この話を持って来たのはA君で、大学生の頃の話だっていうんです。
当時A君は、B君C君D君の四人で廃墟や心霊スポット巡りをしていたんですって。
ある日、ちょっと顔を見せなかったD君がたまり場にやって来て
「久しぶり-」と。
三人も
「おう、どうした」と返しましたらD君
「うん、また廃墟を見つけたんだ。今晩行かないか」と。
「今晩?そりゃまた急だな」
「こういうのは鮮度が命だからな。鍵もあるんだよ」
「ずいぶん準備がいいな」
「鍵なんてどうやって手に入れたんだよ」
「企業秘密だけど、俺ならできるんだよ」
なんてやりとりがありまして、三人で話し合って、誰も今晩用事もないので行こうってことになりまして、D君に詳しい話を聞きますと、
各駅停車しか止まらない私鉄の駅から徒歩二十分のところに簡素な住宅地があって、その中の一軒だと。そこでみんな
「なんだよ、周囲に住んでる人いるのかよ。通報されるじゃないか」
「それがな、深夜一時過ぎになると終電も終わってるし、みんな寝てるし、車が通らない脇道があるから、そこを通れば人目につかないんだよ」
「詳しいんだな」
「そりゃ調べたもん」
あぁ、D君がここ数日顔を見せなかったのは、鍵を手に入れたり実地検分したりしてたからかと三人が納得しまして、D君に話の続きをうながしました。
「そこには女性が一人で住んでたんだ、両親はその人が小さい頃そこに家を買って住み始めたんだけど、その人が大学生になってから二人とも事故で亡くなって、女性が一人で住んでいたんだよ。で最近付き合ってた男に振られちゃって自殺したってんだよ」
「なに?その家に入るの?不法侵入じゃん」
「でもまぁ誰にも見つからず、家に入ってなんにも持ち出さなかったらセーフにならん?」
「両親はもういないのか。おじいさんおばあさんはいるとしても遠くにいるのか?」
「その家の管理は親戚の人?」
と三人が指摘し合ってD君に聞くと
「遠い親戚の人がいるらしいんだけど、だから今夜がヤマだと。早く行けば大丈夫だよ」
「ちなみにその女性が亡くなったのは?」
「それが三日前なんだよ」
三人相談して、D君の準備の早さに呆れて、終電に乗って駅で集合しようと決まりました。
時間になって電車を降りたのはA君とD君の二人で、B君とC君は先に来て駅前のファミレスで話していまして、A君が二人に到着したことをメールで送りましたら、二人ともすぐ店を出てA君とD君に合流しました。
D君が先導して歩き始めたんですが、方向は上り坂なんです。別に急な坂ではないから三人とも何も言いませんでしたが、なるほどこれは急行とか特急が停まる駅ではないなと。その住宅地に住んでる人たち、車を利用しているのか解りませんが、鉄道会社が駅のそばで宅地開発をして、人を呼んで電車の利用を増やそうという意図は、この駅に関しては上手くいっているか疑問でした。坂道の両脇にさまざまなお店があるのですが、営業時間が終了したから閉めているようには見えず、よくあるシャッター商店街に思えるのです。
さらに言えば、一つ隣の駅が昔から栄えていて特急どころか快速特急まで停まるのです。夜中にこの商店街の飲み屋が開いていたとして、ここに住んでいる人は入るかもしれませんが、ここに住んでない人はそっちの駅で飲んで特急や快特に乗る方が楽だろうと。
「この上り坂をさらに上がっていくと、開発した宅地以外に、もっと昔からある住宅地があるんだよ、この駅が出来てすぐは駅からそっちまで結ぶバスがあったんだけど、何故かその路線が廃止されて、そっちの住宅地から隣の駅のバス路線になっちゃって、この商店街がさらに寂れたの」
「詳しいな。調べたのか」
「でもそういうバス路線って、この鉄道会社が運営するもんじゃないの?」
「それがね、鉄道会社のバスと市営バスの競合で、市営バスのほうが勝っちゃったようでね」とD君の解説が続きます。三人も興味があるわけではなく目的地までの場つなぎで聞いていたんでどうでもよかったんですが、D君が一応自動車で帰宅する人がいるかもしれないからそういうのを避けようと、大きな道から路地に入りまして、声を落として、三人も一つ二つ道を曲がったくらいですから方向の見当は付きまして、で目的の家に到着しました。
