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中編4
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もがき苦しむ者の叫び

パチパチと鈍い炎があちこちで弱々しく蠢(うごめ)いている。

焼ける匂い、いや、あの肉を焼いた際の香ばしく食欲をそそる香りでは無く、腐ったものを焼いた際の吐き気さえ覚える不愉快な臭(にお)いだ。

ヨタヨタとその不愉快な臭気を歩く私を、多くの人々がチロチロと弱く燃える炎越しに見ている。

お前は誰だ?答えろ、お前達は誰だ!

そいつ等の中の一人の襟首(えりくび)でも掴(つか)もうとするが、引っ掴んだ所から泥の如く力無く崩れ落ちる。

だが、目だけはこちらを見据えたままズルズルと落ちて行き、グシャリと音を立てて潰れる。

だが、一向にその眼光や視線が減る事は無く、黒い塊に付いた眼球がこちらを睨むでも無く見ている。

「F***!」

口汚くその影の群れを罵った私は、さっさと赤黒く嫌な臭気の漂う場所からさっさと立ち去ろうと、地面を蹴り上げて、走り出そうとする。

だが、その無表情な眼光の黒い塊の集団がニュウと伸びて来て、私の足元にまとわりついて来たではないか。

「F***!離れろっ!!こうしてやる!」

段々腹の立って来た私は、ナイフでその集団を切り付けてやろうと試みる。

────が。

ビキビキと瞬時に鋭い刃先に亀裂が入り、ジュワジュワとナイフの柄(え)から溶け始め、刺す様な熱が私の指先に走る。

「熱(あつ)っ!!糞っ!!何なんだ!」

私は、不気味に漂う熱気に眩暈(めまい)すら覚えながらも或る夏の夜を思い出していた。

*********************

上空を飛行する飛行機、ガチャリと穴が開き、ヒュルルル………ヒュルルル………と音を立てて、金属の円筒形の代物が落とされ、パカリと途中で分裂し遠くからは小さな火花が散る様に見える。

───正体は火花どころか、分裂した爆弾で油も撒き散らし、木造住宅が多くを占める都市はおろか、町や村さえも焦土と化す焼夷弾だ。

「………ふん、綺麗な夜空だが、こちらは下を焼き尽くすしか興味は無いのでね」

「何を酔ってやがる。さっさと焼夷弾を準備して落とすんだよ」

上官や同僚が舌打ちしながら、夜空に目もくれずに焼夷弾の御蔭で、自分達も立ち上る煙や熱気に、汗だくで顔を歪めている。

*********************

そうか、こいつ等はあん時の空襲で死んじまった奴等で、私は奴等と同じ場所に居るって訳か。

こちらを見ている黒い塊の集団を睨み返す。

焼夷弾を落とした事で燃え上がって、立ち上る炎の熱の御蔭で、俺だって熱かったし必死だったんだっ!!なのに、何で俺だけが焼かれて黄色人種の集団に睨まれて、足をすくわれて蹴飛ばされて、殴り倒されなければならんのだ!

見上げたら、不自然なほど綺麗な星空で、珍妙な格好をした男女が俺を悲しそうな目で見ているじゃねェか。ああそうだ、良く分からねェが日付が、7/7だったってのは覚えているよ。七夕?天の川?聞いた事無ェ………って、痛ェっ!!蹴飛ばすんじゃ無ェ!

ゴオオオオオ………

爆音、轟音が響き渡り、巨大な鳥を思わせる金属の塊で、四基のプロペラを備えた飛行機が近付いて来る………

───ボーイングB-29スーパーフォートレス。

私だ!早く降りて来て乗せてくれ!奴等を焼き殺してくれ!

カシャ!ヒュルルル………シュパ!

無論、私が認識して貰える訳も無く、高い位置に居る爆撃機………私の搭乗していた筈のB-29は、まるで私めがけて焼夷弾を落としたかの様に見え、分裂した爆弾が降り注いで来た。

「あああああああああああああああああっ!!」

熱い!身体が焼ける!身動きが取れない!私がやって来た報いを此処で受けろと言うのか!笑うのか!笑うなら笑うが良い!

私は黒い塊の集団に声を振り絞って言うが、奴等は押し黙ったままである。

私は、力無く崩れ落ちて意識が遠のいて行く───

**********************

「或る新興宗教が言うには、幾千もの命を奪った者は、その人曰くのあの世で命を奪われた人々に復讐されているとの話だ………だから、その話を踏まえると、原爆を産み出した科学者や落とした軍人は、幾万もの犠牲者に幾度と無く復讐されていると言う考え方も出来る。では、空襲で自らも偉い目に遭った軍人の場合は?と仮定したら、もしかするとこう言う目に遭っているのかも知れんね。虐殺を指示した独裁者然り、かも分からんが」

中年の男はそう言いながら、氷を浮かべた麦茶をぐうっと飲み干す。

「親戚の入籍した日でもあり、過去に文通していた相手の誕生日が、7/7でしたけど………そんなやる瀬無い話も有ったんですね」

青年も氷を浮かべた麦茶を飲み干し、76年前に起きた悲劇と、空襲の際に自らも苦しんだと言う軍人の話を反芻(はんすう)する───あの世で果たして因果応報な目に遭っているかどうかは別として。

手元に、あの軍人が握り拳(こぶし)を振り上げて威嚇(いかく)し、それを周囲が制止する珍妙なモノクロ写真が置かれている。

Concrete
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