまっていた。

手稿は後半になると、先程のN県S村の記載が多くなる。どうやら、この村の伝承に非常に興味があったようだった。

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昭和53年10月11日 N県S郡S村 Y.Dさん95歳女性

祖母から聞いた話では、S森にはアカネガミが棲んでいるという。アカネガミがなんだかは知らない。森に入ってアカネガミを見ると帰ってこれないという。

生きたまま死んでしまうと言われている。

<考察>

森に住む神の典型か?禁忌の象徴

生きたまま死ぬとはどういう意味か?ただ死ぬだけではない?神隠しの意味か?

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昭和53年10月12日 N県S郡S村 Y.Sさん62歳男性

S森に入ると帰ってこれないという話は小さい頃からよく聞かされている。でも、自分が聞き及ぶ範囲では少なくともS森で遭難した人はいない。

S森自体も大きな森でもなく、滑落しそうな崖などもない。

なんで、あんな伝承があるのか不明。

<考察>

「帰ってこれない」という伝承は根強くある様子。

村長に頼んでS森に入る許可を取れないか?

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昭和53年10月20日 N県S郡S村 K.Kさん52歳男性 現村長

民俗学の研究のため、というと最初は渋っていたが、この村の神隠し伝承は非常に特異なものであり、研究対象として貴重であることを説明し、説き伏せた。最終的にはS村の伝承をまとめて自費出版したいというと、喜んでくれる。

調査許可をもらう。

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このあと、数ページに渡り、合計4回、S森の実踏を行った記載がある。写真やスケッチがあり、Rさんが熱心に調査をした様子が伺える。

Cさんはとあるページに目が止まる。

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昭和54年2月22日 N県S郡S村 S森にて

今日は、S森で夜を明かそうと思う。夏祭りの時の若い衆も夕刻から森に入っている。

アカネガミ=茜神?黄昏の意味か?

森の中心近くに使われていない猟師小屋があるのは分かっているので、そこを拝借することとする。

19時25分 小屋につく。缶詰にて簡単な夕食。

22時30分 小屋の周囲で物音。フクロウか、イタチか?

24時    特に変わりはない。就寝。

6時     起床。特に変化はない。森で一夜を過ごすのは良い経験だった。

       缶詰にて簡単な朝食

7時30分  森の様子が変わっている。妙なことに帰り道がわからない。

       一度来た道なのに辿れない。

9時     とにかく、進むことを決める。西を目指せば森を抜けることはできる。

11時    アカネガミに会う。いや、会った?赤い目の山猫のような姿だが、体高が1m近くある。すぐに逃げてしまう。(このページにRさんが描いた山猫の絵がある)

13時28分 やっと森を抜けられた。一応確認するが、S村で間違いない。時間のズレもない。ちゃんと帰ってこられている。

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昭和54年3月2日 自宅にて

最近、そう、アカネガミに会ってからか?家人の様子がおかしい。

私が話しても返事をしないことが増えている。大きな声を出すと返事をするが、どこかぼーっとしている。Mからは家の中で「おじさん誰?」と聞かれた。

悪い冗談のようだ。

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昭和54年3月9日 自宅にて

理解し始めた。Y.Dさんが言っていた「生きながら死ぬ」とはこういうことか。

複数人数で森に入った若者が一人だけ帰ってきた、それでも、「誰も行方不明ではない」とはこういうことか。

もう、この家にはいられない。

アカネガミの祟りということか?

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昭和54年3月10日 自宅にて

兄さんに別れを告げた。兄さんはキョトンとしている。

S森の伝承に関わったのがよくなかった。アカネガミの祟りは解けるだろうか?

もう一度S森に行くしかない。

K.RはK家の次男であり、確かに昭和22年5月13日に生まれ、株式会社○○に勤めている。ここにこれを記す。

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この記述のあとは白紙だった。

この不思議な話をし終わったあと、Cさんは言った。

「私が思うに、このRという人は、亡くなったK家の祖父の弟なのではないかと。しかし、若い主に確認しても、祖父に弟はいない、とのことでした。Rという名にも心当たりがないということです。」

「普通に考えれば、祖父がいたずらで書いたもの、というのが濃厚な線でしょう。しかし、筆跡が違うと言い切られている。それに、こんな手のこんだ悪戯をする必要があるでしょうか?この手稿が創作だとは思えません。」

「これは、生きながらにして存在を消されてしまった者の手記なのではないでしょうか?」

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ところで、不思議なことがあります。

私はこのメモのファイルを自分のPCの中に見つけましたが、Cさんという古書店主と会った記憶がないのです。PCのファイル上は全ての固有名詞がそのまま記録されていますので、Cさんのお店という住所を訪ねてもみました。

そこには古書店はなく、喫茶店でした。

近所の人の話では20年以上前から、そこには喫茶店しかなかった、とのことです。

Concrete
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@あんみつ姫 さん

とっても長いコメントありがとうございます。
もう少しリッチに描ければ怖さも引き立つのでしょうね。
ネタ帳はこれからも少しずつ書いていきたいです。
(紙にするかは、、どうしましょう)

怖がっていただけたなら幸いです

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