駅前開発の木造新興住宅、建て売りでスタートした区域ですから、家の形や大きさは周囲の家と同じなんですよ。家族の三人や四人は普通に住める。一人暮らしだとちょっと大きいかなって思えるんですが、この家だけはくたびれて見える。家は人が住まなくなると駄目になるとは聞きますが、持ち主が亡くなったのは三日前だとすると、ちょっと妙だなと。
「でもさ、両親が亡くなってそれなりに経つわけでしょ、その間に雨漏りとかペンキ塗りとかやってなかったから、周囲と差が付いたんじゃないかな」とD君。
三人も(なるほど)と周囲を見回すと、みんな寝てるようで、どの家も明かりがついてない。しかもそれらの家は車があったり門柱の飾りとか、どこも何かしら明るい感じを作って生活感があるんだけど、この家だけはなにもなく、廃墟の始まりって感じで、う~んと。
D君門を開けて玄関に進む。鉄製の門を開けるときキーという音が聞こえるのだけど、やはり近隣の寝てる人には聞こえないんだろうなと三人も続く。
カチャンと音がしてD君が玄関の鍵を開ける。そして三人に
「俺は昼間に見てるからさ、お前ら第一印象をたっぷり味わってくれ」と道を譲る。
玄関に入るとすぐ二階に行く階段と、奥に行く廊下があって、怖いから三人一緒に奥に行くことを決める。懐中電灯は振り回さずなるべく下を照らすようにする。
すぐの部屋は両親の部屋だったんだろう、とてつもなく落ちついている部屋だ。そして居間と台所がある。居間にはテレビが置かれているのだが、この家族はなんの番組を楽しんでいたんだろう。
一階はどの部屋も異常なし。丁寧に住んでいたんだろう家庭が思い浮かぶ。
ただ、居間のテーブルに大きな本が積まれている。手に取ってみると、写真のアルバムである。三人で一冊ずつ手に取ると、積まれた上のアルバムは家族写真ばかりで、女性が幼かったときに撮ったものなのだろう家族写真だ、ときどき古い日本家屋で老人が一緒に写っているのは祖父母か。
三人で回し読みをして、家族写真は続き、女の子も成長して中学生高校生になる。ところが大学生になると、ところどころ写真が外されていて空欄になっている。うむ、両親は亡くなったのだし、女性を振ったという男が写っていて、その男が自分が自殺の原因と思われるかと剥がしてしまったのだろう。観光地や景勝地で女性が一人で写っている写真ばかりが貼られている。そして最後の写真以降はページも真っ新で、剥がしたあとも一つもない。そして一枚も貼られなかったアルバムが五冊。念のためそれらのアルバムを全ページ見たが、女性はこれらのアルバムを幸せな写真で一杯にしたかったのだろうか。
玄関に戻ると、誰かに見られるとやばいので玄関が閉まっているのだが、D君がいない。外に立っているのだろう、見られたらどうするんだとは思うが、Dのことだから大丈夫だろうと思い直しそのまま二階にあがる。D君の説明では女性が自殺したのは二階の自分の部屋だというので、ここからが本番である。
二階は部屋二つとトイレなのだが、先に女性のネームプレートがかかった部屋に入ることにした。
部屋は八畳か十二畳か、ぱっと見では解らないのだがちょっと広いような気がする。ドアを開けてすぐ机が目について、左を見るとベッドがある。
ここで懐中電灯の明かりを窓に向けると外から誰かがいるのがばれてしまうかもしれないので慎重になる。
女性がどんな方法で自殺をしたのかはD君から聞いていたが、それよりも女性の性格を物語っているのは、なんの跡も残されてない現状である。女性は自分の死体が発見されるのが遅くなっても、見つけた人や後始末をする人が苦労しないように、さまざまな工夫をしていたんだという。だから遺品もきちんと整理され、机の中もタンスの中も、誰に見られても構わないものだけを残している。
三人とも感心してしまい、トイレはともかくもう一つの部屋に行ってみようとドアの方に懐中電灯を向けると、B君が悲鳴をあげた。
A君も同じモノを見たのだがそれが何なのかよく解らず固まり、C君がどうなのかは全く解らない。
厚さ数mmの細い女がいた。
無茶苦茶細い小さな女の顔があり、A君が硬直しB君が腰を抜かしC君が後ずさりをしてしばし間ができたのだが、誰も動かない。
A君が(なんだ?)と不思議に思うのだが、女も何の反応もない。
(写真か!)
