世界中を震撼させた大異変が終息し、世界に春がやってきた。その春も終わり、梅雨が明け、そして夏になる。
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寄り道をしていたら、思いのほか遅くなってしまった。日が長くなったとはいえ、夏至は疾うに過ぎている。薄暗い空の下、少し気が早いであろう誘蛾灯が怪しく点灯している。
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大学二年、地元へ帰ってきた俺は、先にゼロの調査事務所へ行ってから実家に帰る予定だった。それが、ちょっとした事件について協力を頼まれ、その結果こんな時間になってしまったのだ。
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連絡はしてあるが、おそらくひな達は心配しているであろう。たぶん…
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ふと、背後に何かの気配を感じで振り返る。そこにあったのは、たった今通り過ぎた誘蛾灯と、それに集う蛾の群れだった。よく見ると、その風景に違うものが混じっていた。
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蛾の群れを覆うように、上から誘蛾灯を見下ろす顔と両腕。人の顔のようで、どこかのっぺりとしているそれは、霊か妖怪か、それ以外の怪異なのか、細かくは分からない。一つ分かったのは、その顔にある目と思しきところから、涙が流れていたことだ。
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地元に帰ってきて、最初に見た怪異がこれだった。もちろん、東京での生活は悪くないし、ここ以上にとんでもない怪異が蔓延っている。だが、毎日の忙しない生活や、都会の雑踏に紛れてしまい、あまり気にならなくなっていた。多忙な日々から解放されたことで、またそれらを気にするようになったのだろう。
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日常に隣接している怪異と、何年経っても変わらないこの道、誘蛾灯に照らされた怪異を見て思い出した、忘れることのない夏の出来事…いや、この道のこんな場所に誘蛾灯なんてあっただろうか?そう思ってもう一度見ると、先程までそこにあった誘蛾灯は、怪異と共に消えていた。
狐か狸に化かされたのか、それとも…
「まあ、いいか」
俺はぽつりと呟き、家路についた。
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今年は夏祭りも開催されるそうだ。暑い中で、マスクをつける必要もないだろう。鈴那には悪いけど、今年の夏祭りはひなと二人だけの時間も欲しい。あの世界で果たせなかった約束を、今度こそ果たしてみせる。
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そんなことを思いながら、俺は玄関戸を開き、あの日と変わらずに言った。
「ただいま」
きっとこの世界での夏は、これから始まるのだ。
作者mahiru
超お久しぶりです。生存報告ついでに、夏風ノイズの番外編を書きました。
コロナが終息したあとの、ちょっぴり不思議なお話です。