友人のKが、今年も母親の墓前にカーネーションを供えている。
ちょうど、母の日が誕生日だった、というのもあるが、普通墓参りなら命日だろうと思うが、彼は母の日にこだわっていた。
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Kとは、Kの母親が亡くなり随分立ってから、つまり、俺たちが社会人になってからの付き合いなので、若いときのKのことや、Kの母親が亡くなった事情について俺はよく知らない。ただ、バカ話の端々で、昔、Kがほんとにやんちゃしていたことや、Kの母親がずいぶん若いときに亡くなったことぐらいは把握していた。
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今日、俺は特に用事もなかったのでKと連絡を取り合い、昼から飲みに行こうぜと誘った。Kは「あ、墓参りの帰りでいいか?」というので、そういえば、こいつは毎年母の日に墓参りをするんだったと思い出した次第だ。
俺はというと、自分の母親は生きているものの、Kから言われるまで母の日の存在そのものを忘れいてたような親不孝者だ。
墓参りのあと、街の居酒屋で飲み始めた。昨今は緊急事態宣言のせいで店が閉まるのが早い。そういうわけで、俺たちは早く酔おうとして、急ピッチで飲んでいた。
ちょうどよく酔いが回ったところで、俺は長年の疑問をふと口にした。
「なあ、K。お前なんだって毎年母親の墓前にカーネーションなんだ?」
つまみの枝豆を口にほ折り込みながら、
「ああ、あれな・・・。母さんに助けられたからな。それでな・・・」
と、Kは若干歯切れ悪く答えた。
なんとなく釈然としなかった俺が、なおもしつこく聞いていると、Kは不思議な話をし始めた。
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俺の母さんは、俺が小学校4年生のときにガンで死んじゃったんだ。
あとには、父さんと、俺と、弟が残された。
弟は成績優秀だったけど、俺は勉強はからきしだった。
父さんは母さん死んでから厳しくなってさ、俺が勉強しなかったり、テストでひどい点を取ると、怒鳴ったりするんだ。
弟と比べられてさ。兄の面目丸つぶれじゃん?
それで、まあ中学校のときにはちょっとグレ気味でさ。
今から考えると父さんは一人で仕事もして、子供の世話もしてで大変だったんだよな。余裕なかったんじゃね?
でも、その頃はそんなことわからないでさ、なんで俺ばっか、みたいに思ってて、面白くなくて、学校抜け出したり、喧嘩したりしてて、学校から呼び出されたりして、父さん頭下げてて、ほんと、迷惑かけてたんだよな。
それで、あれは、高校生の時だったよ。
悪い仲間とつるんでさ、街で悪さしたりしていたわけ。悪さって言っても、酒飲んだりタバコ吸ったり、落書きしたりとか、そんな感じ?まあ、かわいいもんよ。
で、やっぱり同じような奴らっていてさ、似たような場所で同じように粋がっている奴がいるわけよ。別に暴力団とか暴走族とか、チーマーってわけじゃないんだけどさ、なんていうの?「シマ荒らされた」みたいな話になって、小競り合いをして、
最終的にドコドコで○時に決着!
みたいな話になってさ。
俺、自分のグループのリーダーみたいになってたからさ、あとに引けなかったんだよね。それでまあ、金属バットとかさ、護身用のナイフとか持ち出して、まあ、一番に行こうとするわけよ、その場所に。
でも、内心ガクブルなわけ。自分ですら、こんな武器持っていくんだから、相手だって持ってんじゃん?とかさ。金属バットなんかで殴られたら死ぬわ、とかさ。
馬鹿だなって?
いや、ほんと、今思うとそう思うよ。マジで。
それで?そう、それでな、家を出ようとしたときさ、奥のリビングで
shake
ガタ!
って音がしたんだ。その日は父さんはまだ帰ってきてなくて、弟は塾行ってて、俺しか家にいないわけ。それでおかしいなと思ってリビングを見てみると、テレビの上に飾ってあった母さんの写真が落っこちてたんだよね。
まあ、直すじゃん?
それで、また出ようとするんだ。
そうしたら、また、
shake
ガタ!
って音がして、また見に行くと、また落ちているんだ。母さんの写真。
振り返ると、この時点でかなりおかしいんだけど、ちょっと俺、このときアドレナリン出まくってて、なんか傾いてんのかなとか思って、母さんの写真を伏せてさ、それじゃあ、ってわけで、また家を出ようとする、そうしたらさ、今度は玄関で
ビシ!
ビシ!
って、変な音が二回鳴ったんだ。もうびっくりして、あたりを見回すわけ。
でも、音の出どころはわからない。
もう、一体何だよってなるじゃん?でも、早く行かないと約束の時間になっちゃうし、逃げたと思われるのシャクじゃん?で、出ようとする。
shake
そしたら、急に携帯の着信が鳴るんだよね。
誰だよ!こんな時にって
ポケットに手突っ込んで携帯出てみたらさ、
「行っちゃだめ!」
って急に電話口で怒鳴られて、プツンて切れたんだ。
・・・・ああ、そう、女の人の声、聞いたことない。
着信は番号非通知だから誰からかわからない。
ツー、ツーって鳴っている携帯片手にさ、
流石に背筋が寒くなったわ。
ああ、母さんが「行くな」って言ってるって
結局?行かなかったよ。
アドレナリン引いたのもあるけど、ダチには行くのやめようってメッセージしてさ
結局、その後、俺らが相手にしようとしていたグループがさ、他のグループとやりあって殺人未遂で捕まってたよ。
やっぱ、あの時行ってたら俺、死んでたかもね。
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「その時くらいからかな。少しずつ学校行くようになって、結局ちゃんと卒業したよ。専門学校行って、今の会社入った。」
だいぶKは酔いが回っているようだった。
「出るのやめてさ、リビングの母さんの写真をちゃんと立てておこうと思って置き直したんだ。その時、久しぶりにまじまじ写真の中の母さんの顔を見たんだ。
あれ?こんな顔だっけ?って思った。
なんか、ものすごい眉間にシワ寄せて、怒ってるみたいな顔だったんだ。
それで、俺、そのまま布団かぶって寝ちまった。」
後で写真をもう一度見直すと、別に眉間にシワが寄ってなかったし、むしろ笑顔の写真だった、という。
この事があって以来、Kは母の日には欠かさずカーネーションを墓前に供えるようになったらしい。
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今日、Kとは6時頃別れた。
駅ではまだカーネーションが売っていた。
俺はそれをちょっと見て、小ぶりのカーネーションの花束を買って帰ることにした。
作者かがり いずみ
母の日特別バージョンです。
Kさんの体験談はありがちといえばありがちで、あんまり怖くない話ですが、今日にふさわしいので書いてみました。
楽しんでいただけたら光栄です。