B子は高校生の時に親友を事故で失ったことがあるという。
これは、その時の体験談だ。
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B子とK子は家も近く、中学時代からの親友であった。
休日などもよく一緒に買い物に行ったりライブに行ったりする仲だった。K子は元気で活発だが、B子はどちらかというと大人しく、控えめなタイプだった。正反対に近い二人が仲良くできたのは、共通の趣味があったからである。
彼女らの共通の趣味はあるアーティストのおっかけだった。
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事故があった日もB子とK子は少ないお小遣いをためて買ったチケットを握りしめ、二人でライブに行っていた。ライブは隣の県で開催されており、帰りはとても遅くなってしまった。
二人が住んでいるのは一応東京都であるが、西の外れの方で、むしろ普通の人がイメージする「田舎」に町並みは近い。
夜ともなれば街灯がポツポツと灯るくらいで真っ暗である。
お金がなかった二人は、駅から降りると幹線道路沿いに家まで歩くことにした。
若いからだろうか、大分はしゃいで、さらに、物販で買い漁ったグッズを大きなカバンに入れての帰り道だというのに、二人のおしゃべりは尽きなかった。
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事故は唐突に起きた。
不意に乗用車が二人めがけて突っ込んできたのである。
K子はその車にはねられて即死。
B子は足を引っ掛けただけで済んだが、それでも全治1ヶ月の怪我を負った。
K子のお母さんは松葉杖で葬儀に出席したB子を見て、複雑そうな顔をしたが、B子を責めるわけにもいかないと思ったのだろう、黙って頭を下げた。
B子はいたたまれなかった。ちょっとでも歩く位置が違えば自分も死んでいたかもしれない、それでも、自分がK子を殺してしまったように感じたのだった。
でも、その思いは言葉にできなかった。B子は黙って頭を下げることしかできなかった。
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それから半年近くがたった。
B子の怪我もすっかり癒え、そして、やっとK子の事故を思い出すことも減っていった。
事故当初は友人とも話す気がなく、ふさぎ込むことが多かったB子も、この頃になると徐々に通常のペースを取り戻しつつあった。
件のアーティストのライブも開催されていたが、K子とのことを思い出してしまうせいか、行くことを避けてきていた。
しかし、ここに来て、友人のN子から誘われて、久しぶりにライブのチケットを買ってみた。
いざ買ってみると、やはり楽しみだ。週末にライブがあると思うだけで日々の生活が生き生きとするようだった。ああ、自分はやっぱり彼らの事が好きなんだなーと実感していた。
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ライブまであと10日、と迫ったとき、B子は夢を見た。
K子の夢だった。
夢の中、K子は
「私も行きたかったのに」
「なんでBちゃんだけ」
「一緒に来てくれるよね?」
と訴えていた。
K子も一緒にライブに行きたかったのかと思ったが、B子は「断らなきゃ」と感じたそうだ。それで、K子に一緒には行けない、と言った。
夢の中でK子はとてもがっかりした顔をしていた。
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妙な夢を見たものだと思ったが、夢はその日限りだったので大して気にも止めなかった。
ところが、一緒に行こうと言ってきた当のN子が、突然行かれなくなった、と言って、自分の分のチケットをB子に押しつけるように渡してきた。
理由を聞いてもはっきりしたことは言わない。とにかく行かれなくなったというのだ。
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更に不思議なことがあった。
ライブの3日前、K子の母親から久しぶりに電話があった。
「B子ちゃん、ちょっと言いにくいんだけど」
そう言うと、件のアーティストのライブに、K子の遺影を持って行ってほしいというのだ。
どうして自分がライブにいくことを知っていたのか?と聞いてみると、やっぱり、ともらして、こう続けた。
「夢にKちゃんが出てきて、言ったのよ。それで、いっしょに連れてってほしいのかなと」
数日前のK子の出てきた夢を思い出して、B子はちょっと背筋が寒くなった。
K子はやっぱりライブに行きたいのだろうか?もしかして、N子が行かれなくなったのも・・・等と考えていた。
とにかく、親友が夢で訴えているのだから、と思い、K子の母親から遺影を受け取り、B子は一人でライブにいくことにした。チケットは1枚余るが、とうてい誰かを誘う気にはなれなかった。
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一人でライブに行ってもやはり味気はなかったが、とにかく行き、無事に帰ってきた。
帰りにK子の家に寄り、K子の母に遺影を返した。
K子の母はとても感謝をしてくれた。ついでに、と思い、部屋に上がらせてもらい、お線香をあげた。
「これ、K子の分」
と言って、仏壇にチケットを置いてきた。その光景を見て、また、K子の母は涙ぐんでいた。
「ところで・・・」
B子は自分の夢にもK子が出てきたことを言った。そして、
「おばさんに、K子はなんて言ったんですか?」と尋ねてみた。
K子の母は、若干躊躇っていたが、意を決したようにこういった。
「気を悪くしないでね。Kちゃんね、おばさんの夢に出てきて、こう言ったのよ。
『私も行きたい』
『ずるい』
って。」
それを聞いて、K子の母はB子のことを思い出したそうだ。生前、いっしょにライブに行く前の日はとても楽しそうにしていたということだった。
それで、せめて遺影だけでも一緒に行ってもらえないだろうかと思って、電話したそうだ。なんならライブチケット代を出してもいいと思っていたらしい。
ところが、B子が本当にライブにいくつもりでいた事を知って、驚いたという。
「本当に、Kちゃんはまだここにいて、一緒に行きたがっていたのかもしれないね。」
そう言って涙ぐんだ。
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K子の家を出たときには、B子もちょっと心があたたまる思いがした。偶然だろうけど、K子の供養になっただろうと、思っていた。
幹線道路沿いに家路を急ぐ。駅からK子の家までは例の事故現場を通るのが近かったが、やはり嫌な記憶があるので、そこは迂回した。
しかし、K子の家から、B子の家までは必ず幹線道路沿いを通る必要があった。
あたりはもう真っ暗だった。左手の道路には大型トラックや乗用車がかなりのスピードで走りすぎていく。ヘッドライトとテールライトが光の川のよう見える。
『あの日もこんな感じだったな』
久しぶりにあの日のことを思い出していた。事故の原因は飲酒運転だったと聞いた。
『K子ちゃん、何も悪い事していなかったのに…』
そう思うと、自分が生きているのに感謝しければいけないと思えてきた。
ふと意識が現実から離れた一瞬、B子は
どん!
と横から幹線道路の方に押されたのを感じた。
たまらず、道路に倒れ込む。
そこに、大型のトラックが迫ってきて、
shake
キキキーッ
寸でのところで停車した。
運転手が何事か叫びながら降りてくる。
しかし、B子の耳には運転手の声は届いていなかった。
トラックが急停車する寸前に聞こえた声・・・あれは・・・
そう、あれは、確かにK子の声だった
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『ずるい』
と。
作者かがり いずみ
半年経って、B子さんから自分の記憶が薄れていったことでK子さんは寂しく感じたのかもしれませんね。
それで、こんなことを。
そういえば、B子さんの夢やK子さんのお母さんの夢の中のK子さんの言葉
もしかしたら、本当はこう言っていたのかもしれません。
「私も生きたかった」
「ずるい」
と。
B子さんはこの事故の後、神社でしっかりお祓いを受けたそうです。
その甲斐あってか、今では都心の会社でOLとして勤めています。