A君が近づいて見ると、だいたい20cm四方くらいの顔写真の、顔の部分が切り出されて、軽く縦半分に曲げ、奥の部分を柱にできている溝に嵌め込まれているのだ。
B君もC君も、A君が写真を外したので誰かのイタズラだと解ったのだろう、気が抜けた息が聞こえる。
三人とも心霊スポットや廃墟巡りをするほど怪談話にアンテナを伸ばしているのだ、ネットで話題になった、「ドアの郵便受け内側に、折られた女性の顔写真が入れられている」のは何度も見ている。
「あぁ、びっくりした」とC君が言い、懐中電灯の明かりを下に向けると、その下にも同じく縦に折られた顔写真が差し込まれていた。
今度はA君もC君も驚いて大声を出し、B君が懐中電灯を振り回すと、ドア側の壁一面に緩く縦半分に折られた同じ女性の顔写真、さまざまな大きさがいくつもいくつも壁に差し込まれていた。その勢いで天井に明かりが向くと、天井にも同じように写真が差し込まれている。
三人とも悲鳴をあげて明かりを振り回すと、左右の壁にも窓側の壁にも、顔だけ、上半身の、全身の写真が大小無数にこっちを向いている。
大声をあげて階段を駆け下り、靴をつっかけ、玄関を開けるとD君が立っていた。
「お前か!これやったの!」
静かな住宅地だなんて知ったことではないとA君が大声をあげてD君に詰め寄る。
「だろ?お前たちも怖いだろ?」
「てめぇ!このやろう!」B君もC君も大声をあげてD君に食ってかかる。
ところがD君、自分への怒声なぞ全く気に掛けず、
「だろ?だからお前たちなら解るよな!怖いよな!」
「てめえ!何言ってやがる!」
「だから!出るんだよ!俺んちにも!この女が!」
「あああ?何言ってんだ?」
わけの分からないことを言われてB君のトーンが変わるのだが大声なのは変わらない。
「だから!俺の部屋に!出るんだよ!この女が!」
三人とも声も動きも止まる。
D君は三人を睨みつけ、左手を挙げると人差し指を伸ばし、声に合わせて何度も家を指さす。
「だか ら! こわ いだ ろ!」
D君がテンポを合わせて力強く家を指さし、三人はその勢いに飲まれてそっちを見る。
閉まった玄関の、扉と枠の隙間に女がいた。
家々の明かりがつくのが視界の端に見えるのだがそれどころではなく、一秒、二秒、三秒、間ができて、女が四人をじろりと見回した、三人は悲鳴をあげて門から走り出た。
何も考えずに逃げ出したのだが幸運にも方向は快速特急が停まる隣駅の方角だったようで、街灯をたよりに走っていたら商店街が見えてきた。
人も大勢歩いていてホッとし、もうしばらく走ってから、終日営業をやっている居酒屋の笑顔なキャラクターに縋るようにその店に入った。
三人とも店員さんが持って来た水を一気に飲み干し、頼んだビールも一気に飲み干し、簡単なつまみとジュースを頼んであの写真のことを話し合った。D君を置いてきたことなど誰も触れなかった。
「あれ、Dがやったんだよな」
「あぁ、認める口ぶりだったよな」
「この数日、あの準備してたのか」
「でもおかしくね?証明写真とかスナップ写真ならともかく、等身大の全身写真なんてどうやって印刷するんだよ」
「部分部分貼り合わせたのかな。すげー手間だな」
「あの女の人ってさぁ…」C君が言った。
「うん、どうした?」
「Dに振られて自殺したのかなぁ」
A君もB君もじっと考えて、
「解んねぇなぁ」
「でもそれならDが鍵持ってたのも解るよな」
「写真もなぁ。付き合ってたんなら準備できるよなあ」
「でDの部屋に?」
「あれは反則だろ…」
酔っ払って盛り上がっているテーブルが多かったので、三人は安心して夜が明けるまでその店にいることができた。
閑静な住宅地で若者四人が大騒ぎし、住民多数の通報で警察が来て、ぼぉっと突っ立っていたD君はそのまま連行されてしまった。すぐに両親が呼ばれ、警察からも両親からも事情を聞かれたが、もうまともな受け答えはできなくなっていたという。幸いにと言っていいのか、逃げおおせた三人がどうにかなることはなかったが、D君はそのまま実家に連れて行かれ、大学に戻ることはなかった。
なので真相はなんだったのか、三人にも知る術はないのである。
……部屋で見た、最初の一枚は写真なのは確認したんだろうけど、そのあとの膨大な数の、本当に写真だったんですかね?
作者吉野貴博