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中編5
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死縄(しじょう)

僕の実家では人が亡くなると、ご遺体を縄で縛りつける習慣があります。

正確に言うと「ありました」というべきか?

最近は全くそういう慣習に従わない家も多いし、やったとしても縛り付けることまではせず、縄を遺体の眠る布団の上にかけることで代用をすることがほとんどだそうです。

しかし、私が子供の頃には、死者の手足をしっかりと荒縄で縛り付けていたのです。

私がその光景を初めて見たのは、中学校1年生の時でした。

その頃の私の家族構成は、父、母、弟、それから父方の祖父、祖母、そして、伯父(父の兄)がいました。

その時、亡くなったのはその伯父だったのです。

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私の家は少々ややこしく、通常は長男である伯父が継ぐはずだった本家を、三男である私の父が継いでいました。事情はよくわかりません。伯父は若い頃一度結婚したらしいですが、事業に失敗し、離婚して実家に住んでいる、ということだけを知っていました。

父と伯父の仲はさほど悪くなかったようですが、祖父と伯父は犬猿の仲で、さほど広くない家の中でも互いに顔を見ないように暮らしていました。

5月のある日、伯父が趣味のきのこ狩りでとってきたきのこを夕食に食った直後、食中毒で、あっけなく死にました。とってきたきのこの中に毒キノコが混ざっていたのです。

幸い、伯父のきのこは他の誰も食べていませんでした。我が家で調理を担当していたのは祖母と母でしたが、以前から伯父がとってきたとしても、決して他の家族にそのきのこを食べさせることはありませんでした。

家の中で死者が出たのが初めての経験だった私はびっくりするやら恐ろしいやらでした。医者や警察が来て、家の中がごった返したのを覚えています。

そして、夜半過ぎには、今度は水を打ったように静かになりました。

仏間に伯父が寝かされています。これから、葬儀の日まで、家に死んだ伯父がいる、と聞き、子どもだった私は怖くてたまりませんでした。

それでも、怖いもの見たさで、伯父の眠る仏間を覗いたりしました。

仏間には、青白い顔をした伯父の遺体の他、父が座っていました。

私が父に何をしているのか?と問うと、父は

「番をしているんだ」

と言いました。

葬儀が終わるまでの間、遺体を放置してはいけないことになっているんだ、と説明されました。

「なんで?」

と私が聞くと、父は笑いながら

「昔から、番をしていないと遺体が生き返って逃げてしまう、と言われているんだ」

と言うのです。いくらなんでもそれは迷信だろう、と私は思っていました。

しかし、父は、

「ほら、見てみろ」

と伯父が眠る布団をめくって見せました。そこには、手足を荒縄でしっかりと縛られている伯父の姿がありました。顔に負けないくらい青白くなっている手や足に、食い込まんばかりに荒縄を縛り付けています。力が強いせいか、赤黒い血が滲んでいる様子も見えました。

私はたまらず目を背けました。

「こうしておかんと、死体が間違って生き返って山に逃げよるんだ」

父は真顔でそう言いました。そして、

「おう、そうだ、明日の夕方、俺は葬儀の手配に行かなきゃいけない。その間、兄貴の番をお前がしてくれ」

というのです。正直、嫌でしたが、この頃の父の命令は絶対でしたので、私は黙って頷くしかありませんでした。

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次の日の夕方、父はでかけていきました。私は父が帰ってくるまでの3時間あまりの番をすることになりました。

仏間に入ると、私は伯父の遺体からできるだけ離れたところに腰を下ろし、膝を抱えました。一応小説や漫画本を持っては来ましたが、全く読む気にはなれません。

かといって伯父の遺体を見つめるのも嫌でした。

仕方がないので、同じ部屋にいながら明後日の方向、天井近くの壁にかけられた時計ばかりを見て過ごしていました。

時計を見ながら過ごす時間は恐ろしくゆっくりでした。静かな仏間に、柱時計のカチ、カチ、カチという音だけが響きます。

まだか・・・

30分も立たないうちに、ものすごく辛くなってきました。抱えた足に顔をうずめます。早く父が帰ってこないかとそればかり考えていました。

そのとき、

ザッ

と、なにか衣擦れのような音がしました。

顔を上げてあたりを見回します。

特に何かが動く気配はありません。

気のせいか・・・

そう思って時計を見た時、また、

ザッ、ザッ・・・

また、音がしました。今度は確実でした。

この部屋で音を立てるものといえば・・・

私はゆっくりと伯父の遺体に目を向けました。

動いて・・・ないよな?

伯父は変わらず眠り続けています。青白い顔、目は閉じ、口は半開きになり、身じろぎもしていません。

ほっ、として視線を外そうとした時、

びくん・・

伯父に掛けられた布団が痙攣するように動きました。

「ヒッ・・・」

私は声にならない叫びを上げ、伯父を凝視します。

見ている間に、また動きます。

間違いない。伯父の遺体が動いているのです。

目は閉じていますが、もぞもぞと布団の下で確かに動いています。

縛られているせいか、大きな動きではないですが、間違いなく動いているのです。

「うわー!!!」

私は情けないくらい大きな声で叫びました。

その声を聞きつけたのか、祖父が仏間に飛んできました。

「どうした!」

「ああ、あ、おじちゃんが・・・」

私は震える指で、伯父の遺体を指し示すことしかできませんでした。

祖父は伯父の遺体を一瞥するや否や、

「おのれ!死なねえか!」

と飛びかかりました。

祖父の体の下で伯父の体はビクンビクンと大きく跳ね上がるように動き回ります。それを祖父が馬乗りになって押さえつけ、首を絞め始めたのです。

5分くらいそうしていたでしょうか。伯父の動きは徐々に小さくなり、やがて大人しくなりました。

「迷って出るんやない。この穀潰しが!」

額に浮かぶ汗を拭うと、息を切らして祖父は私に向き直りました。

「ええか、死人返りは縁起が悪いこっちゃ。このことは村の他のもんにはくれぐれも言うんじゃないぞ。」

それで、もう部屋に戻ってええ、というので、私は自分の部屋に飛んで帰り、先程の光景を思い出して布団の中で怖くて震えていました。

その後、伯父の葬儀は普通に行われました。

私の知る限り、あの出来事の他に変わったことはありませんでした。

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この事があってから、30年以上が経ちます。

祖父も20年以上前に亡くなりました。

そして、父親が去年、亡くなりました。

ふたりとも、滞りなく、普通に葬式をあげました。

この話は今まで誰にもしたことがありません。今回が初めてです。

あの時、死者である伯父を縛り付けていなかったら、一体私はどうなっていたのだろう、そう思うことがあります。

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動き出した伯父の遺体に飛びかかり、グイグイと首を締め付けた鬼気迫る祖父の姿、そして、動かなくなった伯父の遺体を見下ろして言った言葉・・・

仲が悪かった、祖父と伯父

立ち上がった祖父の下で首を絞められ目を見開き、舌をだらりとはみ出させた伯父の遺体。

その伯父の首にはくっきりと祖父の手形がついていました。

うっ血があったのです。

今、もう一つ、恐ろしい考えが頭に浮かんでいます。

もう、祖父も父も亡くなりました。

全てが過去のことなのです。

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